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3.デメトラの意見

「グレイリングの公爵令嬢がアシュランの王妃になってくれたら、貿易や安全保障がより強固なものになる。ジャスティン兄さんが王位を継ぐには、まず結婚しなくちゃならないし。だとしてもカサンドラ嬢が相性抜群のオーラの持ち主だなんて、そんな巡り合わせは残酷すぎるよ。花嫁は他の方法で探すしかないなあ」


 コリンが天井を仰ぎ、絶望的な声で言う。マーカスが「当たり前だろう」と声を荒げる。


「いくらオーラ的に特別な存在でも、父親が犯罪者なんだぞ。醜聞が飛び交うような娘はアシュランの王妃にふさわしくない。ただでさえ、あの女のソフィーに対する態度は許しがたいのに──」


「マーカス。メイザー公爵が法を犯したと決まったわけではない。お前がソフィーさんを愛し、守ると決めていることは分かる。だがそれでも、公平でなければならない」


 ジャスティンが視線と言葉でマーカスを制した。


「父親が拘留中だからといって、カサンドラ嬢の名誉を傷つけていいということにはならないはずだ。彼女を痛めつける手段として父親のことを持ち出すのは間違っている。お前だって、自分には全く罪のないことで批判を浴びた経験があるだろう」


 ジャスティンの静かな口調には独特の迫力があった。マーカスが不意を突かれたような表情になり、それから口元を歪める。


「たしかにメイザー公爵が拘留されたからといって、カサンドラ嬢に責任があるとは言えないな。真実がどうあれ、社交界の連中は好きなように噂する……そういう困難な状況を、俺たち家族は一丸となって乗り越えたんだった」


 マーカスの言葉を聞いて、コリンもばつが悪そうな顔になった。


「僕たちの場合は、思いがけなくルーファス殿下から救いの手が差し伸べられたけど……。実際、僕らのことをほとんど知らない人間が、あることないこと噂していたからね。あの辛さは、経験のない人間には理解できないだろうなあ」


「あなた方はハンサムというだけではなく、性格がいいのねえ」


 デメトラが扇を揺らしながらにっこりする。


「マーカス様も悪気はなかったのよね、わかるわ。他人に対する思いやりと同情心の深い人であることは、オーラを見れば明々白々だもの」


 優雅に顔をあおぎながら、デメトラが言葉を続ける。


「オーラが見えるなんて荒唐無稽な話を何の偏見もなく受け入れてくれた時点で、信じられないくらい素敵な三兄弟よ。もちろんルーファス殿下もミネルバ様も、ソフィーさんもね。領地ならともかく、帝都での私の評判は『変人』ですから」


「デメトラ様は素晴らしい方ですわ。私も努力を重ねて、デメトラ様にひけをとらない淑女になりたいです」


「まあミネルバ様。そのお言葉を私がどれほど誇らしく思っているか、伝える方法が見つからないわ。ああ、なんと気高く、なんと献身的なオーラなんでしょう。ルーファス殿下は本当に運のいい方だわ」


 デメトラが明るく言った。


「優しさに甘えて、老女の戯言にもう少し付き合って貰いましょうか。私が心の中でこっそりと温めていた意見なのですけれど」


 強い意志の刻まれた顔で、デメトラがルーファスを見上げる。老婦人の迫力に、彼は「はい」と姿勢を正した。


「こうして間近にミネルバ様のオーラを見ると、彼女がグレイリングのために必要不可欠だと思えます。婚約式から一か月、お二人は大小様々な社交行事に参加なさった。貴族たちもミネルバ様との交際が深まるにつれて、その立派さがわかってきているわ。属国出身のお嬢さんが皇弟妃になる事実と、上手に折り合いをつけるでしょう」


 デメトラは「ミネルバ様が相手では、どんなお嬢さんにも勝ち目はないわ」と苦笑した。


「でもね。お二人の婚約の一報が飛び込んできたとき、私ですら憤慨したのよ。属国の人間を花嫁に選ぶなんて、殿下はいったい何を考えているのかしらって。私も公爵家の娘で、先帝陛下の花嫁候補として何年にもわたる猛勉強に耐えた経験があるからでしょうね。私は先代より年上でしたから、選ばれることはなかったわけだけど」


 懐かしそうに言いながら、デメトラはぱちんと音を鳴らして扇を閉じた。


「公爵令嬢として生まれ、公爵令嬢として育てられることが、楽しいことばかりでないことは皆さんご存じね。どんなに気分が悪くても、うんざりしていても、表情を崩さないように訓練されるのよ。親兄弟や教育係から『いつか淑女の頂点に立つかもしれないのだから』って言われながらね」


 ミネルバは「わかります」とうなずいた。

 自分には三人の兄がいて、悩みをひとりで抱え込まなくていいといつも言ってくれたけれど──アシュランで王太子フィルバートの婚約者として過ごした十年間、ずっと胸が張り裂けそうな苦悩の叫びを抑え込んでいた。


「ルーファス殿下はお妃選びに十分すぎるほど時間をおかけになったわ。もちろん、決断を慌ててはいけない理由があったからだけれど。可能性はないと思いながらもずっと準備を続けていた公爵令嬢たちが、意外な展開にどれほど驚いたか……それだけはわかってあげてほしいの」


「──そうですね。ミネルバを受け入れる気持ちよりも、腹立たしさの方が勝って当然だと思います。彼女たちはひどく気まずい思いをしたことでしょう。政治的なこともあり、私は誰とも親睦を深めたことはなかったが……」


 ルーファスが眉間にしわを寄せる。堅実で真面目で、誰に対しても思いやりがある彼は、かつてグレイリングの社交界で『冷酷』と噂されていた。

 女性に冷たかったのは、健康問題を抱える兄トリスタンの治世を盤石なものにするためで、ルーファス自身の感情は一切含まれていなかったのだが。


「まあ、カサンドラさんや他の公爵令嬢が、ソフィーさんにした行為は褒められたものではありませんけれどね。彼女たちにも相応の事情があったことは汲んであげて欲しいの。カサンドラさんは特に、父親の思惑という糸で操られるマリオネットみたいなものだったから」


「メイザー公爵は、自分の政治的な野心のためだけに彼女を育てたのですか?」


 ジャスティンが顔をしかめた。デメトラが大きく息を吐く。


「アンガスが厳格で、要求の多すぎる父親だったことは事実よ。でも彼は、祖先がグレイリングの建国に携わったことに誇りを持っていたし、先帝陛下を盲目的に崇拝していたわ。カサンドラさんを厳しく育てたのは、国を愛するからゆえだと思うの。アンガスは他国と組んで、国家の転覆を狙うような人じゃない。そんな考えは、彼の価値観ともオーラとも相容れない」


 デメトラが身にまとう威厳に、その場にいる全員が言葉を失った。あまりにも周囲から際立っているので、目に見えないはずのオーラが見えるような気さえする。


「ロスリー辺境伯夫人、貴重な意見をありがとう。真相が判明するまで時間がかかるだろうが、メイザー公爵の尊厳を守りながら取り調べを進めると誓います。カサンドラ嬢にとって現状が苦しみに満ち、この上なく孤独であることにも配慮が足らなかった」


「ルーファス殿下、そう言ってくださって嬉しいわ。カサンドラさんが思いやりの欠片もない行為をしたことは事実だし、寛容な措置を求めるなんて図々しいとはわかっているのですけれど。噂話に口を引き結び、胸を張って毅然と立っているあの子を見るとね……」


 離れた場所で貴族たちの注目を一身に浴びているカサンドラを見ながら、デメトラが目を細める。

 ジャスティンもカサンドラに視線を移した。


「あの状態の彼女を放置するのは、なんというか……間違っているような気がする。頭の中で『助けて』という声が響いているような……」


「それがオーラの相性ですよ。波長がぴったりだと、不思議なことがあるものなの」


 デメトラが微笑む。ジャスティンは何度かまばたきをして、何かを見抜こうとするようにカサンドラを見つめた。

次回更新は7日(日)となります。

感想へのご返信はしておりませんが、本当に嬉しく拝読させて頂いております、ありがとうございます!

挿絵(By みてみん)






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― 新着の感想 ―
[一言] なるほど、メイザー公爵も決して悪い人ではなく、味方となれば「国」を裏切らぬ信頼に足る忠臣なのですね。 令嬢たちの胸のうちにも納得です、やったことは良いことではありませんが。 もしかしたら、自…
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