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3.黒い帯

 神官長が厳粛な面持ちになり、空中で手を動かして聖なる形を描く。


「汝らの愛の久しからんことを」


 そう言って神官長は、女性神官の捧げ持つ盆から一本目の帯を取り出し、それをルーファスに手渡した。

 ルーファスが両手に帯を持ち、そっとミネルバの首にかける。そして誓いの言葉を述べた。


「ミネルバ・バートネットに絶えることのない愛を」


 次にミネルバが神官長から帯を受け取り、正しい作法でルーファスの首にかけた。ミネルバがやりやすいよう、腰をかがめるルーファスを見て、愛が胸いっぱいに広がるのを感じる。


「ルーファス・ヴァレンタイン・グレイリングに消えることのない愛を」


 ほんの短い言葉に、ミネルバはありったけの気持ちを込めた。

 白い伝統衣装に、神官たちの編んだ黒いレースの帯はよく映えた。これで婚約式の装いが完璧なものになったのだ。

 家族全員が、誇らしさと驚きの入り交じった表情でこちらを見ている。神官長が短い説教をし、女性神官とともに出て行った。

 ミネルバとルーファスは家族のほうへ向き直り、深々とお辞儀をした。


「この黒い帯は、私たち二人の決意の表れです」


 ルーファスの顔が晴れやかに輝く。


「私たちは、互い以外の色には染まらない。ミネルバは私だけのもので、私はミネルバだけのもの。私たちを引き裂けるものなど存在しないのだと、皆に知らしめるために選んだのです」


 胸の内を打ち明けるルーファスを援護するように、ミネルバも口を開いた。


「ルーファスから提案されたとき、もちろん私も驚きました。婚約や婚礼の場で黒を用いるのは、ただひとりの相手を生涯愛すると神に誓うため。家の存続を重視する皇族や貴族が、気軽に使っていい色ではありませんから」


 ミネルバの気持ちに呼応したように、ルーファスが言葉を継ぐ。


「それでも私は黒を選びたかった。ミネルバをアシュランから連れてくることで、私には責任が生じたのです。彼女の心と体の両方を守るという責任が。ミネルバはかなり悩んだようですが、最終的には私の決意を後押ししてくれました」


 ルーファスがうやうやしくミネルバの左手を取る。ミネルバは微笑んで、彼のほうに身をよせた。


「二人でこまごまと話し合う中で、気付いたんです。黒を選ぶことで、私たちの結びつきを最大限に生かせるのではないかと」


 ミネルバは言葉を切り、家族たちの顔を見回した。すっかり涙が引っ込んだらしいマーカスが、しきりに首をひねっている。


「少し説明が難しいのですが……私の体には属国であるアシュランの血が流れ、それは永遠に変わることがありません。私たちの婚姻を快く思わない貴族たちが、事あるごとにそれを持ち出してくることは目に見えています。だから……そのことを欠点ではなく、利点に変えてしまおうと、ルーファスと二人で決めたんです」


「私がミネルバ以外を求めないと知らしめることで、私に皇位を狙う野心がないことも同時に示すことができるのではないか……ミネルバはそう言ってくれました。私は、兄上に取って代わりたいと思ったことなど一度もありません。しかし兄上には健康問題があり、レジナルドはまだ幼い。私を皇帝にするために、突拍子もない行動に出る人間がいるかもしれない。だが、属国出身のミネルバが、彼らの野望をくじくのです。そして私はようやく、自分の思うように人生を生きられる」


 トリスタンがルーファスの顔を見て、それから驚きの目でミネルバを見つめた。


「ミネルバ……君は本当に、見上げた女性だな。自らの出自を逆手にとって、この縁組がグレイリングにとって賢い手立てであることを示すとは」


 トリスタンは感慨深げに言った。


「新しい治療法で健康を取り戻したとはいえ、私の病は完治するものではない。息子のレジナルドはまだ五歳だ。私が死ねば、誰かが摂政の任につかなくてはならず、その誰かは間違いなくルーファスだ。そうなれば、ルーファスが皇帝として国を治めるべきだという意見が、必ず出てくる。そして……争いが生まれる」


 トリスタンは「そんな状況など想像したくないが」と、低く唸った。


「野心を持った人間は、間違いなくルーファスとミネルバを引き裂こうとするだろう。そして自らの娘をルーファスにあてがおうとする。しかし黒の祝い帯で神に誓ったからには、ルーファスは簡単には再婚できない。法的な拘束力のあるものではないが、グレイリング中の貴族と神官たちが誓いを目にしているのだから」


「つ、つまり、ルーファス殿下は黒い帯を使うことで、これから先ミネルバさえいればそれでいい、という気持ちを示す、と。ミネルバの出自が低いことが、逆にグレイリングを安全にすることになる、と。要するに、属国出身であることに引け目を感じずに、ミネルバは自分の価値を証明できるってこと……なのか?」


 マーカスが考えをまとめるように言った。ミネルバとルーファスは同時にうなずいてみせた。


「少し頭の回る令嬢なら、私たちが結婚したあとでも糾弾をやめないわ。『ルーファス殿下は便宜結婚をしたのだ』くらいは言うと思うの。トリスタン様への忠誠を示すために、選ぶ相手がグレイリングの貴族令嬢より優れていてはいけなかったのだと、そう言って私を虐めようとするでしょう」


 ミネルバは兄たちを見て、にっこりと笑った。三人ともこちらの言わんとすることがわかったらしく、なるほどという顔つきになる。


「ミネルバが気の弱い令嬢だったら、不安になったかもしれないな。しかしお前は、簡単に傷つけられる人間ではない。その黒い帯には、令嬢たちの嫌味や当てこすりを封じる意味もあるのか」


 ジャスティンが微笑んだ。

 ルーファスはあくまで対等の立場で、ミネルバのことを真剣に愛してくれている。一点の曇りもなく愛を信じられることは、とても幸せなことだ。

 そうは言っても、皇族や貴族の暮らしは駆け引きの連続だ。反対派の貴族たちは、嫌味や当てこすりをやめないだろう。二人が対等であることを認めないだろう。ならばこちらも、持っている武器を最大限に活用するまでのこと。

 ミネルバは肩にかかる黒い帯に視線を落とした。最善は尽くした。あとは婚約式をやり切るだけだ。

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