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2.アイアスとの会話

「よし。これでみんな揃ったな。席に着いてくれ」


 ルーファスの声が響き渡り、大会議室は張り詰めた空気に包まれた。全員が与えられた席に腰を落ち着ける。


「我が国が誇る特殊能力の専門家である君たちに、こうして一堂に会してもらったのは、力を結集して解決すべき問題が起きたからだ。まずは状況について詳しく説明する。共有しておかなければならない情報が山ほどあるんだ」


 メイザー公爵とロバートの捜査に関わった人たちが前に出て、話せることをすべて話す。ルーファスの言葉通り、やはり長い話になった。


「──というわけで、メイザー公爵の身に常ならぬことが起こっています。何らかの特殊能力が、公爵の精神に影響を及ぼしていることは間違いありません。しかし感覚を研ぎ澄ませても、それが誰の力で、どこから来ているのかがわからない。強い能力が使われたときに計測できるはずの、力の波動が見えてこないんです」


 ロアンの言葉に、おじいさんたちが首をひねる。


「最新の測定器は、強い特殊能力なら計測できるはずじゃがのう。弱すぎて計れんのか?」


「謎の能力者の力が、計測器の目盛りを超えとるんじゃろ。並外れた能力の持ち主っちゅうことじゃ」


「いやいや、使っとる『触媒』の問題のほうが大きいかもしれんぞ。わしらが知らん、何か独特なものを使っとる可能性がある」


「いずれにせよ、特殊能力を悪い目的のために使っとることはたしかじゃ。徹底的な捜査を行うために、メイザー公爵とロバートに会わねばならんのう」


 おじいさんたちはすっかり乗り気になっている。触媒の研究をしているだけあって、彼らも何らかの特殊能力を持っているらしい。傍目にはまったくわからないけれど。


「証拠が十分に出揃わないと、悪人を裁きの場に引きずり出せませんね。もたもたしていると、メイザー公爵の心の問題にされてしまう。役人たちは簡単な結論を好みますから」


 アイアスが腕組みをして、大きく息を吐きだした。

 カサンドラは下唇を噛んで、じっと聞き入っている。ミネルバは「大丈夫よ」と声をかけた。


「きっと大丈夫。専門家がこれだけいるんですもの」


 カサンドラが笑顔を浮かべ「私もそう信じるわ」とうなずいた。


「明日から、各チームのトップは私と行動を共にする。残りの者たちには、私たちがこれまでに入手した手がかりを再検証してもらいたい」


 ルーファスが言う。つまりアイアスと四人のおじいさんが、ミネルバたちと行動を共にするということだ。彼は壁時計に目をやった。


「すまない、長くなってしまった。大食堂に温かい食事と酒が用意してある。腹を満たして、残っている旅の疲れをすっかり取り去ってくれ。明日から忙しくなるからな」


 ルーファスの言葉を聞いて、おじいさんたちが勢いよく立ち上がる。


「腹を満たすのは常に重要じゃからなあ」


「遺跡の中で食べるパンはぱさぱさで、まずいからのう」


「ルーファス皇子や、プティングはあるかの? 硬いものを食べると寿命が縮まるでな」


「老いぼれめ、皇子じゃのうて皇弟殿下と呼ばんか。わしはワインがあれば十分じゃ」


「爺様たちの好物は、もちろん全部揃えてある。私が持っている最高のワインを振舞うよ」


 ルーファスを取り囲むおじいさんたちを見て、ミネルバはつい口元が緩んでしまった。子どもだったころのルーファスも、このおじいさんたちが大好きだったに違いない。

 大食堂へ移動し、ミネルバとルーファスはおじいさんたちと晩餐のテーブルを囲んだ。もちろんアイアスも、二人の兄とソフィーとカサンドラも一緒だ。

 翡翠殿の料理長が腕を振るってくれたので、料理は実に美味しい。おじいさんたちも出された料理をすみやかに平らげている。彼らがいまも現役である理由がわかった気がした。

 ミネルバの隣の席はアイアスだったので、話題は自然とニコラスのことになった。


「アシュランでの任務はとてもやりがいがあると、兄からの手紙に書いてありましたよ」


「ニコラス様は、新しく生まれ変わったアシュランにあらゆる面で力を貸してくださっていて、本当にありがたいですわ」


「兄は小さいころから、驚くほど面倒見がよかったですからね。何度も伯爵家を抜け出して、私に会いに来てくれたんです。離れていても心はちゃんとお前の側にいるよ、なんて言ってね。そうそう、兄が外交官になったのは、語学に特別な才能があるからなんです」


「それは存じ上げませんでした。どれくらいの言葉を理解できるのですか?」


「十以上は流暢に話せます。読み書きだけならその何倍も。語学に関して、兄は飲み込みが驚くほど早いんです。学ぶ意欲だけでは兄のようにはなれません。あれも特殊能力の一種ですね」


 アイアスが誇らしそうな表情になる。別々に育ったとはいえ、双子の絆はしっかりあるらしい。


「ああ、私の特殊能力についてお話ししないといけませんね。ごく限られた範囲でしか役に立たない力なんですけど」


 ミネルバは「ぜひ教えてください」とうなずいた。元々勘は鋭かったが、グレイリング入りしてから特殊能力に対する敏感さが高まっている。アイアスの力は凄いものだ、という確信に近い感覚があった。


「言うなれば私は『歩く測定器』なんです。目の前にいる人間が、特殊能力の持ち主かどうか見分けることができます。どんな性質なのか、どれくらいの強さなのかまで。実際の計測器では計れない弱い力も、強すぎる力も、私ならわかるかもしれません」


「まあ……っ!」


 ミネルバは思わず息を呑んだ。それこそいま最も求められている能力ではないか!


「ただ、制約がありまして」


 デザートのスプーンを置いたアイアスが、申し訳なさそうに頭を掻く。


「相手が身構えていると、上手く計測できなくなってしまうんです。私という人間を、あまり意識してほしくないというか」


 初対面のときのアイアスの言葉が思い出された。


『どんな人間が来るのか、あえて伏せておいてもらったんです。私の特殊能力的に、そっちの方が助かるというか』


 つまりあのとき、ミネルバは計測されていたのだ。ちょっと恥ずかしくて、頬がかすかに熱くなる。


「すみません、どうしてもミネルバ様のお力を測りたくて、ルーファス殿下に我儘を言ったのです。御気分を害してしまい、誠に申し訳ありません」


「い、いいえ、不快になんて思っていません。客観的に自分の力を知ることができるのは、とても有益なことです。相手の力を計測できる人がいると事前に聞いていたら、どうしても警戒の目を向けたはずですし」


 ミネルバはアイアスを安心させるために、穏やかな笑みを浮かべた。


「ロバートとの面会では、身構えさせないために上手くやらないといけませんね。あの人はきっと、当代のフィンチ伯爵と見分けがつかないでしょうし。私がニコラス様に保護されたことが、グレイリングでも話題になったようですから……ロバートはあなたのことを、私側の人間と判断する可能性があります」


「やはりミネルバ様はお優しい。あなた様の透感力は、本当に並外れていました。ガイアル陣営にも、これほどの能力者が姿を現すことはほとんどないでしょう。触媒次第で、さらに大きな力を使えるようになるに違いありません」


「あ、ありがとうございます。ちょっと褒められすぎな気がしますけれど……グレイリングの人々のため、ルーファス殿下のために頑張りますわ」


 同じテーブルにいる面々が、驚いたような感心したような目でこちらを見ている。ルーファスに目をやると、おじいさんたちと談笑していたはずの彼が、どこか誇らしげな目でミネルバを見ていた。

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