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落胆のスキル習得

 自宅を出て十数分、汗を大量にかく前に探索者ギルドへ到着できたのは幸いだった。わざわざ休養日にダンジョンへ赴いてまで周囲からの視線や悪感情を向けられたくは無い。それに『ギルド』なんて言い方をしたが内装は役所に近い、清潔感のある施設だ。一般の施設と異なるのは空間の広さで、職員側も来訪者側も広いスペースが設けられている。


 特徴的なのは入り口を入って右奥に見える巨大な出入り口、ダンジョンへの入り口だ。探索者は巨大な出入り口前にある、駅にある様な改札機に探索者免許証をかざしダンジョンへ降りることになる。

 よくある流れはダンジョンに入る前に販売スペースにてアイテム等を買ったり、探索者相談スペースで職員に探索の相談をしたりしてからダンジョンへ降りるのだ。ある程度顔が売れてくれば特定の職員さんが担当についてくれるため自分のレベルや実績を全て一から伝える手間が無くなる。俺自身もここ『熱海ダンジョン』ではそれなりに顔が売れているため、担当職員がついている。勿論一人の探索者に一人の職員が専属としてつくのではなく、職員は多ければ数百人の探索者を担当することもザラだ。


 アイテムは俺のスキルがあれば持ち運び・ストックには苦労しない。探索の相談も今日は無し……仕事日も少し事情があって相談はあまりしないが。

 後すべき事としてはダンジョンに入る目的の設定、探索者がほぼ毎日睨めっこする依頼(クエスト)の確認だ。探索者への仕事の依頼は自分で取って来る奴の方が少ない。殆どの探索者はここ探索者ギルドに来た依頼を斡旋されダンジョンへ潜る。ダンジョン出現最初期のではクエストボードなる依頼掲示板がギルドに設置されていたらしいが、現在では完全に電子化されており自身が所持するPC、スマートフォン、その他機器から依頼の確認が出来る。自身に合った依頼や報酬の幅、アイテム名等から検索可能で、探索者の活動を更に円滑に行える様に管理されている。ちなみに端末を持っていない場合でも、ギルドに設置された依頼検索専用端末から依頼を確認できる。


 俺は自販機スペースに併設されたソファに腰掛けスマホから依頼板(クエストボード)にアクセスする。ダンジョンに潜れば現代の魔法であるインターネットは当然使えず、通信機器も軒並み沈黙してしまうためクエストを確認せずにダンジョンへ潜ると地味に手間が掛かってしまうのだ。


 スマホを弄り適当な採取依頼を見繕っていると、目の前で立ち止まる人影一つ。視線を上げて立ち止まった人物の顔を確認すると、見知った顔がそこにあった。


「うっす運び屋! この間はサンキュな、お前のおかげで遠征が快適だったぜ」


「佐助さん、こっちも儲けさせてもらったからお互い様だよ」


 この男は周防(すおう)佐助(さすけ)。少し前に俺こと『運び屋』に依頼をしてきた探索者だ。金払いが良く性格もおおらかで、癖の強い探索者の中ではかなりの優良客だ。


「ダンジョン内でのストレス軽減は割と死活問題だからな、奮発すんのは当然だよ。寧ろ楽するために金を惜しむ奴の気が知れねえや」


「まあ、節約しては悪いことではないしな。俺の仕事は減るけど」


「はっはっは、良いじゃねーか低賃金で過度な仕事頼まれるよりはよ。何なら俺のパーティーに来るか? お前なら高待遇で迎えるぜ」


「それも良いが……やっぱフリーが一番かな、休みも稼ぐも自分次第で気楽だしな。金に余裕があるならまた依頼してくれ、待ってるからさ」


「つれね〜、まあ何時ものことだし気にしねえよ、また頼むわ」


 ソファに座らず話を終えた佐助はパーティーの元へ戻り、ダンジョンへ姿を消した。


「さて」


 依頼の選定も済み、俺もそろそろ動くかと腰を浮かすと此方を見ている女性が一人。先程会話していた声が大きかったのか此方へ視線を向けている。

 知らない人ならばそのまま会釈でもして立ち去るがそうもいかない。何故なら目の前の女性は先程考えていた俺の担当職員、駒野(こまの)(おん)その人だったからだ。


「……」


「……」


 俺達は少しの間だけ無言になり動きを止める。隠さんは無口なのか自分から話しかけるということはしないし、何時も余計な会話はしない。肩口までの藍色の髪に雪の様な白い肌、小柄で気怠げな雰囲気を持つ不思議な女性だ。幼く見える彼女が担当についた探索者は陰ながらロリコンと呼ばれ、その筋の者からは嫉妬の視線を向けられるのだが、男の職員が担当になるよりは嬉しく思ってしまうのが男の性である。

 このまま見つめ合っていてはあらぬ誤解を周囲から受けそうなので、仕方なく此方から声を掛ける。


「おはようございます」


「はい」


「今日は採取依頼を少しこなしたら帰ります。あまり深くは潜りません」


「休養日では?」


 ……至極真っ当な疑問だ。彼女は俺の予定を把握しており、今日が休養日だと知らされていたのだから。しかし「じっとしていられませんでした」なんてこの歳になって言うのは恥ずかしかったので、適当な目的をでっち上げる。


「ちょっとストックが切れそうな素材がありまして、採取ついでに体を動かそうと思った次第です」


「……休むことも、時には必要です。休養を怠ると仕事の結果にも響いてくるので……程々に。……では」


 そう言うと彼女は自分の仕事に戻っていく。振り返りざまに深々とお辞儀をしていくのを見送ると、やはり無口なだけで良い子なのだと再確認する。



**********




 熱海ダンジョン十一階層、探索に慣れない者たちが犇く十階層を抜けると探索者だけでなくダンジョンの様子も気のせいか落ち着いている印象を受ける。だが十階層と比べるとモンスターの質はかなり高い。魔法を使う個体や俊敏性の高いモンスターなど厄介なモンスターも増していく。


 俺は戦闘を極力避けて十一階層を周り、受けた依頼の採取対象を集め終えた。後はギルドまで戻るだけ、そう考えた矢先に視界に見慣れないものが映った。


 ダンジョンの壁、その一部が内側から何かを押し出す様な音を響かせながら迫り上がっていく。迫り上がった先から蜘蛛の脚の様な、か細い赤く染まった腕が生えてきた。


「めずらし」


 それは本当に珍しい光景だった。ダンジョンの各階層では通常より強い個体が湧くことがある。初めて訪れた階層で出会ってしまう探索者には同情するが、倒せた場合通常より多くの経験値を得ることができる上、珍しい武器やアイテムをドロップすることもあるため出会えたらラッキーと言える。

 目の前の光景は更に珍しい、特殊個体がダンジョンから湧き出る瞬間だ。俺自身十年以上探索者としてやってきたが見るのは今回が初めてである。


 珍しいものを見て若干テンションが上がるが、同時に警戒度合いも引き上げる。この階層のモンスターなら特殊個体でも正直楽勝だが、目の前のモンスターには少し違和感を覚えた。

 壁から放り出されたモンスターは今まで倒してきたどのモンスターとも異なっていた。まるで赤子の四肢が引き延ばされた様な外見で、身体中に血液の様な液体が付着している。頭部とみられる場所にある目は閉じられ、赤子の背からは鳥の様な羽が生えていた。

 液体に毒性がある、眼球が露出した際に何か起こる、羽を活かす空中戦と様々な敵の行動の可能性。その全てを発揮させる前に倒す。そう決めた時には既に俺の体は特殊個体に肉薄していた。

 右手に握っていた短剣を敵に突き出すと同時に、俺が持つ唯一の攻撃スキルを発動する。


「ーーっどらぁ!!」


 発動したスキルは《強化》。その効果は単純で、魔力を消費して対象を強化するだけ。強化できる倍率は最大で100%、その対象が持つ力を二倍にすることが出来る。しかしデメリットもあり二倍まで強化すると対象が内側から自壊してしまうため、長期戦などでは一.五倍の強化率が精々だ。

 だが今回の様な一対一の短期決戦ではメリットもある。それは対象が自壊した時に発生する衝撃波であり、今回の様に短剣にスキルを使用して敵を突く際に発動すれば、通常攻撃の二倍の威力で攻撃出来る上に敵を衝撃波で吹っ飛ばすこともできるのだ。敵の体に付着した液体も触らなければ何の問題も無い。


 短剣の自壊によって痺れる手を開閉させながら、吹き飛んだ特殊個体に目を向ける。警戒を続ける俺の視界に映ったのは、特殊個体が絶命しダンジョンの床に黒い染みを作り消えていく様子だった。

 呆気なく戦闘が終わってしまったが、此処は十一階層。俺のレベルが二十九で到達階層は三十階層の更に下であることを考えれば当たり前の結果かも知れない。


「あれっ」


 死骸は消えて失くなったのにアイテムなどがドロップした様子が無い。今回は経験値だけかと考えていると、久しぶりにレベルが上がった感覚があった。


「こんな上層の特殊個体を倒してもそんな簡単にレベルは上がらないはず……佐助さんのとこの遠征で経験値溜まってたのか?」


 少し前に佐助さんの依頼で同行した遠征、四十層付近で俺も何体かモンスターの相手をしていたため経験値が溜まっていた様だ。久しぶりのレベルアップの感覚、それと同時に感じるスキル習得の感覚。


「……そっか、レベル三十か」


 スキルは習得すると同時に、その仕様を理解する。脳内に習得したスキルの使い方が浸透する様な感覚だ。若干気持ち悪い。


「……ん?」


 習得したスキル、その仕様を理解したはずだが、理解が追いつかないと言うより困惑が強い。

 レベル一以降戦闘スキルを獲得出来なかった俺が期待したスキルは当然戦闘用のスキルだ。武具に属性を付与するスキルや耐性スキルなど欲しいスキルは多々あった。しかし手に入ったのはよく分からない《%》というスキルだった。


「マジか__……」


 レベル十、二十、三十と、喉から手が出るほど欲しかった戦闘スキルは三連続で手に入らなかった。その落胆により、俺は今獲得したスキルについてよく考えることが出来ていなかった。


 落ち着いて考えればそのスキルの壊れっぷりに今気付き、力を試せたかも知れないのに。


「……帰るか」


 何だかこれ以上何のやる気も起きない様な気怠さに支配された俺は、肩を落としながらギルドへ引き返すのだった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 展開が早くて読みやすかったです。 [一言] 現在同じように現代ダンジョン物を書いているので惹かれました。 設定も興味深かったです。
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