1.品性下劣
ニューマンが目を細めて敵意をむき出しにする。そして唾を飛ばしながら抗議を始めた。
「私は法によって認められた後見人です。その私にカサンドラとの一切の接触を禁じるとは、極めて傲慢ではありませんか? 妃の庇護などという黴の生えた制度を持ち出すなど、言語道断。ミネルバ様は属国のご出身で、宗主国の皇弟の婚約者にまで上り詰めたのだから、舞い上がるのも仕方ないのかもしれませんが……ご自分の立場にふさわしい振る舞いというものがあるでしょうに」
たまたまルーファスに愛されたおかげでいまの地位があるにすぎないのだから、でしゃばるなということだ。
部屋の温度がすっと下がったような気がした。ソフィーとカサンドラが殺気を漂わせている。
ニューマンがふんと鼻を鳴らした。
「カサンドラ。さっさと正気に返って屋敷に戻ってこい。ほんのわずかな血の繋がりしかないとはいえ、お前の父親が拘置所で、はっきりとこの私を監督義務者に指名したのだからな」
ふんぞり返るニューマンの横でサリーアンが口元を歪めた。真っ赤な口紅がまるで毒花のように見える。
「本当に、何が不満だったのかわからないわ。お父様もお母様も、あなたのために最善を尽くしたのに」
抜け目のない顔立ちをしたリリベスが、ハンカチを取り出して目に押し当てた。
「カサンドラさん、私はあなたにとって満足な母親代わりではなかったのね。たしかに私は平民の出だし、高位貴族とのおつきあいなどまるでなかった。それなのに、いきなり大きな屋敷を管理することになって、大勢の使用人の女主人役を務めなくてはならなくて。とても辛い状況だったの。精一杯尽くしたのに、あなたがミネルバ様に庇護を求めたと知ったときは、ショックだったわ……」
リリベスが嗚咽を漏らす。彼女の泣き落としは一種の才能だ。これならば周囲も同情を寄せるだろう。
ミネルバは穏やかに言った。
「たしかに、満足ではなかったでしょうね。自分の部屋に監禁され、十分な食事も与えられないような生活では」
「ま、まあ! 小娘のたわごとなんか真に受けないでくださいな!」
リリベスが大きく目を見開く。
凄腕の調査員であるジミーから情報を手に入れていることを、ニューマン一家は知らない。彼らは使用人を恫喝しているので、カサンドラ以外の口から悪事が表に漏れるとは思っていないのだ。
「まったく、あなたって子はどうしてそんな嘘をつくの? ミネルバ様にお詫びしなくては。カサンドラは父親が拘留されて、ショックで食事が喉を通らなかっただけなんです。私たちが外に出るように言っても、問答無用で扉を閉めて……傷ついている娘に、あれこれ強いることはできないでしょう? 私たちは、良かれと思ってそっとしておいたんですよ」
リリベスの弁舌は巧みとしか言いようがなかった。こちらが黙っていると、ニューマンがぎらりと目を光らせ、前のめりな姿勢になる。
「まったく。一方の意見のみを鵜呑みにするなんて、恥ずかしいことですよ!」
してやったりというという表情で、ニューマンはさらに言葉を続けた。
「カサンドラへの同情心から救いの手を差し伸べたのでしょうが、とんだ見当違いです。妃が個人的に使える保護制度など、百害あって一利なしだっ!」
ニューマン一家に存分に喋らせるつもりだったので、ミネルバはただ超然としているだけなのだが──ニューマンはそれを、返す言葉がないと受け取ったらしい。
何人もの見物人の視線が、ニューマンの主張が正しいと思っていることを暗に示している。それも手伝って、彼は見事に調子に乗った。
「カサンドラは生まれ育ちゆえに、お高くとまった生意気な娘でね。幼いときに母親を亡くしたせいで、我儘に育てられたんですよ。おまけに父親が道を外れて恥をさらした。つまりカサンドラはもう、傷物なんです。甘い夢などは捨てなければならない」
「だから体よく追い払おうとしたのですか? 四十歳以上も年上の男性との、望まない結婚を押し付けて」
「父親が犯罪者という暗い経歴がついて回る娘に、熱烈な恋ができるとお思いですか? 傷者と知りながら求婚してくれる若い紳士など、いるわけがない。初婚の男にふさわしい女ではなくなってしまったのだから、もはや選択の自由などないんです。地位も富もある相手を見つけてきただけでも褒めてほしいくらいですよ」
ニューマンはソファの背に寄り掛かって、不敵な笑みを漏らした。
「女には夫が必要なんだ。結婚してしまえば、愛情などというものは後からついてくる。特に貴族の女は、生まれたときからいずれ結婚するために教育され、家の役に立つつもりで大きくなるんでしょう? いつまでも独身で働くなんて生き方は惨めだし、後ろ指をさされてしまう。ミネルバ様はカサンドラに、そんな悲惨な人生を送れとおっしゃるんですか?」
悪びれもせずに言うニューマンを、リリベスが誇らしげに見つめている。サリーアンは飽きてしまったのか、コンパクトを開いて化粧を直し始めた。
「カサンドラ。さあ、帰ると言いなさい。リンワース子爵との結婚に、お前の意見など必要ないんだ。親代わりの私が決めた相手なのだから、黙って結婚すればいい。それでこそ公爵令嬢だろう? リンワースは裕福で、新しく生まれ変わるメイザー公爵家の役に立つ。大切なのはそれだけだ」
取り巻きのモリッシー男爵が軽く咳払いをして「おっしゃる通りですな」とつぶやく。ミネルバの近くに立っていた何人かの貴族が、おずおずとニューマン側へと移動した。
「ミネルバ様、考えを変えるならいまですぞ。ルーファス殿下との結婚前から貴族の反感を買うのは、皇帝陛下もいい顔をなさらないでしょう」
「なるほど、よくわかりました」
ミネルバは肩をすくめて言った。ニューマンが「では」と身を乗り出したところで、遮るように厳しい声を出す。
「あなたたちがいかに品性下劣であるか。良心も道徳心もない後見人が、どんな恐ろしい仕打ちをするのか」
「な、なんですと?」
穏やかながら、ぞっとさせる威力のあるミネルバの声に、ニューマン一家が当惑している。
「メイザー公爵家を支配している気でいるのはただの錯覚でしかないと、いまから教えて差し上げますわ」
冷たく威圧的なまなざしで、ニューマンを真っすぐに見つめる。この男がいつだって自分の利益しか考えない最低の人間であることは、十分すぎるほどわかった。
必要なら、私を武器にしてニューマンをぶん殴ること──ルーファスの言葉が脳裏に蘇る。いまがまさにそのときだと、ミネルバは思った。




