6.友達というもの
ロアンが先頭に立ち、面会用の個室にミネルバたちを案内した。元々はニューマン一家のために押さえておいた部屋だ。
廊下に人気はなく、誰にも見られずに部屋に入ることができた。きっとルーファスが、人払いを済ませておいてくれたのだろう。
ロアンが「さすが!」と歓声を上げる。テーブルの上にはお茶のセット、美味しそうなお菓子の皿がすでに載っていた。新品のメイク道具一式に、ミネルバの胸元のメイク汚れを隠せるストールまである。
多くの人が訪れる面会施設には、不測の事態に備えて様々な準備が整っている。ルーファスが抜かりなく、すぐに使えるように手配してくれたのだ。
「カサンドラさんはこっちの椅子に座りなさい」
化粧道具を手にしたテイラー夫人が言う。カサンドラは言われたとおりに夫人の横の椅子に座った。
「気分を落ち着けるにはお茶が一番ね。ちょっと待ってて、すぐに淹れるから」
ソフィーが令嬢たちに明るく声をかけ、ティーポットに手を伸ばす。
三人とも椅子に座って、居心地の悪そうにもじもじしていた。似たような個室でソフィーを糾弾したことが思い出されるのだろうか。
「私たち、追い返されないだけよかったと感謝するべきなのに」
「もてなしを受けるなんて、申し訳ないわ」
「本当にそう。すぐにおいとましないと」
令嬢たちの遠慮がちな言葉を聞いて、ソフィーが明るい笑みを浮かべる。
「あら。一緒にお茶を飲むのが友達ってものでしょう!」
「ソフィーさんも友達に……なってくれるの?」
ベルベットがおずおずと尋ねる。「喜んでなるわ」と答えるソフィーの目には偽りがなかった。
令嬢たちの顔から怯えた表情が消え、代わりに穏やかな笑みが浮かぶ。ミネルバはストールを羽織りながら、室内の雰囲気が一変するのを眺めていた。
ソフィーがお茶を配り終わる。温かさを感じさせるどこかアットホームな雰囲気の中、デメトラの目も喜びに輝いていた。
「ルーファス殿下もジャスティン様もマーカス様も、とっても男前だったわねえ。特に殿下は、恋愛小説のヒーローさながら。思い出しただけで震えがくるわ」
デメトラはうっとりとため息をついた。リオナが微笑みながらうなずく。
「殿下の瞳に、ミネルバ様への愛がはっきりと表れていましたわ。この部屋の特別な心遣いを見ても、ミネルバ様の望みにすべて応えたいという気持ちが伝わってきますもの」
「ミネルバ様を愛しているルーファス殿下は、とても素敵ですわ。以前は魅力的だけれど黒い彫像のようというか……氷のようなお方でしたけれど。ミネルバ様だからこそ、氷の心を溶かすことができたんですね」
メイリンが穏やかな口ぶりで言った。
ここにいる公爵令嬢たちは、ルーファスの心の内を知るチャンスをほとんど得られずにいた。彼が彼女たちを、ひとりの女性として見ることはなかったのだ。
それぞれの父親は、娘を皇弟妃にしようと互いに牙をむき合っていたが、彼女たちはルーファスにあからさまな色目を使ったりはしなかったらしい。彼のことをもっとよく知りたいと努力はしたそうだが。
過去にはルーファスの妃になるために、父親とグルになって卑怯な手段に出る娘もいたと聞くが──カサンドラたちがそうではなくて、ミネルバは心から嬉しく思った。
「私たちもこれから、素敵な恋ができるかしら。家の助けとなるため、お父様を喜ばせるためだけじゃなくて。運命の出会いなんて、私たちとは関りのないことかもしれないけれど」
ベルベットが自信のなさそうな声で言う。デメトラがにんまり笑いながら扇を揺らした。
「私にまかせておきなさい。この社交シーズン中に、素晴らしい紳士を探してあげるわ。それはあなたたちにとってすべてとなる人、どきどきするような世界を見せてくれる人よ。『世話焼きおばさんコンテスト』なんてものがあれば、私は間違いなく優勝なんだから」
「たしかに、おせっかいという点では他の追随を許さないわね」
カサンドラの化粧を直しながら、テイラー夫人がつぶやく。
デメトラならばきっとやり遂げるだろう。令嬢たちをどの社交行事に出席させるか、明日には具体的に決まっているに違いない。
「あなたたち、素敵な人と出会ったら報告に来てね。一緒に喜んだり祝ったり、友達はそのためにいるんだから」
ソフィーが令嬢たちに言う。ミネルバは微笑まずにはいられなかった。
デメトラが優しさのこもった目をカサンドラに向ける。ちょうど、テイラー夫人による入念な化粧直しが終わったところだった。
「運命的に結ばれる男女といえば、あなたとジャスティン様はすごくお似合いのカップルだと思うのだけれど。彼には王妃の責任を果たす妻が必要だし」
世話焼きおばさんとして、どうしても探りを入れたいらしい。
ジャスティンは確実に、カサンドラに恋をしている。彼女の方も好意を抱いていることは、日に日にたしかになっているのだが──。
「馬鹿なことをおっしゃらないでください。いったん噂になったら、あっという間に広がってしまいます。私は単なる護衛対象で……ジャスティン様のような方とは、間違いなく縁がないのです」
カサンドラの表情が陰る。
「こうして女官になれましたけれど、自分が傷物であることは十分わかっています。私は一生結婚しません。ミネルバ様を支えながら、自立して生きていければそれでいいのです」
表面上は落ち着いた様子でカサンドラは言い切った。しかし心の奥底に悲しみを秘めているのがわかる。
ミネルバはあえて明るい声を出した。
「そうね、あなたの未来はあなた自身の手に握られているわ。私はこれから、諸外国の王族とお付き合いしていかなくちゃいけない。私の出自では簡単じゃないだろうし、責任も大きいし、あなたの助けが必要なの」
ミネルバが笑いかけると、カサンドラの唇もほころんだ。
「ありがとう、ミネルバ。あなたがよりよい行いができるように、全力で後押しをするわ」
メイザー公爵が無実であれば、カサンドラの気が変わるかもしれない。彼女が王妃になった姿を思い描くのに何の苦労もないが──無理強いすることなんてできない。
ただ、彼女の心のとげは抜いてあげたいと思う。メイザー公爵にだけ聞こえる『謎の声』や、獄中で不遜な態度を取っているというロバートのことだ。明日からはそれらに、最大限の力と集中が必要になるだろう。
「ミネルバ様はこれから、諸外国で素晴らしい皇弟妃であることを身をもって示さなくちゃいけないものね。苦労が次々襲ってくるように思えるだろうけれど、人生は山登りと同じことなのよ。ひとつ山に登ると、その向こうにまた山が見えるの。友達がいれば、山登りも楽しいわ」
世話焼きだけれど頑迷ではないデメトラは、もうジャスティンの名前を出さなかった。ミネルバは改めて彼女を尊敬した。
それ以降の時間はたいそう賑やかで、楽しい時間を過ごすことができた。悩みや秘密を打ち明け合い、小さいころの思い出や将来の夢を分かち合う。
生まれて初めての大勢の友達とのお茶会を、ミネルバは十分に楽しんだのだった。




