2.新しい家族
宮殿の敷地は広大だった。何人もの衛兵が警備する最初の門をくぐると、格調高い外観の建物の全容が見えてきた。
中央に半球型の大きな塔があり、そこからいくつもの翼棟が放射状に伸びている。堂々たる姿の宮殿は本当に美しく、ミネルバもマーカスも窓の外に目を凝らした。
「いよいよだミネルバ。新たなる人生への第一歩だな」
マーカスの言葉に、ミネルバは気を引き締めた。
馬車はいくつもの門を通り抜けていく。そのたびに多くの人々が敬礼して出迎えてくれた。
ある建物の前で馬たちが砂利を踏み鳴らし、馬車はゆっくりと停止した。宮殿で働く人々が整列しているのが見える。
ミネルバはルーファスの手を借りて馬車から降り、挨拶代わりの笑みを浮かべた。ずらりと並んだ使用人たちの奥に、完璧な美の見本のような二組の男女が立っている。
皇帝トリスタンと皇妃セラフィーナ、そして太上皇帝グレンヴィルと皇太后エヴァンジェリンだ。出迎えのために当代と先代の皇帝夫妻が揃っているのは、明らかに最大限のもてなしだった。
ルーファスに手を引かれ、ミネルバは王者の風格を漂わせる人たちの元へと向かった。彼の両親、グレンヴィルとエヴァンジェリンが歩み出てくる。二人とも晴れやかな笑みを浮かべていた。
先代夫妻はどちらも五十代前半だが、公務からはほとんど身を引いているらしい。
偉大な統治者だったグレンヴィルは体格がよく、少しも衰えを感じさせない。立っているだけで威圧感がひしひしと伝わってくるところが、ルーファスとよく似ている。
少し白髪の混じった黒髪、生気の溢れる黒目、顔立ちまでルーファスにそっくりだ。
エヴァンジェリンは年齢を重ねてはいるが、目をみはるほど美しい。優美で洗練された雰囲気は、まさに淑女のお手本だ。
装飾の控えめなドレスに身を包み、栗色の髪を綺麗に結い上げている。グレイリングでは髪をおろしてアレンジするのが流行りだが、この世代の人はやはりきっちりしているらしい。
彼女の気品と威厳のある姿と、温かみのある薄茶色の目は、アシュランの先代王妃オリヴィアを思い出させた。
「新しい家族に会える日を、首を長くして待っていたのよ。本当に綺麗で、素敵な人ね。ミネルバさんがグレイリングに来てくれて、心から嬉しいわ」
こちらが挨拶の言葉を口にするよりも早く、エヴァンジェリンがミネルバの両手を取り、ぎゅっと握り締めた。
ミネルバは面食らった。非の打ちどころのないマナーで、優雅にお辞儀をしようと心に決めていたのに。
「ルーファスを愛してくれてありがとう」
エヴァンジェリンに抱擁され、拝謁のために緊張していたミネルバの体から力が抜けた。自分を抱きしめてくれている人は、息子の幸せだけを願う母親だった。
「エヴァンジェリン様……お義母様、私もお会いできて嬉しいです」
事前に用意していた「陛下にお会いできてどれほど光栄か」を伝える言葉は、すべて吹き飛んでしまった。
エヴァンジェリンが体を引いて、穏やかな笑みを浮かべる。
「ごめんなさいね、つい興奮して抱きついてしまったわ。ミネルバさんに会う瞬間を、ひたすら楽しみにしていたものだから」
エヴァンジェリンが目尻の涙を拭ったとき、つんつんとドレスを引っ張られて、ミネルバは斜め下に視線を走らせた。
「ミネルバ、僕たちのおうちへようこそ!」
五歳の皇太子レジナルドが金髪の巻き毛を弾ませて、小さな花束を差し出してくる。ミネルバは天使のように愛らしい幼児の前にかがみこんだ。
「これ、ぜーんぶ僕が摘んだんだよ」
色とりどりの花がアレンジされた花束を受け取り、ミネルバは満面の笑みを浮かべた。
「まあ、なんて綺麗なのかしら。ありがとうございますレジナルド様」
「どういたしまして。美しい人は美しい花に囲まれているべきだからね。あとで宮殿の楽しい場所を教えるからね。心ときめく時間にしてあげるよ」
そう言ってレジナルドは胸を張った。あまりの可愛らしさに、ミネルバは早くも甥っ子を溺愛する叔母の気分になった。
「どうやら未来の皇帝は、プレイボーイの素質があるらしい」
グレンヴィルが白い歯を見せて笑いながら、孫の傍らに膝をつく。レジナルドはすかさず祖父の首に腕を巻きつけた。
「ミネルバ、私も君に会えて嬉しいよ。君はルーファスに奇跡を起こしてくれた。分厚い壁の中から息子を救い出し、安息の場所を与えてくれた。まさに妃として申し分ない女性だ」
レジナルドを片腕に抱いて立ち上がったグレンヴィルが、もう一方の手をミネルバに差し出してくる。
「救われたのは私のほうです。ルーファス様のおかげで、私は人生の新たな扉を開くことができました」
ミネルバも花束を片手に立ち上がり、グレンヴィルと固い握手を交わした。
「君こそルーファスの人生を変えたよ。こんなに満ち足りた顔をしている息子を、私はこれまでに見たことがない」
グレンヴィルはミネルバの手を握ったまま、ルーファスに悪戯っぽい目を向ける。
「元気そうだな息子よ。そして、この上なく幸せそうだ」
「ええ。すこぶる元気で、とてつもなく幸せです。すべてミネルバのおかげです」
父と息子が見つめ合う。彼らの間に通う家族愛が、目に見えるようだった。
トリスタンとセラフィーナは、満足げな顔でミネルバたちを眺めている。新しい家族たちの気さくで温かい歓迎に、ミネルバは胸がいっぱいになった。
「婚約式の前ではあるが、ミネルバはもう私たちの家族の一員だ。宮殿で働く者たちは皆、敬意をもって接するように。彼女の兄であるマーカス、女官ソフィーに対するどんな無礼も許されない!」
グレンヴィルが宣言する。居並ぶ人々が、世界で最も大切な人に接するかのように深々と頭を下げた。




