視線の主は
スキル《%》の実験を行った翌日、俺は再びダンジョンへ潜り今度は《強化》のスキルに対しての実験を行いに来た。流石にマンションの一室で衝撃波を発生させるわけにはいかない。
訪れたのは前回と同じ熱海ダンジョンの十一階層。なるべく他の探索者がいないスペースでモンスターの出現を待つ。
待つこと数分。
前方の丁字路からモンスター、オークがやって来た。此方に気付くやいなやその巨体を揺らし突進して来る。
オークは持っていた棍棒を振りかぶろうとするが、もう此方は既に攻撃の準備を終えている。
《%》発動、《強化率》を100%から500%に変更。スキだらけの胸部に短剣での刺突を繰り出し、《強化》を発動する。
瞬間、音を認識するより先に俺の体は後方へと弾き飛ばされる。その後衝撃の痛みと共に耳鳴りが襲って来た。
「っっっってぇ〜〜〜〜〜!!!!!!」
右腕は辛うじて動く。激しい痛みに襲われるがその他に大きな怪我は無い。そんなことよりとオークの方へ視線を向けると、オークは既に死んでいた。
最早死体と言えないような、潰れた太い足だけを残してオークは木っ端微塵に吹き飛び、周囲の壁や床には亀裂が入っている。
迂闊だった。
《ストレージ》も《複製》も利点だけが大きくなっていたので考えが及ばなかった。《強化》は力を上乗せし過ぎると対象が自壊するだけで、確率で壊れる訳じゃない。
「自壊する時の威力まで上がんのか……」
ストレージから回復薬を取り出し腕にかける。経口摂取の方が効果が高いらしいが、《複製》によりストックに余裕があるので浴びるように使っていく。金額は高くなるが、上級回復薬や特殊効果付きの装飾品などを買っておいた方が俺的には良いのかもしれない。
しかし《強化》の威力には驚いた。今回使用した短剣は刀身を付け替え可能な安物だったので、《強化》は刀身部分にしかかけていない。そんな適当な獲物でオークを楽々と粉砕できる威力になるとは思っていなかった。
現状の問題点は自壊時の衝撃波及び肉体への負荷。
自身が吹き飛ばない様にすることと、自分がダメージを負わない様にするのが今後の目標だ。
「ふふっ」
はたから見たらおかしな人だが、自分がまだまだ強くなれる可能性があると自然に笑みが溢れる。取り敢えず右手に装備していた装備が全損してしまっったためギルドへ戻ろうと振り返る。
足取りは軽く、地上へたどり着くまでにモンスターに遭遇したが俺を止められる者は何処にも居なかった。
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ダンジョンから出ていつかの自販機コーナー横のソファに座り、スマホを起動する。
アクセスするのは探索者ギルドで売られている品物のカタログで、自身のスキルと相性の良さそうなアイテムを眺めていく。
昨日の実験で《%》をアイテムに使用してみようとしたところ、《%》の対象は自分以外にも有効であることが分かった。対象に触れていること、そして触れている対象に《%》の効果対象となるスキルが付与されていることの二つの条件を満たした場合に発動できる様だった。
全損した右腕の装備と衝撃による吹き飛び対策はまた今度オーダーメイドで買うとして、真っ先に確認したいのは特殊効果のついた装飾品だ。有名なのは身に付けていると致命傷を肩代わりしてくれる腕輪などがあるが、俺自身詳しく調べたことはないためネットに転がっている『人気装備・アイテムランキング』とかいう非公式サイトを参考にする。
ランキング上位に載っている装備はどれも高額で手が出せない物も多いが、効果は折り紙付きだ。常時耐性向上や継続回復、果ては蘇生・復活効果まで様々だ。
そのまま他の装備を眺めつつ、ランキングを下の方までスクロールしていくと俺にぴったりな装備が見つかった。
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【救命の指輪】
◯効果
《肩代わり》:自身が致命傷を受けた時に極低確率でダメージを指輪に移す。効果発動時消滅。
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他の探索者にとってはあまり意味の無いお守りの様な装備だが《%》を使用すれば肩代わりの効果を確定で引き出すことが出来る。極小確率となってはいるが値段はそこそこ高い。
「これで百万超えてんのか、普段なら絶っ対に買わないな」
持ち合わせと貯金を足しても現在の所持金はそう多くない。今後《%》で金策が出来ると分かっていなければこんな荒い金づかいはしなかっただろう。
他に購入を決めたのは以下の三つ。
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【減衰の護符】
◯効果
《減衰対傷》:任意発動。発動タイミングから五秒間受けるダメージ二割減らす。効果発動時消滅。
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【矢避けの護符】
◯効果
《遠撃迷体》:装備者の半径一メートル以内に侵入した遠距離攻撃の着弾点を極低確率で逸らす。効果発動時消滅。
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【博徒の護符】
◯効果
《賭博》:状態異常または精神異常に罹った場合確率で異常状態を解除する。失敗時高確率で【麻痺】状態を付与。効果発動時消滅。
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やはりデメリットの大きい物や確率が低い効果を持つ装備はあまり人気が無く、今いる熱海探索者ギルドの販売スペースにも在庫がある様だ。
俺はそのまま販売スペースへ向かい、カウンターにて注文を済ませる。ダンジョン内に金銭を持ち込む探索者は少ないため殆どの探索者はスマホでの電子決済を使用し、ダンジョンへ降りる前にロッカーへ貴重品と共に預ける。ダンジョン内への金銭の持ち込みについては例外もあるが此処で語る必要もないだろう。
「番号札三十三番でお待ちの荒木北斗様〜! 受け取りカウンターまでお越しくだサーイ!」
番号の印刷されたレシートを持って待つこと約一分、全身金色で固めたド派手な従業員に呼ばれ商品を受け取ると、横から此方を伺う様な視線を感じる。
視線を辿って見ると、そこにいたのは線の細い、黒髪女の子だった。勿論俺の知り合いではないしお互い初対面の筈……なのだが……
「あ、あぇ……うぅ」
目の前の女の子は俺に話しかけようとしているのか?
さっきから目が泳いでいて合わないが、俺に用がありそうなのはなんとなく分かった。
「オイそこのお二人さ〜ん! カウンターの前でボーッとしてないでどいたどいた!」
「……取り敢えず移動して話そうか」
そう提案すると少女はコクコクと首を縦に振り、小刻みに震えながら俺の後をついて来た。
もうすっかり定位置になっている自販機横ソファに少女を座らせ思案する。……先ずは警戒を解くのが先か。
俺はオレンジジュースとお茶を自販機で購入し少女の前に差し出した。
「お茶とオレンジジュース、どっちか飲めるか?」
「ど、どっちも、飲めますっ……!」
差し出された飲み物を受け取るでもなく選ぶでもなく、真面目に答える少女に対して、自身の言葉が足りなかったことに気付く。
少々面倒臭いと思わないこともないが、少女に害意が無いことは分かるので出来るだけ優しく対応しようと心から思う。ぞんざいに扱うと、きっと更に面倒臭いことになるのは明らかだ。
少女と少し間隔を開けてソファに腰を下ろしオレンジジュースを渡す。
今度は受け取ってくれたことを確認し、俺は少女が落ち着くまでお茶で喉を潤す。よく冷えたお茶は憂鬱な気分ごと喉の奥へ消えていき、少女が話し出す頃には三分の一も残っていなかった。