念願、神スキルは生産系?
マンションの自室、部屋の窓を開けると涼しい夜風が部屋に入ってくる。風呂上りにの火照った体には大層心地良く感じるものだ。夏とはいえまだ夜は涼しい初夏である。
久方ぶりのレベルアップとスキルを習得してから数時間後、俺は早々に自宅へと帰って来ていた。それもそのはず、長年積み重ねて来た落胆に更に上乗せで残念な事が起きたのだ。弾みで探索者を引退しなかっただけ良しとする。
だがいつまでもウジウジしていても時間は過ぎて行くばかりなのは経験済みだ。俺は自分の能力について思考を巡らせる。
現在俺の所持しているスキルは《強化》、《ストレージ》、《複製》、《%》の四つだ。
ダンジョンに潜りモンスターを一体でも倒すとレベルが与えられ、レベルが一になった時点で探索者はスキルを一つ得ることが出来る。その後はレベル十毎に異なるスキルを得られるのだが、問題は所得できるスキルが完全にランダムだという点だ。
そもそも探索者の力や魔力、俊敏性や耐久性は伸びにある程度法則性があり、それは生まれた時から決まっている。一度でもモンスターを倒しレベルを獲得したならば、ギルドでステータスと呼ばれる自分の能力の強弱を見ることができ、得たスキルと自分のステータスの型を照らし合わせることで自分が探索者としてやって行けるかが分かる。
例えば力に特化したステータスを持った人が探索者になったとする。初めてダンジョンへ潜り、得たスキルが肉体強化や耐性強化などなら何の問題も無い。だが魔力が低いのに魔力を消費するスキルを得てしまったり、そもそも戦えない生産系スキルを習得してしまったら目も当てられない。駄目もとで次のスキル取得に賭けるか、探索者を諦めるかの二択になる。
俺の場合は前衛向きの敏捷特化、初めて取得したスキルは《強化》だったため、元々前衛で戦いたいと思っていた俺はそれはもうガッツポーズする程歓喜に震えた。自分には才能も運もあると信じて疑わなかった。
だがその後取得したのは《ストレージ》と《複製》。
《ストレージ》は俗に言うアイテムボックスの様なもので、結構大容量。
《複製》は物体を複製するスキルで一見すると相当使えそうだが成功率は二割程。更に失敗すると対象は消滅する。正直クソ。
何とか使える《強化》を活かしても強化は微々たるもので、元々の強くない力を補う程度、他のスキルを使っても浮き彫りになるのは圧倒的な火力不足だ。
しかし前衛で戦うことに固執しなければ俺のスキルは結構破格のものだった。
《強化》と《複製》はあまり使えないが、それを補って余りうるのが《ストレージ》の便利さだ。
自身の身に付けた『手が入るサイズの入れ物』の口をストレージと繋ぎ、入れ口の大きさに関係なく物の出し入れが可能、更に容量の枠は三十。同じ種類なら一枠に十個までストックできる。
武器が自壊する《強化》と相性も良く、地味に嬉しいのがストレージ内部は時間の流れが現実の半分、つまり食料の消費期限などが二倍になることだ。ダンジョン内部だけでなく日常生活でも《ストレージ》にはお世話になっている
このスキルを活かして俺はそこそこ動ける運び屋として依頼をこなし、周囲の探索者から信頼を得ながら金を稼いでいた。
時々来る遠征依頼でダンジョン攻略も出来てストレスも少ない。だが一体いつまで探索者を続けるかが問題だ。まだ三十歳で体も動くがこの先十年、二十年と続けていけるか分からない。だからこそ自分に配られたスキルという手札の特性を理解し、自分のステータスやスキル同士の相性を鑑みて、自身の持つ可能性を探っていくことが重要だったりする。
「とりあえず《%》の実験か」
スキルの使用方法自体は理解している。このスキルは、スキルを対象に効果を発揮する任意発動型のスキルらしく、ダンジョン内でなくとも実験は可能だ。
だが《%》以外のスキルも全て脳内に記憶されており、《鑑定》スキルを受けても自身の大まかな能力しか分からない現実ではスキル一覧なんぞ視界に現れない。
「……」
仕方ない、と俺は頭で《ストレージ》を思い浮かべつつ《%》を使用するという地味にやり辛い工程を踏みスキルを発動させる。すると突然思考の中で文字列が浮かび上がってきた。
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スキル:《ストレージ》
改竄値:《所持枠拡張率》_30%
《時間拡張率》_25%
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おお……こんな感じなのか。視界に無いのに頭の中で文字列や数値が理解できるこの感じ、かなり気持ち悪いが親切設計のスキルであることは間違いない。
他にやることもないので早速スキルの実験を始める。
《%》の効果は平たく言えばスキルの数値の可視化と書き換えだった。俺は早速《所持枠拡張率》の項目__その『30%』という数値に意識を向け、『31%』に変更してみる。
何の実感も湧かないが、取り敢えず探索用のポーチの一つを身に付け《ストレージ》を発動してみる。すると見慣れた所持枠が三十一個に増加していた。
《ストレージ》のスキルを入手した時点で所持枠は十個、その後レベル二十になって所持枠が二十個に拡張されていた。そして今日レベル三十になったことで所持枠が三十に増えたことからも分かるとおり、この《ストレージ》はレベルが十増加する毎に所持枠も十個ずつ増えていく仕様だったはずだ。
「他の効果は……」
その後実験を深夜まで繰り返し、分かったのは《%》というスキルの仕様がチートと言われても仕方がない程の効果を持っていることだった。
スキルの仕様を無視した数値の改竄を行えるというのはかなり魅力的だが、この改竄、恐らく限界値が存在しない。てっきり100%が限界だと思っていた《ストレージ》の《所持枠拡張率》は現在500%、所持枠は五百個まで増加し、《時間拡張率》は250%で推測だが現実時間の千二十四分の一程になっている。これ以上の数値は現在では意味が無いし、時間が足りな過ぎて実験どころでは無い。
《ストレージ》だけでも十分チートクラスの能力になったが、一番化けたのがクソスキルの《複製》だ。
このスキル、魔力消費が無い上に複製品の質が下がらないが、成功率がかなり低く失敗時のリスクがあるためバランスが取れていたスキルだった。使えないが。
だが《%》で確認した所、変更可能項目は《複製成功率》で20%から100%へ変更可能だった。
魔力消費無し、質も下がらない。
確定で一個を二個に出来るスキル。
試しに回復薬と呼ばれるアイテムを複製したが、結果は成功。その結果が意味するのは、俺は無限のリソースを手に入れたに等しいという事だった。
「正しく“チート”だな、これはヤバイ」
何品か料理作っといて大量複製からの時間拡張済み《ストレージ》の改悪コンボで食うには困らなくなった。それに複製した素材を売って稼げば働く必要も無い。
晴れて滅茶苦茶な性能を持ったスキルを取得した俺だが、結局それも生産方面での強さで何だかなぁと思ってしまう。望んでいた真逆の方向に突き抜けたスキル達を眺めると不思議と諦めがついてくる。
これも神様が決めた運命なのかと勝手に思い、今日あった出来事に思い出す。ダンジョン探索を引き上げてギルドへ戻ると担当職員の隠さんと再び遭遇した。
落胆が見て取れる状況の俺を見かねたのか、隠さんは珍しく自分から声を掛けてくれたのだ。
そして「気分転換にでも」と、ある提案をしてくれた。
「新人探索者の引率ね……」
新人探索者が諸事情によりパーティーを組めないことは多々ある。それこそスキルの関係であったり、人間関係が上手くいかなかったりだ。ソロでもやって行けるなら問題ないが、経験の浅い探索者は無理をしがちで、簡単に命を落としてしまう。
正直この手の依頼を引き受けてしまうと、なぁなぁで探索者を半引退状態になってしまわないか心配だが、折角隠さんが提案してくれたことだし、新しいことに手を出してみるのも悪くないかも知れない。
やってみるかと一人ごち、俺は布団に包まり部屋の電気を消した。