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3.魔法の杖のひと振り

「さて、問題はソフィーさんです」


 テイラー夫人は笑顔をひっこめ、とがめるように眉を上げた。ソフィーを上から下まで眺め回して、思案するように指先で頬を叩く。


「やはり駄目ですね。そんな恰好では女官として、主人であるミネルバ様の存在感を高めることができない。さあ、ぐずぐずせずにここに座りなさい!」


 テイラー夫人が化粧台の椅子を引いた。ソフィーはもちろん抵抗できず、こわごわと腰を下ろす。


「ふむ、ソフィーさんの髪は細くて柔らかい猫っ毛ですね。ならばボリュームを出すアレンジをしましょう」


 テイラー夫人が集中して櫛を操る。


「ひと昔前は、お仕えするお嬢様の髪を私自ら整えたものです。その方に似合う結い上げ方をお教えするのも、教育係の仕事でございましたから」


 ソフィーはあっという間に驚くべき変貌を遂げた。プラチナブロンドの髪が低めの位置でふんわりしたお団子に纏められ、きっちりしつつも華やかな雰囲気だ。


「やはり首元が寂しいですね。さて何をつけましょうか。大ぶりのネックレスか、チョーカーか……ミネルバ様より華美になるわけにはいきませんし……」


 テイラー夫人がまた思案顔になった。

 ソフィーのドレスは派手ではないが、やはり流行の形なので襟ぐりが開いている。


「シルクのスカーフはどうでしょう? マナー上、スカーフはドレスの一部として扱われますし。ソフィーのドレスの色に近い、ミントグリーンのものがありますわ。二重に巻いてチョーカー風にすれば、首元に存在感を出すことができます」


 ミネルバの提案に、テイラー夫人は「いいですね」とうなずいた。

 アシュランから連れてきた二人の若い侍女が、ミネルバの意を汲んで動き出す。しかし彼女たちは、メイク室の収納からスカーフを見つけることができなかった。


「小物類はすべて、こちらにしまったと思ったのですが……」


「翡翠殿の皆さんも荷ほどきを手伝ってくださったので、もしかしたら違う場所にあるのかも。私、パリッシュさんたちに聞いてきます」


 部屋を出ていこうとする侍女を、ミネルバは手で制した。


「待って。スカーフはきっと……衣裳部屋の右壁面、手前から三番目の棚の、上から二段目にあるわ。外出用のストールと同じ場所よ」


 時間がなかったので、ミネルバは頭の奥で感じた映像をそのまま口にした。

 ミネルバは『隠されているものを見つけるのが得意』だ。そのことを知っている侍女たちは、素直に衣裳部屋へと向かった。

 椅子に座っているソフィーが肩越しに振り返って、驚いたように目を見開く。


「すごいわミネルバ。自分で荷ほどきしていないのに、大量の衣装や小物の場所をすべて把握しているのね」


「そういうわけじゃないんだけど……勘が働いたというか。今度コツを教えるわ」


 ミネルバは笑顔でごまかした。もっと遠くまで見ることのできる千里眼の能力について、まだ何も話していない。宮殿に入った途端にお妃教育が始まり、タイミングが合わなかったのだ。


(パレードが終わったら詳しく話そう。ソフィーはきっと受け入れてくれる)


 侍女のひとりがスカーフを手にして戻ってきた。受け取ったテイラー夫人は、ソフィーの首元に上手に巻きつけた。


「素敵……私には結い上げたスタイルは似合わないと思っていたのに。善き魔女に、魔法の杖をひと振りされた気分ですわ」


 立ち上がったソフィーが、ミネルバたちの前でくるりと回って見せる。

 アップヘアでイメージが大きくチェンジしているし、スカーフのおかげで顔周りに華が出ていた。

 テイラー夫人もソフィーの変貌ぶりに満足そうだ。


「パレードが終わったら、ミネルバ様もソフィーさんも新しいドレスを作らなくては。仕上がってくるまでは、首元が開いたドレスにスカーフを合わせてアレンジしましょう」


 ミネルバたちは部屋を出て、ルーファスが待っている大広間に向かった。廊下を歩いていると、翡翠殿の使用人たちから賞賛の眼差しが投げかけられた。


「使用人たちは皆、あなた方の姿に魅了されていますよ。今日はこれから、大観衆を魅了することになるのです」


 テイラー夫人は自信たっぷりに言った。

 パレードが行われる大通りの最終地点に、皇族と貴族のための特別席が用意されている。きっとカサンドラも来るに違いない。シーリアの予想に反して、彼女からお茶会の招待状はまだ届いていなかった。

 大広間に入ると、窓の外を眺めていたルーファスが振り返った。


「ミネルバ、そのドレスは……」


 ルーファスの黒い瞳が、ミネルバを貫くように一直線に見つめてくる。

 背中がぞくぞくして、不思議な感覚にとらわれた。初めて出会ったあの日に、ひどく熱心で真剣な眼差しに射抜かれたことを思い出す。

 ミネルバはルーファスのそばまで歩き、未来の夫と向かい合った。


「あのお茶会の日に着ていたドレスなの。染め直したけれど、形はほとんど同じよ。あなたが私を愛してくれたから……こうしてもう一度、袖を通そうと思えたの」


「素晴らしい……他にどんな言葉も見つかりそうにないよ」


 ルーファスの頬が赤く染まる。 


「ありがとう。地味なドレスだけれど、いまの私に一番似合っていると思うの。このドレスを着ている自分を好きになれる日が来るなんて、想像もしなかったわ」


 ミネルバが微笑むと、ルーファスは「地味どころか」とため息を漏らした。


「すこぶる魅力的だ。グレイリングの令嬢たちが束になっても敵わないほど、強烈な魅力を放っている」


 ルーファスが手を伸ばしてくる。ミネルバはその手を取りながら、胸の中に希望が溢れてくるのを感じていた。

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