5.ロバートの主張
「それじゃあ、洗いざらい聞かせてもらおう」
ふさふさとしたひげのおじいさんが言った。
「恫喝なんぞはせんからな、怖がることはないぞ。わしらがお前さんのことを何もかも理解することが重要なんじゃ。まず、ここでの待遇はどうじゃ?」
「ひどい場所ですよ。食事はまずいし、枕は固いし、おまけに雑居房だ。プライベートがないんですよ」
ロバートが肩をすくめる。歯のないおじいさんが「ふぉっふぉ」と笑った。
「繊細じゃのお。早速、一人用の独房に移れるよう手配してやろう。このじいさんにまかせておきなさい」
おじいさんたちの愛想がいいのは、ロバートとの間に和気藹々とした雰囲気を作り上げるためだ。彼の機嫌を取ることで無防備にさせ、アイアスが『調査』しやすいようにしているのだ。それと同時に、ロバートが油断して本音を漏らすのを待っている。
「侯爵家の嫡男にふさわしい部屋をお願いしますよ。専用の浴室とトイレがあることが望ましいですね」
「了解じゃ。そういえばお前さんとこは、ロマンティックな保養地じゃったなあ。わしらが若いころは、誰もがハネムーンでディアラム領を目指したもんじゃ。しかしここ数年は、経済的な面で少々失敗しているようじゃな?」
かなり腰の曲がったおじいさんが、テーブルの上の資料を読みながら尋ねる。
「ええまあ、そうですね」
ロバートがため息をつき、髪をかき上げた。
「温泉の泉質は最高なんですが、ホテルやスパといった施設が老朽化しまして。銀や鉛の鉱脈も尽きかけていますし。従業員が将来に不安を抱かなくて済むよう、あらゆる方法を模索する日々でした」
ディアラム侯爵家の事業が急激に傾いた原因は、ロバート本人の愚かな浪費だ。鉱山物が枯渇しつつあるのは事実だが、温泉地をあと十数年は維持できる収益はあったのだ。
己のぜいたくな暮らしを維持するために施設改修のための費用を使い込み、従業員の賃金まで低くしたと、領地の人々からも批判されている。
「なるほど。領地の人々のために別の収入源を見つけるか、新しい出資者を探さなければならなかったと。お前さんなりに模索した結果、温泉地の顧客から集めた情報を売ることにしたんじゃな?」
「いまさら否定はしません。無分別な行為でした。追い込まれていたんですよ、本当に」
ロバートはふっと笑みを漏らした。
「一生続けられる仕事ではないということは、私だってわかっていたんです。メイザー公爵が情報を必要とする間だけ続けるつもりでした。彼は自分の娘が首尾よく皇弟妃になったら、温泉地の改修に必要な資金を投入すると申し出てくれまして」
「ふうむ。お前さんから集めたゴシップで、他の貴族をまんまと出し抜くつもりだったのかのう」
「そのようです。メイザー公爵にとって、自分の娘がルーファス殿下と結婚するほど望ましいことはなかった。ただ、カサンドラ嬢は見た目のわりに『売り込み活動』が下手でしてね。慎みや道徳をかなぐり捨てて、エロティックに殿下に迫ることができなかったんですよ。彼女は男並みの教養を身につけるより、色目の使い方を習うべきでしたね。仕方がないからライバルを蹴落とそうと、公爵は躍起になったわけです」
ロバートはひとりでうなずき、にやにや笑っている。
カサンドラが椅子の肘かけをぎゅっと握るのが見えた。彼女の後ろに立っているジャスティンは、ロバートを殺しかねない形相になっているに違いない。
「できる限り最高の人生を我が娘に与えたいという親心が、暴走してしまったわけじゃな」
「ええ。しかしルーファス殿下がミネルバ様と婚約して、状況が大きく変わってしまった。激怒した公爵は、殿下に意趣返しをすることにしたんです」
「それでギルガレン城の地下通路の秘密を、ガイアル陣営のクレンツ王国に渡そうとしたと? ただの意趣返しにしちゃあ危険すぎるのう。国家に対する反逆じゃぞ」
「ミネルバ様の登場が、国家に尽くすことを忘れてしまうくらい衝撃的だったんじゃないですか。実際、最初のうち彼女に期待する貴族なんていなかったでしょう。ほとんどが反発していましたし」
ロバートが肩をすくめた。
「お前さんは、なぜメイザー公爵に手を貸した? 危ない橋であることはわかっていたはずじゃろう」
「私に選択の余地があったとでも?」
ロバートが驚いたように目を見開く。
「私は公爵の命令に従うことを強制されただけの、哀れな手駒ですよ。逆らうには弱みを握られすぎていた。そりゃあ、上手くいけば見返りに莫大な金が手に入る。でもそれは従業員の賃金を払うため、領地の未来のために使うつもりだった。私はろくでもない計画に引っ張りこまれた被害者なんです」
「ううむ。まったく罪のない被害者とは言えんと思うがのう」
「わかってくださいよ、私はメイザー公爵の手伝いをしただけ。信頼すべき人を見誤ったせいで泥沼にはまったんです。あんなことをするべきではなかったけれど、領地の人々を人質に取られていたも同然なんです」
ロバートは深々と息を吐いた。
「危険であることは百も承知でした。でもギルガレン辺境伯家から適切な情報を引き出せなければ、私の身も危うかったんです。上手く情報を掴めなかったら、メイザー公爵は私を殺したに違いない。あいつはそういう男です」
「ふうむ。ルーファス殿下とミネルバ様がギルガレン城にいた日に、悪だくみが露見してよかったのう。お前さんは命を救われたわけじゃ。ついでに温泉地の情報売買のことで、メイザー公爵の評判は急落。社交界の人々は、この件をいつまでも不快に思うじゃろう」
「でも、クレンツ王国との関わりではすべての非難が私に集中した。責任を取るべきはメイザー公爵のほうなのに」
「そりゃあお前さん、クレンツの諜報員と密会している現場を押さえられちゃあ仕方あるまい」
「私みたいな小物を断罪したところで、何の役にも立ちませんよ。諸悪の根源はメイザー公爵です。嘘偽りありません、信じてください」
ロバートは形のいい唇を一直線に引き結んだ。そして目に力を込めておじいさんたちを睨みつける。
「私はいま、湧き上がる悲しみと懸命に戦っています。私が十分な証拠を提出してから、一か月以上も公爵が処断されないのはどうしてなんですか? あれだけ揃っていれば、誰にも覆すことなどできないはずなのに」
「なにしろ相手が公爵じゃからな、忍耐強く慎重に調べを進めている。すべての証拠を洗い直すのは時間のかかる作業なんじゃ」
ひげのおじいさんが言い、歯のないおじいさんが言葉をつづけた。
「それに、メイザー公爵がいま置かれている状況は最悪でなあ。ひどい混乱状態にあるんじゃ。わしらは拘留のストレスが原因になっていると考えているんじゃが」
「混乱状態?」
ロバートが前のめりになる。ほんの一瞬、彼の唇にいやらしい笑みが張り付いた。
「公爵は会話もできないほど、精神に異常をきたしているんですか?」
「いや、そうではないよ。自分は無実だ、と主張することはできておる」
ロバートは「ふうん」と口元に手をやった。
「情緒不安定ということですか。まあ、心の健康など取るに足りないことですが。きっと罪の意識にさいなまれているせいでしょうね。私はそのうち、あの男は自白すると思いますよ」
ロバートは自信たっぷりな態度だ。そんな彼をアイアスがじっと見つめているが、瓶底眼鏡のレンズに光が反射して、表情はまったくわからなかった。




