指輪の意味
ダンジョン出現以前と現在では色々なものが様変わりしているが、街並みもその一つである。
当時ダンジョンが地下に突然現れたことによって地下鉄等の地下施設や下水管、人含むその他生物は一気に失われた。遠く離れた国の地面から日本の地下施設の一部が見つかったとか様々な噂もあるが、詳細は不明。まるで地球の内部がかき回されてダンジョンが出来上がった様な、理解不能な現象だったとか。
地面は一定の深さまでは誰でも掘れるが、一定の深さ以上は掘削機などの重機を用いても掘り進めることが不可能だったらしい。
簡単に言うと、それまで地下に設置されていたあれこれは全て地上に再建するしかなく、少なからず街並みに変化がもたらされていると言うことだ。
そんな変化を受け入れて来た人々から見ても異様と言う他ない建物、それが今回の目的地『工房☆爆銀郷』である。
どうしてこうなったと問いたくなる流線型の建物で全体が銀色で覆われている不思議建築であり、個性が突出していると言わざるを得ない。
「ちわーっす」
工房に入り挨拶をしても返事は返って来ない。と言うか人もいない。
「?」
何時もなら喧しい程の金属音で声が通らないのは当然のこと、店員や職人も十人以上は居たはずだ。そう言えばほぼ毎日窓から煙が出ていたのに今日は煙を見ていない。
「おーい! 誰か居ないのかー!」
再度叫ぼうと息を吸ったその時、カウンターの奥からか細い声が聞こえてくる。
「うぅ……なんで、なんでだよぉ〜〜」
「居るなら返事ぐらいしろ、蒼葉」
半開きの目から涙を溢しながらフラフラと近づいて来るこの女は神蔵蒼葉。俺が普段からお世話になっている鍛治師である。今日はツナギやエプロンをつけておらず、上下スポーツタイプの下着のみ着用している様だ。
「おい、羞恥心は何処へやった。何時もならもっとマシな格好してるだろう」
「そんなん気にしてる場合じゃ無いようこのヘタレ! エッチ! 僕が一体どれ程の苦難を抱えたのか分かってないくせに!」
「帰るわ」
「ま゛っでよ゛お゛、ちょっとした冗談だろお⁉︎ 少し位興味持ってくれてもいいじゃないかぁ」
確かに何があったか気になるが、こいつ自身に興味は断じて無い。だがこんな奴でも腕は一級品、半端な仕事はしないと有名なのだ。何時も世話になっている事だし話ぐらい聞いてやってもバチは当たらない筈である。
「わかったわかった、取り敢えず座って話そう。地味にギルドから遠い此処に歩いて来たんだ、休憩も兼ねて一息つきたい」
「お茶もお茶請けも無いけどゆっくりしてけよ、席料は特別に無料だ」
「有料だった時なんて無いだろ」
「それは言わないお約束だ、北斗クン」
お約束なんて知らないが、お茶すら無いのは意味が分からない。
お互い茶化すのはやめて本題に入る。
「俺はお前に依頼があって来たんだが、何があったんだ? お前がそこまで気分落とすなんて見た事ないぞ」
「いや〜、此処までの危機は未だかつて無いね、相当ヤバい事が起きたんだ。僕も驚いた、正に驚天動地?って奴だね」
「依頼で揉めたか? それとも素材の仕入れミスとかか?」
「いや、ガチャコン」
ガチャコン……ガチャコン?
「何かの暗喩か?」
「いや、スロット」
「ギャンブルじゃねえかっ!!」
思わず叫んだ俺をスルーして蒼葉はことの経緯をつらつらと語り始めた。
「最近さ、何かインスピレーションが降って来ないか遠出したりして歩き回ってたんだ。
そしたら看板持った人に誘われてさ、パチ屋って言うの?入ってみてなかなか楽しめたんだけど、金額が普通の十倍以上って事に気付かなくてさ。
お金入れてその分遊べるのが普通らしいけど、そこはメダルを好きに借りて後で精算ってシステムだったみたいで気付いたら大幅予算オーバー。
さらに口座のお金も抑えられちゃって無一文になっちゃった。
ちなみにパチ屋じゃ無くて闇カジノだったみたい。てへ」
「……色々突っ込みたいことはあるけど、まず警察には行ったのか? 明らかに違法だろ」
「勿論行った、結果闇カジノは潰れた。そして私のお金は戻って来なかった。
当然従業員や職人に払う給料も無くて今待ってもらってるとこ。てへ」
「そのてへってやつ止めろ」
「うい。真面目な話金が用意出来なきゃこの工房を手放すか借金するしかないって感じだよ。
もう余ってた素材は売っちゃったし、調査のために警察が来たのも不味かったね。闇カジノで遊んでるって言う噂も出て客も来ないから稼げないんだよぉ」
「いや、ちゃんと調べて来てくれる人はいなかったのか? それこそ常連さんとかいただろ」
「いたみたいだけど不貞寝してて気付かなかった」
「……帰りますね」
「敬語やめでぇ〜、帰らないでよ〜」
確かに蒼葉が接客している姿は一度も見た事がなかったが、まさかこいつ装備の作成以外はポンコツなのか?
お茶も無いと言っていたが、生活能力はあるのだろうか。
「そう言うわけで今お金に困ってるんだよ、そんな状況で北斗クンの依頼を逃す手は無い。ホラホラ早く用をいいたまへよぉ〜」
どうやら本当に金に困っているようだ。
さっさと用件を伝えようとするが、ふとある考えが頭を過ぎる。
俺は《%》のスキル情報を開示するか迷い、結局秘密にしようと決めていたが蒼葉の切羽詰まった状況をみて考えが変わった。情報が漏れる心配が無ければスキルの説明をしても問題はない。
「なあ、蒼葉」
「お、どうしたどうした、改まって〜」
「俺と専属契約を結ばないか?」
「………………え゜」
専属契約。学生の頃に調べていた探索者としての情報の中に、探索者と鍛治師が結ぶ専属契約と言うものがあった。
探索ギルドの担当職員のように、何人かの探索者に対し一人が担当するというものでは無く、一人の探索者に鍛治師または生産職の者が専属としてつくという契約だった。
時には共にダンジョンへ潜り、アイテムや資金は融通し合い、互いの成長に心血を注ぐ。確かそれが専属契約であった筈。
「条件を飲んでくれれば残った支払い額も引き受けるけど、どうだ?」
「え? ああ、そうだね。文句無いよ。いやー、以外だけどそっか……うん、ヘタレじゃなかったかぁ……。よしっ! 今日から僕は北斗クンの専属鍛治師だ! 隠さんには悪いけど、しょうがないね。改めてこれからよろしく、北斗クン!」
「ああ、よろしく!」
声が小さくて聞き取れない部分もあったが、俺達は固い握手をし、今後について話し合った。
俺のスキルのことを知った蒼葉はかなり興奮していたが、何とか落ち着いてもらい装備に欲しい機能を説明していく。細かいギミックや装備の素材検討を含め蒼葉に任せ、俺は当面掛かるであろう費用を渡し自宅へ戻る。
そう言えば救命の指輪でスキルの実演をした時、蒼葉がやけに指輪に興味を示していたのが意外だった。
《複製》のおかげでストックは切れないし、資金にも困ってないのでそのままあげたが、アクセサリーの類に興味があるとは思わなかった。
「装備の心配も無くなったし、帰って明日に備えるか」
既に夕日も沈みそうな時間だ、遅くならないよう足早に帰宅するのだった。
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自宅になっている工房二階の窓から、工房を出た北斗クンの姿を遠目に捉える。
「北斗クンがまさかねぇ……」
僕の事が好きだったとは驚きだ。
専属契約、いい響きだ。自分がする事になるとは思わなかったが悪い気分じゃない。
昔は専属契約をする者が少しいた様だが、現在はほぼする者はいない。そもそもレベル上げもパーティーを組めばいい話であり、わざわざ客を限定する必要も無い。
そんな専属契約だが、少し前からは別の意味で使われている。
異性の生産職に対して限定だが、「専属契約を申し込む」という行為は、「共に生涯を過ごしてほしい」という意味合いの口説き文句の一つとなっているのは生産者界隈で有名な話だ。
左手薬指に嵌った指輪を夕陽に透かしていると心が不思議と暖まる。
口元がにやけてしまうのは、完全に無意識だった。