表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

103/187

5.テイラー夫人

 翡翠殿の見学に一時間近く費やしたあと、ミネルバは着替えと化粧直しを済ませた。

 ソフィーと二人でエヴァンジェリンの元へ向かう。セラフィーナも加えた四人で、果汁と蜂蜜入りのお茶と軽食を楽しみながら歓談した。


「慎重に検討した結果、ミネルバさんの教育はテイラー夫人にお任せすることにしました」


 ティーテーブルの向かい側に座るエヴァンジェリンが、にっこりと微笑む。


「テイラー夫人はグレイリングで最も有名な、淑女教育の専門家です。セラフィーナのお妃教育もお願いしたのよ」


 お茶をひと口飲み、エヴァンジェリンは言葉を続けた。


「オリヴィアからあらゆる知識を叩き込まれたミネルバさんが、高い基準を満たしていることは承知しています。そうは言ってもお妃教育はしきたりですから。アシュラン出身のあなたが、ルーファスの相手にふさわしくないと見なされる可能性はすべて排除したいの」


 エヴァンジェリンは優しく言った。彼女の隣に座るセラフィーナが口を開く。


「テイラー夫人は外交官の娘で、夫もまた外交官だったの。だから世界各国の作法を知っているわ。同じ社交的な集まりでも、国によって違いがあるでしょう? 二週間後の婚約式は国内の話だけれど、結婚式となるとあらゆる国の方々が臨席しますからね。テイラー夫人が順応する手助けをしてくれるわ」


 セラフィーナは一瞬考えるような顔をしてから、さらに続けた。


「恐ろしく厳格な女性よ。見た目は淑やかだけれど、不作法をする人には容赦がない。でも、芯の部分はとても優しい人なの。彼女からお妃教育を受けた私が言うんだから、安心して」


 ミネルバは背筋を伸ばして「はい」と答えた。

 晴れてルーファスと結ばれるためのお妃教育を、中途半端な物にはしたくない。それに、元から挑戦することを怖がらない性格だ。

 アシュランでは七歳から、王太子妃となるべく育てられた。上に立つ者としての義務を果たし、淑女の模範となり、国民のために正しいことを行えるように。

 女性として当然の裁縫や音楽、絵画に文学、乗馬にダンスはもちろん、歴史や数学、地理や科学も得意だ。

 世界の主要な言語のほとんどを読み書きすることができるし、母語人口の多い五つの言語で会話ができる。世界各国の流儀や文化にも詳しい。

 だからといって横柄な態度を取れば、グレイリングを軽んじることになる。

 属国からの皇族誕生に反対している人たちはもちろん、賛成派からも睨まれるだろう。反対派を黙らせるためにも、ミネルバは誰をも失望させるわけにはいかない。


「テイラー夫人は、付添人を兼ねて翡翠殿に住み込みます。つまり、礼節が守られているかどうかの監視人ね」


 エヴァンジェリンの言葉に、ミネルバはまた「はい」と答えた。付添人無しで、ルーファスと同じ翡翠殿に住むことはできない。それに礼節を守ることは、結局は自分のためになる。


「さあ、そろそろテイラー夫人をここに呼びましょう」


 エヴァンジェリンが指示を出してから五分後、ひとりの老婦人が滑るように入ってきた。ぱっと見た感じ、六十歳くらいだろうか。寄る年波にも負けず背筋は真っ直ぐに伸びている。


「ギルフォード・テイラー前侯爵の妻グヴィネス、お召しにより参上しました」


 テイラー夫人は優雅な仕草で、右足を引いておじぎをした。

 ミネルバとソフィーは同時に立ち上がった。


「はじめまして、テイラー夫人。お会いできて嬉しく思います。教育係を引き受けて下さって感謝しています、どうぞよろしくお願いします」


 ミネルバとテイラー夫人は、にこやかに握手を交わした。


「はじめましてミネルバ様。ルーファス殿下とのご婚約、おめでとうございます。二週間後の婚約式、そして結婚式まで、楽しくてたまらない時期でございますね」


 テイラー夫人は美人というわけではないが、清潔で洗練されている。綺麗にセットされた髪はすっかり白くなっているが、濃い青の目は美しく輝いていた。


「三十年ほど前、大使の夫とアシュランで暮らしました。ですから、オリヴィア王妃のことはよく存じ上げております。あのお方に教育されたのであれば学識は申し分なく、外交や政治的な知識まで身につけておいででしょう」


 テイラー夫人は「しかしながら」と目を細めた。


「話し方や立ち居振る舞い、挨拶や自己紹介の仕方、化粧や着こなし、あらゆる点を指導させていただきます。どうか異議を唱えられませんように」


 澄み切った目で見つめられて、ミネルバはうなじが粟立つのを感じた。テイラー夫人には独特の迫力がある。彼女の前では、どんな人でも行儀良くなるだろう。


(この人の信頼を勝ち取るために、最善を尽くさなければ。するべきことは、全部やってみせる)


 今日の晩餐は、さぞかし厳しい目で作法をチェックされることだろう。長い夜になるのをミネルバは覚悟した。

読んで下さってありがとうございます。

感謝を込めて連続更新です。

基本的には二日に一度の更新を続けていきたいと思います。

今後もよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 大賞受賞おめでとうございます。 受賞作品がどのようなものかと気になり、一気に読ませていただきました。 読書歴は浅いため、適切なことは言えないのですが、1話から数話にかけては、ややまどろっこし…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ