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4.観察

「よし、行こうか」


 ルーファスに促され、ミネルバたちは部屋を出た。手際のよい部下たちのおかげで、乗り込んだ馬車がすぐに動き出す。

 ロバートのいる牢獄は帝都デュアートの中心部から外れた場所にある。道路の改良が日々進んでいるおかげで、馬車は広くて滑らかな道を快走した。二時間もしないうちに、高い塀に囲まれた要塞のごとく堅牢な建物が見えてきた。

 馬車が牢獄の裏門に乗りつけた。出迎えの刑務官たちはいずれも筋肉質の体つきで、爺様たちが着ているのと同じ制服を身に着けている。

 年配の刑務官が前に進み出て挨拶をし、ミネルバたちを中に案内してくれた。

 ソフィーもカサンドラも落ち着いた足取りだが、優雅な身のこなしとは裏腹に緊張しているのがわかる。マーカスとジャスティンも、真剣な面持ちで辺りに視線を走らせている。

 特別な通路を歩き、建物の奥へと向かう。人気のない、薄暗い通路の先に『秘密の空間』があるのだ。かつてフィルバートが閉じ込められた大使館にも、これと似たような通路があった。

 壁に擬態した扉を抜けると、ソフィーが息を呑む気配がした。すぐ近くにロバートが立っていて、ミネルバたちを──彼の側からはただの鏡にしか見えないものを──睨みつけていたからだ。

 透視鏡の向こうに、ロバートの姿がよく見えるから驚くかもしれないと事前に伝えてはあったが、やはり驚いてしまったようだ。


(ギルガレン辺境伯家のソフィーとミーアの姉妹仲、カサンドラの普通の暮らし、そして恐らくメイザー公爵家の精神までずたずたにした男……)


 ミネルバは誰かを嫌うことはめったにないが、彼のことはさすがに許せない。

 フィルバートのときと同じく薄暗い空間なので、転ばないようにルーファスが椅子まで導いてくれた。

 ミネルバたち女性陣が椅子にかけ、ルーファスたち男性陣はその後ろに立ってロバートを観察する。

 彼の見た目は、相変わらず美しく上品だった。中身は不誠実で女たらしで、かなりずる賢い性格だけれど。

 少し痩せたようだが顔色はよく、健康状態は悪くなさそうだ。以前は巧みにカットされていた金色の髪が伸びているが、ちゃんと櫛でとかしてある。グレイリングは人権を重んじるので、囚人を虐げるようなことはしないのだ。

 ロバートは自分の着ている囚人服が気に食わないのか、鏡を見ながら指先で服を摘み、しきりに眉をひそめている。そしてきゅっと結んでいた唇から、ため息を漏らした。


「特別な尋問官なんて、いつまでたってもこないじゃないか。おい、もう座ってもいいか?」


 ロバートが後ろを振り返って言った。苛立ちに満ちた、尊大で傲慢な声だった。壁に特殊な加工が施されているので、向こう側の声が聞こえるようになっているのだ。


「駄目です。尋問開始までそう長くはかかりません」


 直立不動の姿勢を崩さない見張りの刑務官が答える。

 自分はメイザー公爵にそそのかされただけ──そう言って己の所業を正当化しているロバートを再尋問するために、経験を積んだ専門家が派遣されてくる。ロバートにはそう伝えてあるらしい。

 おじいさんたちは特殊能力については誰よりも優れた専門家だし、長い人生でたくさんの経験を積んでいるから、まったくの嘘というわけでもない。

 ドアが開く音がして、ロバートは慌てて姿勢を正す。戸口から姿を現した人物がゆっくりと歩いてくるのを見て、彼はぎょっとした表情になった。

 のろのろと、もたもたと、やけに用心深い足取りで四人の老人が入ってくる。それから、てきぱきとした物腰で彼らに手を貸す地味な男がひとり。ミネルバの耳に、ロバートの顎が外れる音が聞こえた気がした。


「こ、この爺さんたち、現役の役人なのか……?」


 アイアスの手を借りながら椅子に腰を下ろすおじいさんたちを、ロバートはあっけにとられて見ている。

 いかめしくて、恐ろしげで、人を震え上がらせるような強面の役人がくると思っていたのだろう。

 おじいさんたちの立ち振る舞いは、もちろんわざとだ。彼らに当惑の眼差しを向けるロバートは無防備極まりなく、アイアスからつぶさに観察されていることに気づきもしない。


「老いぼれがいきなり現れて、さぞかし驚いたじゃろうなあ」


「心配しなくてええぞ。わしらはこう見えて『その道』のプロじゃからのう」


「この仕事は耳が聞こえれば十分なんじゃ。お前さんの主張をな、一から十まで聞かせてくれるだけでええ」


「牢屋暮らしに心底嫌気がさしているんじゃろ。何をすることが自分のためになるか、わかるよなあ?」


「た、たしかに驚きましたが……喜んでお話しますよ。私の主張を受け入れてくれる人に、何としても会いたいと思っていましたし」


 おじいさんたちを見下す態度が、どれだけ自分の損になるか瞬時に計算したのだろう。ロバートは額に手をやり、髪をかきあげた。そして美しい笑顔を浮かべる。

 その笑顔はまぶしいほどだった。ほとんどの女性の目に、とても魅力的な男性として映るに違いない。

 女性をとりこにすることにかけては、ロバートには稀有な才能が有るらしい。彼の笑顔に騙され、ミーア以外にも多くの女性が関係を持ったという。彼女たちの男性を見る目のなさは悲惨だったが、悪いのは不誠実なロバートだ。


「座って楽にするがええ」


 げじげじ眉のおじいさんがロバートに椅子を勧める。己の美貌と優雅さを見せつけるように、ロバートは椅子に座ってゆったりと足を組んだ。

 おじいさんたちと、彼らの後ろにひっそりと立つアイアス。実用的な大きなテーブルの向こうにロバートという配置だ。

 多くの罪を犯したロバートの主張を聞くときが、いよいよきたのだ。

 ソフィーもカサンドラも耐え難い言葉を聞くことになるだろうが──彼女たちはロバートの姿を記憶に焼き付けるように、じっと目を凝らしていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] ま〜た勝手な言い分を展開するんだろーなー おじいちゃん達の手腕に期待!
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