6.ミネルバの盾
「まいったな!」
ミネルバの前に座っているマーカスが、複雑な思いを感じさせる声でつぶやいた。
「やっぱりジャスティン兄さんは凄い。感心せざるを得ないし、誇らしさで胸がいっぱいだ!」
そう言って振り向いたマーカスは、心からの純粋な笑みを浮かべている。
「俺たち三人は、ミネルバを守るためなら何でもするつもりだったからな……。家督を継ぐまで自由気ままな俺と違って、国王になるジャスティン兄さんはそう簡単にアシュランを離れられない。それでも後ろ盾として強い姿を見せて、ミネルバを守る役割を果たそうとしているんだ」
しみじみと言うマーカスに、彼の隣に座るソフィーが微笑みかけた。
「たしかにこのパレードは、観覧に訪れた人々を圧倒していますわ。貴族にとって、権力や財力は大きな意味を持っています。ミネルバがただの公爵令嬢ではなく、一国の王太子の妹であることは、家柄や伝統を重んじる人々に対する武器にもなりますし」
二人の会話を聞きながら、ミネルバは広大な公園内をぐるりと回るジャスティンを眺めた。ゆったりと鞍にまたがる長兄からは、アシュランを代表して来たという誇りを感じさせる。
たとえ離れて暮らそうが、妹を思う気持ちは変わらない──パレードのすべてに、そんな思いがこもっているように思えた。
「ミネルバが肩身の狭い思いをしたり、恥をかくのは絶対に避けたかったんでしょうね。ジャスティン様もコリン様も……もちろんマーカス様も、本当に素敵なお兄さんだわ」
「い、いやあ、俺は何もしてないですけどね。あ、見てくださいソフィーさん! 国王直属の騎士団の中でも、スーパーエリートたちが前に出てきましたよ」
馬から降りた五人ほどの騎士たちが、広場の中央に向かって歩いてくる。その先頭にいるのはもちろんジャスティンだ。
「俺は剣よりも拳闘や体術が好きで、コリンは剣や拳よりも本を好んでたから、あの中には入れなかったんだよなあ」
マーカスが笑いながら頭をかく。次兄の明るさは、いつでもミネルバを安心させてくれる。
五人の騎士たちが舞台に上がり、優美に膝をついて頭を下げる。彼らは立ち上がると、剣を鞘から引き抜いた。
「始まるぞ、アシュラン伝統の剣舞が!」
マーカスは興奮を抑えられないようだ。ミネルバもぞくぞくと神経が昂るのを感じた。
ジャスティンたちは剣を握ったまま、軽やかに宙を舞った。ちょっとやそっとでは真似のできないような、複雑かつ完璧な剣舞だ。
五人の男たちが音楽に合わせてステップを踏み、剣を交え、くるりと回転する。アシュランはグレイリングの影響を強く受けているが、長きに渡り受け継がれてきた剣舞からは、やはり異国の雰囲気が漂っていた。
「すごい……。とても力強くて、言葉では言い表せないくらい素敵……」
ソフィーが呆然としている。
たしかにアシュランいちの剣士であるジャスティンの技術は卓越していた。目の前で繰り広げられる剣舞があまりにも素晴らしいので、観客席は水を打ったようにしんとしている。
しなやかに舞うジャスティンを、ミネルバは息をつめて見守っていた。
(ジャスティン兄様……)
肩につかない程度の長さの、癖のある銀の髪が陽射しを受けて輝いている。端整で優し気ながら、強さを感じさせる顔立ちだ。堂々と誇り高く舞う姿は、実に美しい。
思い出が頭の中を駆け巡る。貴族の令嬢にとって婚約破棄は、人生が一変する出来事で──これから先の人生に、一体どんな望みがあるだろうと絶望した。
幸せになれる日など、けっして来ないように思えた。そんな気持ちを表に出すのはプライドが許さなくて、ミネルバは必死に平静を装っていた。
(あのときも、私は守られていた。兄様たちの深い愛情によって……)
そしていまもまた守られている。三人の兄たちは、どんなときもミネルバを裏切らない。人前で泣きたくはないけれど、いよいよ目頭が熱くなってきた。
「ジャスティンはすごいな。王太子になったばかりで、どれだけのことを同時にこなしていたんだろう。本当に恐れ入る」
ルーファスが感じ入ったようにつぶやく。いつもは冷静な彼も、いまは興奮を隠しきれないようだ。
「大切なものを渡された気分だ。ミネルバを幸せにすることで、三人の兄たちを安心させなくてはならないな」
ミネルバはルーファスの誠実さに胸を打たれた。
「兄様たちは、もう安心しているわ。私は生まれて初めて、本当に大切にしてくれる男性に出会えたんだもの。かつてない幸せな毎日を過ごしているし……」
ミネルバは涙をこらえて言った。そのとき五人の騎士たちが動きを止めた。ゆっくりと剣を鞘に戻し、優雅に一礼する。
「見事だった!」
グレンヴィルが大きな拍手した。次の瞬間、観客席を埋め尽くす貴族たちから、嵐のような拍手が沸き起こる。
(ありがとうジャスティン兄様。マーカス兄様もコリン兄様も、いつも私をいたわり守ってくれる)
自分なりのやり方でミネルバを助けてくれる三人の兄たち。彼らどれほど感謝しても、感謝しすぎではない気がした。