ブラッドの過去
学園長室に戻ってくるなり倒れたブラッドはクロイツェルによって転移で寮のブラッドの部屋へと運ばれた。
クロイツェルはブラッドの着ていた紅いローブと学園指定の漆黒のローブをクローゼットに掛ける。
本当は、ブラッドが目を覚ますまで、付き添っていたかったのだが、如何せんまだ公務が残っている。
しぶしぶ、ブラッドが起きて目のつく場所に置き手紙を残して学園長室へと戻った。
―――数時間後…
ブラッドは、自室のベッドの上で目が覚める。
ベッドの横にあるサイドテーブルにクロイツェルからの置き手紙があった。
「いつでも良いから連絡くれ、か…」
ブラッドは自嘲気味に笑った。「念話するのも面倒だ…。直接出向くか」そうブラッドは呟くと、転移で学園長室に移動した。
すると、そこには学園長のクロイツェルしかいなく、倒れる前に見た、リリンに似た女性の姿はどこにもなかった。
「俺を運んでくれてありがとな?」
「…!?もう起き上がっても大丈夫なのか?」
「…あぁ、まだ少し身体は辛いけどな」
そう苦笑しながら呟く。
「大方、久々にあの姿になったからコントロールができなかったんだろう?」
「はは、まぁな」
苦笑しながらそう言えば、「そう言えば」とブラッドが言う。
「そう言えば、俺が倒れる前にクロイと話してた女性いたよな?あれ、誰だ?」
「…、私の孫だよ」
「クロイの孫、ねぇ?…だが、面影はリリンに似てたぞ?」
「…はは、ブラッドには隠し事はできんな。そうだ、彼女の一人娘だ」
「…はは、そうか、リリンの娘、か。…俺には会えないけどな」
「‥‥だが、リリンの娘、リーチェ・ヒバリ・フランクは、ブラッドに会いたがっていたぞ?」
「…俺には会えない。第一、どんな顔でリリンの娘に会えばいいんだ!?俺は…リリンを…」
そう言うと、その場に崩れ落ちるブラッド
ブラッドは、生涯忘れられない女性がいる。これはその女性にまつわる哀しき過去である
今より、50年も前の事。
イヅミが、ギルド内にブラッドの部屋を用意すると言ってくれたが、断った。
欝蒼と茂る暗緑の木々に囲まれた深い深い森の奥深くにあった、一軒の家。そこが、ブラッドの住処だった。そこへ、あるときイヅミの付き人のリリン・スザク・フランクが訪れた。
――ドンドン、ドンドン、
「ブラッドさん、入れてください!!」
リリンは、まるで誰かに追われているかのようだった。
少し、悩んだ挙句「―入れ」とリリンを家の中に招き入れると素早く扉を閉め、「不可視魔法」を掛ける。
「一体、どうしたんだ、」
「…森の中で果物を取っていたんですが…、途中で純潔の吸血鬼に見つかってしまい…」
「…キミは、純潔ではない…?」
「はい、私は、堕天使と吸血鬼の間に生まれたハーフ体、です」
リリンはそう言うと、若干おびえているようだった。
「…なるほど、それで、か。大丈夫だ、そんなに怯えなくても。俺は君をここから追い出したりはしない。俺も君の気持は多少なりとも分かるつもりだ」
目に見えて、ホッとしたようだった。
「…イヅミのところに送ることも出来ないことはないが、どうする?」
「……、イヅミさんに念話で話してくれませんか?」
「了解した」
―イヅミ、俺だ―
―ブラッド?どうしたの?―
―リリンは無事だ。暫くはこっちで生活させようかと思っているんだが…そっちは大丈夫か?―
―……、それは彼女の意志?―
―あぁ、そうだ―
―分ったわ。彼女にもよろしくと伝えといてね―
「イヅミも了承したぞ?」
「……、」
リリンの声がしないので、机に突っ伏したまま寝てしまっている。
あまりにも無防備すぎる寝顔にブラッドは微笑み、リリンを起こさないように気をつけながら、ベッドへ移動させる。
こうして、リリンが暫くブラッドの住処に住むことになった。リリンとブラッドが付き合うのも時間はかからなかった。
ブラッドは、生まれ故郷を追放された吸血鬼。リリンは堕天使と吸血鬼のハーフ体。
だから、なのだろう。リリンも姿は他の吸血鬼に比べて異なるが、灰色の翼だったのだ。
そんなリリンを追い出すことはしなかった。否、出来なかった。
ハーフ体も勿論だが、羽根の色が異なり、迫害を受ける辛さは一番ブラッドがよく分っているのだから。そうして、数年の月日が経ち、二人はささやかながら式を挙げ、結婚した。
そんな幸せな結婚生活は長く続くと思っていた。
‥‥そう、あの日までは。
あの日、俺は自宅に、不可視魔法を掛けるのを忘れて出掛けてしまった。
不可視魔法は、掛けた術者しかとけない。
その日は、帝会議だったのだ。
議題が前回の持ち越し議題と、前回の帝会議終わる直前にでてきた新しい議題。
この二つに頭を悩ませていたため、だろう。そうこうしているうちに、そろそろ出ないといけない時間になった。
…と言っても転移で行くからそんな時間はかからないのだが。
「今日は遅くなるはずだから先に寝てて構わない。…行ってきます」
「うん、分ったわ。行ってらっしゃい。」
これが、リリンと最後にした会話。
俺がきちんと不可視魔法を掛けていればあんなことにはならなかった。
俺は、深夜遅くに帰ってきた。すると、どうだろう。
ブラッドの家の周りは血の匂いが充満していた。家の中に入ってみると、リリンが血まみれで倒れていた。僅かだが、息があった。
魔力制御装置を外し、一生懸命治療に当たったが、発見が遅かったためか、治療に耐えられるほどの力は残っていなかった。
治療の甲斐空しく、リリンはこの世を去った。俺が、経験した親しい者の死がこれが最初。
あの日以来、俺は後悔しているのだ。何度リリンの後を追おうと思ったか。
…だが、そんなことしてみろ。俺は、創帝だ。俺が死んだら、後に残された帝や他の者はどうなる?
それに、後をおったら、リリンに怒られそうな気がしたのだ。だから、今こうして生きている。
後悔だけを胸に秘めて…。




