プロローグ:荒木 北斗
偶の暇つぶしにでも、よろしくお願いします。
学校という退屈な檻の中、授業を終えた俺達三人は下校のためにその日使った物を片付け鞄に詰めていく。登校時より掛かる時間が少ないのは気のせいではなく、皆同じ様だった。
「うしっ!帰ろうぜ北斗!」
「おう」
いち早く帰宅する準備を終え、俺に声を掛けたこの男の名前は悟一。俺の幼馴染の一人であり、親友だ。
俺達の家はかなり近い位置に建っており帰宅経路はほぼ変わらないため、面子が決まっている。そういえば、ともう一人の幼馴染に目を向けると、同じクラスの友人と少し話している様だった。
「霞は良いのか? まだ話してるみたいだけど」
「どうせゆっくり歩いてりゃそのうち追いついてくるぜ、アイツは。何時もせかせかキビキビ動いてんだから、ちょっとはゆっくりすりゃ良いのにな」
「別に心配してもらわなくても、アンタといない時はお淑やかでゆったりしてるわ。と言うかマイペース野郎の方がよっぽど周りに心配掛けてるわよ」
先程までクラスの女子達と会話していた筈の進藤霞がいつの間にか俺達の背後に立ち一に悪態をつく。俺達男組の身体能力に負けず劣らず、足の速さに至っては俺達より速いため、後から追いつくという事実は間違っていないのだが、置いて行かれたより軽口を叩かれたことを気にしている様だった。
「第一、三人いないとダンジョン探索の予定が立てられないでしょ。週末も行くでしょ、ダンジョン」
ダンジョンとは数十年前に世界各地に突然現れた地下迷宮の俗称である。正式名称は……何だったか、無闇矢鱈に長ったらしい名前だった気がする。現在は誰が言ったかダンジョンという呼び方で定着している。正直ゲームなどで慣れた単語なので、ゲーム等を楽しむ層には受け入れ易くはあった。
俺達は現在受験を終えた高校三年、と言っても三人とも大学は推薦で入学が決まっていたので大した苦労はしていない。偏差値や進路を重要視せずに、近場にダンジョンのある大学を選んだ結果だ。
ダンジョンに入るためには年齢制限と探索者資格試験をパスする必要があるが、十六歳以上なら誰でも受けられ、資格試験もそう難しいものではない。俺達は三人揃って十六歳になった年に資格試験を合格し、晴れて探索者となった。
とは言え高校では週末位しか時間が取れず、半日もダンジョンには潜っていられない。なので俺達は高校ではダンジョン探索は最低限に抑えて資金調達のためのバイトやダンジョン情報の下調べを入念に行っていた。
大学に入学したら単位を出来るだけ早く取得して時間を作り、ダンジョン探索に精を出そうと三者三様に浮かれていた。俺達のパーティーは前衛三枚編成で若干バランスは悪かったが、十分ダンジョンでやっていける謎の自信があった。これからも俺達三人は一緒にやっていけると思っていたんだ。
見慣れた帰路に着く中、何気なしに一が呟く。
「なあ、二人は何か夢持ってるか?」
「はぁ? どうしたのよ急に」
霞が疑問に思ったのと同様に、俺も急にどうしたと言いそうになってしまう。
「いや、ダンジョン攻略しよーぜってのは散々話してたけどよ、やってやるぜー!みたいな夢の話ってしたこと無かったと思ってさ」
「一の夢は何かあるのか? 言い出しっぺから発表よろしく」
「同意」
「えぇ〜、そうだなぁ……良し! 俺は最難関ダンジョンの最速攻略者になる!」
最難関と言うと……階層の終わりが見えない、未だ謎の多い世界的にも有名な、通称『神の試練』と呼ばれるダンジョンか。また大きな夢だなと感じてしまう。
「私は……そうね、やっぱり幸せになりたいから……お金かな? 確か探索者の総資産ランキングがあった筈だから……丁度いいわ、そのランキングに名前を載せることにする」
「ことにするって……二人とも夢がでかいな」
むむむ……この二人の後だと俺の目標のハードルがかなり上がってしまっている気がする。
「ほれほれ、北斗の夢はどうするんだ?」
「別に今決める必要も無いでしょう」と霞は言っているが、何故か俺は今答えなければならないと思ってしまっていた。少し俯き自分の考えを纏める。二人のような大それたことは言えないが____
「俺の夢は________」
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目蓋を貫通する光によって俺は強制的に睡眠から引き戻された。窓から見える空は快晴な筈なのに、身体と頭には言い表せない不快感が残っている。何時もより睡眠時間が短かったのか、カーテンを閉め忘れたことに苛立っているのか判別はできないが、どうでもいい。
時計を見ると何時も起きる時間、その二時間前の時刻を針が示していた。
「……今日休養日じゃねぇか」
こういう時は寝起きの良い自分が憎くなる。探索へ向かわない日だからと二度寝を決め込むこともできず、朝食の準備や毎朝のルーティンをこなしていく。
朝食を終えニュースをPCで確認しつつ、仕事の依頼が来ていないか確認する。探索者の仕事は何もギルドを通したものだけでは無いのだ。時には自分で仕事を見つけに行き、自分を売り込みに行く必要も時には出てくる。
だが今日は新規で入って来る仕事のメールも無く、予定も無い。休養日だと自分で決めたのだから当たり前ではあるのだが、何故か今日に限って無性にダンジョンへ向かいたい気持ちが湧いているのだ。
落ち着かない気持ちの原因を探るが答えは出ない。
そう言えば何か夢を見ていた気がすると思い返してみるが、夢の内容が何だったかは微塵も思い出せない。考えながらも、俺は探索用の装備を身に着けていく。
「……軽く調整しに行くだけ」
そう理由をつけて俺は__荒木北斗はマンションの自室を出て、近場にあるダンジョンへ足を向ける。
ダンジョンへの熱に浮かされたのか、思い出せない夢のせいか、はたまた初夏のじめっとした空気のせいか汗ばむ背中を無視して先を急いだ。