6.ミネルバの決意
「催眠暗示……僕がまだ特定できない何らかの力に対して、公爵は必死に抵抗しているんじゃないかというのが、僕の客観的な意見です。恐らくそのせいで、酷い混乱状態にある」
カサンドラから食い入るように向けられる眼差しを受け止め、ロアンが言った。
「つ、つまり、ロバートが持っていた証拠は、お父様に不利なように捏造された可能性があって、本当は罪を犯していないと? 怪しげな声に翻弄されているだけで、むしろ被害者だと言えるということですよね? それならば皇帝陛下もすぐに、寛大なご処置を──」
ロアンが少し困ったような表情になる。ルーファスは諭すような視線をカサンドラに向けた。
「気持ちはわかる。だがいまの時点では、公爵が潔白かどうかを判断することはできない」
「ルーファス殿下……」
カサンドラの目が、途方に暮れたような色を浮かべる。ジャスティンの顔が曇ったのは、彼女の心痛を察しているからに違いない。
そんな二人を見ながら、ルーファスがさらに言葉を続けた。
「君は特殊能力のことを詳しく知らない。私たちと共に行動することで理解が深まるはずだが、いまはわけがわからず不安が募っているだろうな」
カサンドラがはっと息を呑む。そして小さく首を横に振った。
「すべてを理解しているとは言えませんが、ロアンさんやジミーさんのことは信じていますし、特殊能力のことも信じています。私は先ほど感情に流されて発言してしまいましたが……国防に関わる事件ですもの」
様々な思いが押し寄せているのだろう、カサンドラの声は少し震えていた。
「父が催眠暗示を受けているとしても、ロアンさんが言ったように『それが誰の力で、どこから来ているのかわからない』のですから。皇帝陛下にご納得いただくには、確実な証拠が必要で……それが見つからなければ父が釈放され、刑を免れるなどということはない」
コリンが彼女に賞賛の目を向けた。さすがに輝かしい生まれの公爵令嬢だけのことはある──そんな風に思っているのだろう。実際彼女は希望的観測を即座に捨て、少しの時間で感情のコントロールを取り戻した。
ルーファスが口元に手を当て「その通りだ」とうなずく。
「兄上は公明正大な人だ。だからこそ公爵の身の上に起きていることを、正しく説明できなければならない。難問ではあるが……必ず何とかする。特殊能力の絡んだ事件を解決し、国のためになすべきことをするのが私の使命だ。決して背を向けるような真似はしない」
ルーファスが力強く言うと、それだけで安心感が得られるから不思議だ。
(誠実で勇敢で、国民に対して献身的な人だもの。絶対にくじけずにやり遂げるに違いないわ)
ルーファスがやらなかったら、一体誰が特殊能力を使う犯罪者を捕まえるというのだろう。自身も強い力を持ち、ロアンやジミーといった癖の強い部下を見事にまとめ上げている。
それに、ミネルバがまだ会ったことのない部下も大勢いるらしい。皆の力を結集すれば、きっと突破口が見つかるはずだ。
(それに、私もいる。ルーファスはひとりじゃない)
ミネルバの思考を読んだかのように、ルーファスがミネルバの手を取った。
「数日中に、グレイリング勢力圏から人が集まる。特殊能力を専門にしている学者や研究者たちだ。変わり者が多いが、知識を惜しみなく提供してくれるだろう。私が絶対の信頼を置いているミネルバも、手伝ってくれるそうだ」
カサンドラが驚いたようにこちらを見る。ミネルバは小さく微笑んで見せた。
「実は私にも、その方面の才能があるの。自分の能力を人のために役立てるのは、いつだって嬉しいことだわ。それに、あなたを助けるために何でもすると決めているから。皆で一丸となって立ち向かいましょう」
カサンドラはほうっと息をついた。
「ミネルバ様は膨大な知識と善良な心だけではなく、特殊能力もお持ちなのですか。あらゆる意味で特別な女性なのですね」
「いえ──」
「ミネルバ様の能力は凄いですよ。まさしく『奇跡の起こし手』って感じです!」
「一緒にいると、どんなことでも乗り越えられると思わせてくれるのよね。優しいし賢いし勇ましいし、いろんな意味で強いのよ!」
ミネルバの声をかき消すように、ロアンとソフィーが同時に言う。
能力は発展途上だし、制約もあることを伝えようと思ったのだが──カサンドラの瞳に尊敬の念が灯ったのがわかり、ミネルバは口を閉ざした。
自分が彼女の希望になれるなら、それでいいと思ったからだ。
ルーファスが身を粉にして働いているのに、自分だけ撤退するという選択肢はない。メイザー公爵を苦しめている『誰か』の力は超人的で、かつ危険なものだろう。ルーファスと共闘することが、気が楽になる唯一の方法だ。
「専門的な手助けをしてくれる人たちの到着を待っている間に、ニューマンに対しては決着をつけてしまいましょう」
ミネルバは力強く言った。そしてその場にいる人たち──もちろんカサンドラを含む──と、心の通い合った眼差しを交わした。