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3.ロアンの報告

「いやー、凄いものを見ましたよ。ニューマンの奴が、約束の時間よりかなり早めに面会施設に来たんですけど──」


 そんな声とともに、ロアンが部屋に駆け込んできた。


「うわ! ミネルバ様もソフィーさんもカサンドラさんも綺麗ですねっ!」


 ロアンがびっくりしたように立ち止まる。可愛い弟分の、こちらを見つめるまぶしげな目つきがとても嬉しい。


「ありがとうロアン。それで、ニューマンがどうしたの?」


「はい。あの、ニューマン一家がもう来ているんです、面会施設の控え室に。僕はちょうど、ミネルバ様たちが使用する予定の面会室の最終確認をしていて。大声で馬鹿なことを口走ってる奴がいるなー、でもニューマンにしては早すぎるなーと思ってたら、やっぱりニューマンだったんですよね」


 ロアンは信じられないという口調で言った。

 面会のための施設には、とても立派な控え室がある。名前に似つかわしくないほど広く、優雅な部屋だ。

 宮殿で働く人々に会いに来る人物は、家族ばかりとは限らない。男性が未婚の侍女を訪ねてきた場合などは、人気のない個室で二人きりになるわけにはいかないから、控え室にいくつもある応接セットを使って面会できるようになっている。

 礼節を保った上でプライバシーも守れるテラス席、バルコニー席などもあるが、そちらの利用は高位貴族が優先されている。


「今日は妙に面会希望者が多いらしくて、控え室も混み合ってるんですよ。だから僕、堂々とニューマンの様子を観察してきました」


 ロアンはいたずらっぽく笑う。ミネルバも微笑んで見せた。


「想像がつくわ。爵位を継いだわけでもないのに、控え室にいる方々と対等──いえ、それ以上に偉くなったと勘違いしているんでしょう」


 ロアンが「おっしゃる通りです」とうなずく。

 ニューマンはまだ商人に過ぎず、貴族たちが集まる行事には参加できない。そして皇族に仕える使用人には、男爵家や子爵家の縁者が数多くいる。だからニューマンはこの機会に、控え室にいる下級貴族の関心を勝ち取ろうとしているのだろう。

 マーカスが呆れたように口元を歪める。


「テイラー夫人でさえ、ニューマンへの対応には手を焼いたらしいもんな。守衛の騎士に力づくで追い払われたってのに、反省の欠片もなしか。おいロアン、ニューマンはどんなことを言っていた?」


「やあやあ諸君! さあ、最初に次期公爵と親しくなるのは誰だ?」


 ロアンはすぐさまニューマンになりきり、横柄な態度でマーカスをじろじろ見た。そして彼の肩を強く叩く。


「ほう、君はバートン男爵というのか。最初に私に挨拶した礼儀正しさにはしかるべき敬意を払い、尊重してやろうではないか。そっちはモリソン子爵か。なんだと、屋敷に招いてほしいだと? いいだろう、私たちはもっとよく知り合わなくてはな。公爵家のもてなしを存分に堪能させてやるぞ!」


 大口を開けて笑うロアンを見て、カサンドラが「恥ずかしい……」と小さくうめく。


「とまあ、こんな感じです。注目の的になれて嬉しくてたまらないってとこですね。思いっきり有頂天になってます。もちろん渋面を浮かべてる人もいるんですけど、ものともせずに近づいては『平民風情と見下しているんだろう。私が公爵になったら後悔することになるぞ!』って叫んでますね」


「勘弁してくれ……」


 ジャスティンがうめいた。

 ニューマンはどうしてそこまで、自分が公爵になると信じ切っていられるのだろう。メイザー公爵の有罪が確定したわけでもないのに。

 ミネルバはルーファスと静かに目を見かわした。ニューマンの態度の裏には、絶対に何かが潜んでいる。彼もそう思っていることが、容易に察せられた。


「これ、控え室にいる面会者の一覧です。パパっと書き写してきました」


 ロアンが胸ポケットから四つ折りにした紙を取り出す。彼は何でもかんでも面白がるような子だが、ミネルバの役に立ちたいという意志もはっきりと感じられるのだ。

 紙に書かれた名前は、やはり下級貴族ばかりだった。次期公爵を名乗る人間を相手に、無言でいるわけにはいかないだろう。ニューマンは初めての社交の場で、骨の髄までいい気分になっているはずだ。

 ミネルバは紙に書かれた名前をすべて記憶した。グレイリング貴族名鑑はすべて頭に入っているから、その配偶者や子どもの名前もすぐに思い浮かべることができる。


「どうするミネルバ。予定通り、個室でニューマン一家と面会するか?」


 ルーファスに問われて、数秒考える。

 面会施設に向かう途中の廊下や、個室の前などで、多くの人々がミネルバたちの姿を目撃するだろう。テイラー夫人の意図するところの『憧憬の眼差し』は、十分すぎるほど注がれるはず。


「いいえ。真っすぐ控え室に行くわ」


 ミネルバはきっぱりと答えた。

 下級貴族の中には、雲の上の皇族に愛想を振りまいても、あまり身にならないと考える人間が一定数いる。実用性があるのは上位貴族とのコネというわけだ。


「ニューマンに興味を示している下位貴族の大勢いる場所で、私たちの力を示した方がいいと思う。少し型破りではあるけれど」


 ルーファスが「そうか」とうなずく。テイラー夫人は何も言わない。つまり賛成ということだ。


「ソフィー。それからカサンドラ──さん、はもう省略させてもらうわね。四日前よりも、あなたが身近に思えるから」


 ミネルバはソフィーとカサンドラの背中に腕を回した。途端に二人とも笑顔になり、円陣を組んで見つめあう。友情と、主人と女官との絆を確認しあった。


「私の大切な友達、信頼する女官、ソフィーとカサンドラ。さあ、行きましょう」

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