9. 義賊事件4
「捜査の状況はどうだ?」
自衛軍副長が姿勢を正す。
「昨日の御下命通り、盗賊団に関する目撃談や実害などを現在、集めております」
「ほう」
「同輩からは、昨日の今日だから目立った動きはあるまい、という意見がありました。まいて深夜に伺ったところで、貴族方はロクな応対をしてくれないだろうとも。自分は敢えて貴族に事情を聞くべきだと主張したのですが…」
と言い添えて、リチャードは自身の失態に赤面する。
彼の主張は、同僚達の指摘によって穴がある事に気付かされたのだ。
「そりゃそうだろうな~。俺も王様やってなかったら無視決め込んで寝てると思うわー」
「自分はクソ真面目なだけが取り柄の男です」
あまり虐めないで下さい、とリチャードは余計に縮こまった。
「ははは、すまんすまん。それで、リチャードはどうしてまず貴族から話を聞こうと思ったんだ?カネのある所と言ったら、まずは王城だろう?他にも成り上がり系の商人に銀行、金鉱山とか職人街。結構、思い付くはずだが」
「彼らが『義賊』を自称したから、です」
「ふむ」
「自分は帯剣貴族ケネス家の子として、貴族の社交場にも頻繁に顔を出していました。皆が皆、仕方なく笑っているように見えていました。不真面目な企みの相談ばかりしているような気がして、嫌悪感しか抱いていなかったのをよく覚えているのです」
「リチャードは真面目過ぎるほど真面目だからな。今でもそう思うか?」
「いいえ。実際に確かめもせず、自分の考えだけで決めつけていたことを今では恥ずかしく思います。ですが、その時の印象が先行して、まず貴族方を疑ってかかってしまいました」
「しょうがないさ、子どもが見れば悪人ヅラだと思うような人らも多いもんな。話してみたらそうでもなかったりすんだけど、子どもの時はそこまで考えられねぇわ」
「陛下は、貴族方をお疑いにならないのですか?」
「イメージの良し悪しから言って、まず“義賊団に狙われそう”な感じだよな。でも義賊団は『悪を為した者から奪う』としか言ってねぇんだよな」
「それは…!」
「奴らから見れば、俺だって『悪を為している』と映るかも知れん。一生懸命商売してきた連中だって、少しの間違いも犯して来なかったとは言い切れん。普段は真面目な銀行員が、ちょっと魔が差して横領に走っちまう事が無いとも言えないだろ?金鉱山の周りの人らは俺にとっちゃ良い遊び相手だったが、奴らは俺の知らない何かを知っているのかも知れん。だから、あんな言い方をしたんじゃないかと思ってる」
「陛下自身が直々に自衛軍の指揮を執った方が良いのではないかと思えてきました」
「そんなこたぁねぇよ。自衛軍はリチャードみたいに仕事熱心で、真面目な武官が仕切ってなきゃ」
「そう言って頂けると救われますが」
「うん。リチャードはそのままでいいんだ。情熱が伝わる時が、必ず来る」
何か飲むか、と誘い文句を言いつつ、王は問答無用で紅茶の用意を整えた。働き詰めの武官の為に、魔法で温めに調節してカップを差し出す。
「自分は勤務中であります、陛下」
「母上やアルフィミィと同じ事をしたいだけだ。仕事やら考え事が煮詰まらない時にはとりあえず紅茶でも飲め、ってのが昔からの口癖でな」
「ですが…」
「大目に見てくれよ。俺も喉が渇いてるんだ」
「では、いただきます」
リチャードは微温の紅茶を一口飲み込んで、今日ここに来て初めて、息を深く吸い込んだ。
ゆっくりと吐き出す。
「それで結局、昨夜はどうしたんだ?」
「はい。貴族方の事情聴取は後日に行うとして、次は花街で働く人や、夜を徹して店を開いている商人達に話を聞きました。不審な動きをする者は見かけなかった、との事でした」
「そうか。成果は無しか。残念だな」
「はい…ですが職人街まで足を延ばしましたところ、僅か数件ながら目撃談を入手しました」
「ん?いきなり金製品を取り扱う場所に目を付けたのか?」
紅茶を一口飲んだ王も、再び腕を組んで考え込む。
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「そこを押し切っての事か」
「はっ。わずか三件ではありますが、昨晩の内に新興住宅地を訪れる事が出来ました」
コルトシュタインの狭い国土は、全体を見ると歪な四角形になっている。
小高い丘を造成して建てた王城が領の最も北に位置し、城を基準として南側に城下町が築かれた。
城を出てすぐの開けた場所に噴水広場が整備されており、その広場に通じる大通りが街を縦横に走っている。
リチャードが“新興住宅地”と呼んだのは大通りの西側、一般市民と共存する成り上がり貴族が暮らす地区だ。
「まず新興の貴族を訪ねたのは?」
「“義賊宣言”の夜にバラ撒かれた金貨は、一介の盗賊団が集められる額でばありません。資産のある家に探りを入れるべきと考えました。しかし、他の被害に関する情報を得ることはできませんでした」
成果が得られなかったことを残念がるでもない自衛軍副長の冷静さが、アルフレッドの心を救う。
「そうか、残念だな」
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リチャード=ケネスは王立学校を卒業後、父親の背中を追って自衛軍の任を受けた。
意地の悪い貴族連中に『ケネス一族による私物化ではないか』と陰口を叩かれながらも、ひたすら真面目に職務に取り組む優れた公務員だ。
弟のレオンと同じく、アルフレッドの親友でもある。
親しさと上下関係の微妙な使い分けも、もはや手慣れたものだ。