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6.愛し愛され

「私には、ミネルバの思いが……ミネルバの考えが何よりも大切だ」


 そう言ってルーファスはミネルバの手を取り、自分の胸に押し当てた。手のひらに彼の激しい鼓動が伝わってくる。


「あの令嬢たちのことは許せないし、相手をするだけ時間の無駄だと思っている。しかしミネルバに嫌われたら、私は長くはもたないだろう。だからいまは、無理やりにでもこの怒りを鎮めるしかない」


 ルーファスは首を振り「私をひざまずかせる力があるのは、ミネルバだけだ」と苦笑いをした。


「だが、ひとつ覚えておいてくれ。私という存在はミネルバの武器であり、盾でもあるんだ。君だけが、私の権力と影響力を最大限に利用できる。賢明な君は、私という武器を振り回すことを、できる限り避けようとするだろう。しかし時と場合によっては、権力でぶん殴ってやることも必要だ」


「ルーファス、ありがとう。私は大いなる力を持っているのね。だからこそ……それを賢く使わなくちゃ」


 ミネルバはルーファスの胸に頭をもたせかけた。彼の鼓動が徐々におだやかになっていくのに耳を傾ける。


「私ね、アシュランを出る前に覚悟はしていたの。属国出身であるからには、辛い思いや悲しい思いもするだろうって」


 ミネルバがそう言うと、ルーファスの逞しい体が小さく震えた。


「属国出身だからと言って、君に欠けている部分などない」


「そう言ってもらえて嬉しいわ。でも……プライドの高い女性にとって、格下の相手よりも弱い立場になることは屈辱なのよ。私も公爵令嬢だから、彼女たちの不満や怒りはわかるの」


 どこの国でも、上流階級は狭い世界だ。アシュランでは異世界からやってきたセリカが高みに登り、ミネルバは絶望の淵を見た。あの体験がどれほど屈辱的だったか、忘れることなどできはしない。

 セリカはフィルバートからの愛情を武器にし、王太子妃という地位をかさに着て、自らの欲求を満たすことだけに力を入れた。彼女と同じようなことをするのは──考えただけでもぞっとする。


「出自から完全に解き放たれることはないわ。でも、いつかみんなが本当の私を……私の価値を理解してくれる日がくると信じたい。そんな日が来るように、とにかく死ぬ気で努力したいの」


「ミネルバなら、そう言うだろうと思ってはいた」


 ルーファスがミネルバの背中を優しく撫でる。


「だが、あの令嬢たちから尊敬や好意を勝ち得るには……長い時間がかかると思うぞ。君という人間をじかに見る前から反感を覚えているんだ。君の一挙手一投足を、意地悪な目で観察し続けるに決まっている」


「辛抱強く頑張るわ。そのための時間はたっぷりあるのだし」


「わかった、君の気持ちを尊重する」


 ミネルバはルーファスを見上げた。自分が頑固者だという自覚はあるし、ルーファスがこの意見に諸手をあげて賛成していないこともわかっている。


「いよいよの場合は、ちゃんとルーファスの力を頼るわ。状況を変えようと試みても、カサンドラたちの偏見に満ちた目を変えられなかったら。権力を誇示すること以外に、良い方法が見つからなくなったら」


「ああ、そうしてほしい。私たちの人生は、二人でひとつだ。ミネルバを幸せにすることが私の生涯の任務で……君のためならどんな苦境にも喜んで身を投じるし、できることは何でもする」


 ミネルバはうなずいた。

 カサンドラたちとの間にも、何かが芽生えることを願うのは甘いのかもしれない。それでも、彼女たちとの関係を多少なりともよくするための努力を放棄したくはない。


「私も結構キツい性格だから、面と向かって辛辣な言葉をかけられたら、ちゃんと受けて立つつもりなの」


「それで、彼女たちは思い知ることになるんだろうな。ミネルバをないがしろにして、舐めたら痛い目に遭うと。怒らせたら怖いということを。そして……私が最上の選択をしたということを」


 ルーファスの力強い腕に包まれて、ミネルバは幸福感が押し寄せてくるのを感じた。変わらないと信じられる彼の愛情に、どれほど慰められてきたかわからない。


「公爵家の令嬢たちは厳しい教育を受けてきただろうが、ミネルバはそのすべてを……いや、それ以上のことができる。まずは目前に迫った婚約式で、それを示してやろう」


 ルーファスの深みのある声がミネルバの胸に響く。


「私の力こぶを見せる日ね。たくさんの貴族が、私が皇弟妃にふさわしい人物かどうかを見定めようとするはずよ。二週間の旅での出会い、その後の手紙でのやり取り、その他にも……私、蒔ける種はみんな蒔いたわ。立派にやり切って見せる」


「ミネルバがすべきことをやっていたのは知っているよ。婚約式で、君は生き生きと輝くことだろう。婚約式が終われば、私たちは完全にひとつだ。もう隠し事は勘弁してくれよ? あらゆることに一緒に向き合っていこう」


「ええっと……いつかは話すつもりだったんだけど……」


 ミネルバはためらいがちに言いながらルーファスを見た。現在進行形で、隠していることがひとつあるのだ。


「実はね、エヴァンから護身術を習っているの。いまは『竜手』という古武道の呼吸法と、型と呼ばれる動きを教えてもらってて。いつかは本格的な闘い方を習得したいのだけど……」


 ルーファスは「え」と驚きの声をあげた。


「だって、ルーファスについて行きたいんだもの。あなたが行くところならどこへでも。ロアンに聞いたの、異世界人絡みでトラブルが起こったら、世界中どこへでも飛んでいくんでしょう? 険しい山の中で野営もするし、密林に分け入ったり、急流を船で下ったりもするって」


 ミネルバはルーファスから体を離して、彼の顔をまじまじと見つめた。


「私たちは二人でひとつでしょう? だから置いて行かれたくないの。足手まといにならないように努力するから、引き続き稽古をさせてもらえたら嬉しいのだけど……」


「君はまったく……向上心の塊だな。私を世界一幸せな男にしてくれるつもりなのか? 置いていくのは、私だって耐えがたい。どうして言ってくれなかったんだ?」


「ごめんなさい。ルーファスって私に関しては心配性だし、言ったら反対されるかと思って……」


「反対なんてするわけがない。だが……エヴァンと組み打ちをされると嫉妬してしまうから……君の護身術の稽古は、婚約式の後の私の予定表の先頭に書いておく。厳しく指導するから、覚悟しておいてくれよ?」


「ありがとうルーファス! 私、全身全霊で頑張るわっ!」


 もう一瞬も我慢できなくなって、ミネルバはまたもやルーファスに抱きついた。「愛してる」とつぶやくと「私も愛してる」という言葉が返ってきた。

 ルーファスはミネルバのあらゆる不安を吹き飛ばし、夢をすべて実現させてくれる。彼が与えてくれる幸福が、新たな自信となってミネルバを満たしていく。

 婚約式は三日後に迫っている。ルーファスからひしと抱きしめられ、ミネルバは愛し愛されていることを実感した。抱擁ならもう何度もしたけれど、いまのそれは言葉にできないほど素晴らしかった。

第八章が終わり、次回から第九章に入ります。いよいよ婚約式です。

年内の更新は本日が最後となります。活動報告に詳しいお知らせがございます。よろしければご一読ください。

今年一年、読者の皆様に支えられて書き続けることができました。本当にありがとうございます!

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[一言]  緑茶を淹れねば。
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