出会い
学園長室の机の前でブラッドが崩れ落ちて何時間かたったころ―――
―――放課後の教室では
ブラッドの左手の薬指にはめられている指輪について様々な憶測が飛び交っていた。
主なものといえば、「大切な人からもらったんじゃないか?」とか、「実は見栄張って彼女いないのに彼女いますよアピールじゃない?」とか…。
ブラッドにとって大切な人とのペアリングだとは誰も気付かない。
それもそうだろう。
ブラッドにとって大切な人は今はもう、この世にはいないのだから…。
たかだか、15,6歳の子供が、50年前にいたリリンのことなど覚えているはずもないのだ。
そもそも覚えている方がおかしいだろう。
話を学園長室に戻そう。
ブラッドはしばらく、茫然自失状態だった。
無理もない、先ほどまでクロイツェルにまでブラッドの後悔の念が流れ込んできたのだ。
その後悔念をこの部屋で食い止めるために、クロイツェルは「閉鎖魔法」を詠唱破棄で何重にも何重にもかけていく。
何十回か掛けた後、ブラッドに近寄るクロイツェル。
「ブラッド…、君の気持は痛いほどよく分かる」
そういうクロイツェルも、過去に親しかった友人を何名か亡くしているのだ。
「リリンは、今の君をどう思うだろうか?」
ブラッドは、リリンが襲われたあの家を跡形もなく焼き払ったのだ。
唯一、リリンと一緒に撮った写真は、ギルド内にあるブラッドの部屋にあったはずだ。
それ以外のものは、すべて焼き払った。
あのときのことは今でも鮮明に思い出せる。
今は、それを思い出している場合じゃない。
「ブラッド、聞いてやってくれ。これは、リリンが生前ブラッドの事を語った言葉だ」
そう言って、音声データの入ったCDケースをブラッドに握らせる。
それを聞いたブラッドは静かに涙した。そしてそのまま意識を失っていった。
そんなブラッドをクロイツェルは苦笑して見ていた。
―――翌日の朝。
今日も、学校を休まないといけない。帝にはそれぞれ専属の医者がいる。
ブラッドの専属の医者、凛櫻花という日系の中国人が「大事をとってあと一日休みなさい」と言ったためだ。…とは言え。何もしないのも暇だ。
なんか面白いことないだろうか?と思いつつ、紅いローブを羽織って学園長室へと転移する。
ちょうどそこには、学園長に呼ばれていたらしいヒズミがいた。クロイツェルに片手を挙げて挨拶をする。そうすると、クロイツェルも一つ頷いてくれた。
「ここに、呼んだのは君に会いたいという人がいるからなんだ」
「…と言いますと?」
「なあ、宵闇?」
「………あぁ」
入口入ってすぐの応接スペースに創帝が座って、コーヒーを飲んでいた。
ヒズミが声がした方に視線を彷徨わせると、紅いローブをまとった人が優雅にコーヒーを飲んでいた。ヒズミは、恐る恐るその紅いローブをまとっている人に尋ねる
「…あなたは?」
「私の名は、創帝。そこにいるクロイとは、旧友の仲だ」
「創、帝…?」
創帝と名乗ったブラッドは、ひとつ頷くと「そうだ」と静かに答えた。
ちなみに、ヒズミのギルドランクはAA。ギルドランクは、下からE、D、C、A、AA、S、SSとなっている。
Sランク以上になると創帝の顔を拝見できるようになるためにみなこぞってSランクの昇級試験を受けているが、ほぼ半数以上が落とされる
Sランク、SSランクにあがる昇級試験は難易度が高く、合格者は受験者のほんの一握り。
それでも、やはり創帝の人気は絶大で毎月の昇級試験にはかなりの人数が挑戦している。昇級試験の、問題は月毎に変わる。
ヒズミもそのなかの一人で何度も何度もSランクに挑んでいたが毎回毎回不合格だった。
そんな絶大な人気を誇る創帝が今、ヒズミの目の前にいる。
「創帝が何故、僕にお会いしたかったんですか?」
「それは、私から説明してもいいかな?宵闇」
ブラッドは軽くどうでも良さそうに頷いただけだった。ヒズミは、学園長の言葉に興味深そうに頷く。
「ヒズミ君にはまだ隠された力がある…そうブラッドが言っておってな。それを宵闇に話したら是非会わせてくれと言われて」
「僕の隠された力…」
驚きながらも呟くヒズミ。
驚くのも無理はない。ずっと憧れだった創帝がヒズミに会いたいと申し出てくれたことに凄く驚いているからだ。そんなヒズミを見て苦笑しながら、ブラッドは言う。
「…そうだ。ヒズミには自分でも知らないまだ隠された力がある。実際に会ってみてようやく実感でき私は確信したんだ。……そういえば君はまだAAだったね?」
「はい。まだギルドランクはAAです。何度も何度もランクSの試験に挑戦しているんですがなかなかうまくいかなくって」
「あきらめずに挑戦することはいいことだ。…そうだ。君がランクSになった暁には俺の顔を見せると共に8割強の力で手合わせしようか」
ブラッドは口元に笑みを浮かべながらそう言った。
ブラッドにしては珍しいことだった。普段、手合わせは面倒で誘われても断るか、1割もしくは2割弱の力しか出さない。ブラッドの8割強は、一般的なAAランクの10割強の力だ。
「…え?良いんですか!?創帝と手合わせ出来るなんて夢みたいだ」
うっとりしながら、そう言うヒズミ。ブラッドは帰り支度をしながら、「そう言えば」と呟いてヒズミに声をかけた。
「あぁ、忘れるところだった。ヒズミ、私と会った事は他言無用だ」
ブラッドの言葉には重みがあった。ヒズミは頷いた。
「さて、ヒズミ君はそろそろ教室に戻りなさい」
そう、クロイツェルが言うとヒズミは、クロイツェルとブラッドに一礼すると学園長室から去っていった。ブラッドは、ヒズミが学園長室から出て行ったの確認すると、目深に被ったフードを取った。
「…にしても、宵闇が8割強の力で手合わせするなんて珍しい」
「それだけ、ヒズミに期待してる、って事さ」
ニヤリと口元を歪めて楽しそうに笑うブラッド。
「ま、お前さんの期待以上だと良いな」
ブラッドは、「あぁ」と言うと楽しそうに笑った。
そんなムリして笑っているブラッドをクロイツェルは見抜いていた。
が、あえて言わないでいた。ブラッドのことを思って…、
ひとしきり笑うと、急に真剣な声で「なぁ…クロイ」と呟いた。
「…どうした?」
「俺、ヒズミに本当の姿隠したままなんだ。それって友達と言えるのかな…?」
「さぁ…どうだろうな。当人次第だろうな。…お前さんはどうしたいだ?」
クロイツェルは極力優しく尋ねる。
「そりゃ、俺だって言いたい。だけどな?……あの時の二の舞はイヤなんだ」
ブラッドの声は掠れていた。
そんな声を聞いてクロイツェルはブラッドを見ると泣きそうに顔を歪めていた。
クロイツェルは、ブラッドに近付いて抱き締める。
クロイツェルは、ブラッドを抱き締めたまま「なぁ、ブラッド」と言う。
「お前さんが何を心配しているのか分かるが、ヒズミがあ奴みたいだとは限らないだろう?」
弱々しく頷くブラッド
「でも、お前さんの口から言った方が良い。過去あった事含めて。ま、焦る必要はない。ゆっくりお前さんのペースで良いと思うぞ…?」
「そう、だな。でも…また拒絶されるのはイヤなんだ。拒絶されるくらいなら…俺は、」
「その後の言葉、続けたら俺は怒るからな」
そう言って、クロイツェルはブラッドから離れる。
「少しは落ち着いたか?」
「あぁ、ありがとう…クロイ」
ブラッドは照れたような顔で礼を言う。
「そう言えば、明日じゃないか?昇級試験」
「そうだったな。…昇級試験の時の休みは公欠になるのか?」
「あぁ」
「そうか、ありがとう。邪魔したな」
ブラッドは後ろ手で手を振り、「転移」と呟くと、教室近くの男子トイレに降り立つ。
ちょうどよく、誰もいなかったので、ラッキーだと思った。
男子トイレから、教室に行くとみんなが一斉にブラッドを見る。
「ブラッド、大丈夫か?」
「済まないな。心配掛けて。もう大丈夫だ」
「…にしては、顔色悪いが」
「はは、まだ本調子じゃないんだ」
そうしてると、サージェスが教室に来た。
「明日はギルドの昇級試験だ。受ける人は並ぶように」
ヒズミは勿論、ブラッドも並ぶ。
ブラッドはヒズミの後ろに並んだ。
ランクSSの試験監督が、創帝ことブラッドだからだ。だから、ブラッドがいないと始まらない。
だから毎月のギルドの昇級試験時には休む事になる。ギルドから依頼された仕事の時もそうだ。
「(皆と同じ寮だと大分やりづらいな…。クロイに今度言ってみるとするか…)」
そう並びながらブラッドは思っていた。
そんなことを考えていると、ヒズミの番が来る。
「ヒズミは、ランクSの昇級試験、だったな?」
「はい!」
「凄い意気込みだな…。ま、ムリしない程度に頑張れよ?」
ヒズミは頷くと、サージェスは手にしていた出席簿に公欠を意味する「公」を書く。
次は、ブラッドの番だ。
「アイリスは、ランクSSの昇級試験だったな?」
「はい」
「ま、適当に頑張れよ」
ブラッドは小さくニコリと笑みを返すと、そのまま教室を出て、ギルドへ向かって歩いていく。
勿論、それは明日の準備をするためだった。




