5. 義賊事件
貴族の屋敷を中心に、カネや収集物を奪われる事件が発生したのは、アルフレッド王が春に黄金の冠を戴いてから、まだ一年目の冬頃だった。
伝統を過信している頑固者が多いコルトシュタイン国の自衛軍は、必死になって彼ら『盗賊団』を追い回し、捕まえようとしていたが、いつも逃げられてばかりいた。日を追う毎に一件、二件、三件と事件の発生件数が増えてゆく。情けない事に、今では自衛軍と盗賊団の追いかけっこがコルトシュタインの新たな名物、日常となっていた。
暫く経った日の夜。
自衛軍を率いる最古参の騎士ウォルト=ケネスに、王は叩き起こされた。
「陛下!アルフレッド陛下!」
「ケネス翁?どうした、こんな夜更けに」
「こちらをご覧下さい!」
息を切らせて王の私室に駆け込んで来た彼から、水晶の鏡を手渡された。
魔力を通して遠方の様子を間近に見る事が出来る魔導具である。
魔法に疎い翁にしては珍しい物を持って来たものだ。
王はベッドに入ったまま、水晶鏡に規定量の魔力を込めた。
コルトシュタイン領の北東部に、金鉱山に関わっている採掘師や彫金・金工職人の住む職人街がある。
その奥に、黄金要塞と呼ばれる豊かなる商都コルトシュタインが抱える闇であるスラム街があった。
そのスラムと職人街を仕切る、門の辺りの映像が映し出されたのだ。王は首を捻った。
「一体、何が始まるんだ?」
スラム街に住む人々が、病身を押して次々と門の周りに集まっている。ケネスは答えた。
「ご報告が遅れました事をお許し下さい。盗賊めらが人を集める動きを見せましたゆえ、人員を配置して警戒を強めていたところでございます」
政府が把握している、スラム街の人口の殆どが集まるまでに、そう時間はかからなかった。
やがて、高く大きい門の上に蒼い人影が出現した。
小柄で痩せ型だという事しか分からなかった。
煙幕でもかかっているかのように、身形が見えない。
それ以上の特徴も何も。
彼らが高く腕を上げた。背中に背負っているのは大きな袋だろうか?
『さあ、皆!』
魔法で声を変えている。大きく反響しているのも、おそらくは魔法の効力だ。
『一時しのぎにしかならないけれど僕らからの、せめてもの気持ちだ!受け取ってくれ!』
人影は高く飛翔し、袋の中の金貨を地上へとばら撒まき始めた。
冬の夜空に咲いた花火のように、散乱する金貨にも魔法がかけられているのか、撒く時の勢いに比べて落ちてゆく速度は非常にゆったりとしていた。
フワフワと舞い散る雪にも、輝く黄金の蝶の様にも見える。
王は憤るケネス翁の肩に手を置きながらも、映像を食い入るように見つめる。
袋に詰まっていた金貨を撒き終えた人影が、再び門の上に着地して言葉を発する。
一人に付き五枚の金貨が行き渡るよう、計算して投げていたようだ。
金貨を掴んだ人々は再び集まり、静まり返って盗賊の言葉を聞いている。
『皆は僕らのマネをしちゃあイケナイよ。ここは良い街さ。僕らは僕らなりに、皆を助けられたらいいと思っているだけだ。辛い事は多いけれど、どうか絶望しないで欲しい。救いも助けも必ずある。全ての人の前に幸いのあらん事をっ!』
息を吞んでいた人々に、ザワめきが起き始める。それは波となり、瞬く間に怒涛と化した。
うぉぉ……!
叫びをあげる者、感極まって涙を流す者、ヘナヘナとその場に崩れ落ちる麻薬中毒者──次々と視点が切り替わってゆく。
映像の記録者は素早く動き回り、人々の様子を具に王に伝えようとしているようだ。
いきなり、王の見つめる画面が激しく動転した。
記録者が跳躍したのだ。
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盗賊は小さく舌打ちして、人々に向けて次の約束を口にすると、門の上から素早く姿を消した。
記録者を通した王の眼から、霧の如く隠れてしまった。彼らが魔法の使い手である事だけが、王の脳裏に強く残る。
小人族の伝令官アルフィミィの優れた身体能力を以ってしても、彼らの姿を捉える事は出来なかった。
「ちっ!陛下、ごめんなさい!」
徹底して沈黙を貫いていた彼女が、王の方を振り向いて謝罪の言葉を口にした。
王は、迅速に帰還するようアルフィミィに伝えて、魔道具を側に置いた。