決闘
ブラッドがアリエルと話した翌日、起きて早々、クロイに呼び出しを喰らう。
「一体、なんなんだ」
そう一人ぶつぶつ文句を言いながら学園に行く準備をする。
準備を終えるも、何か嫌な予感がしたため、鞄に紅色のローブを入れる。
準備を終えると、いつもより早い登校時間となる。
…が、特に誰と待ち合わせというのをしていないために朝食代わりのトマトジュースパックを飲みながら学園へ向かう。
登校した足でそのまま学園長室へ向かう。
学園長室のドアをノックし中に入ると、すぐさま防音魔法と閉鎖魔法を掛ける
「で、何の用だ、クロイ。こんな朝っぱらから」
イライラしたような口調でこの学園の学園長に悪態をつく、ブラッド。
「済まないな、ブラッド。お前にアリエルからの挑戦状が届いている」
そう言うと、クロイツェルは机の上に挑戦状と書かれた封書を投げた。
「挑戦状、ね?じゃあ、聞くが、何故貴様が直接渡さず、わざわざクロイを使って渡す、アリエル」
「知らん。私に聞くな、直接本人に聞け、ブラッド」
「あぁ、済まない。これは、クロイに言ったわけではなく、アリエルに言ったんだ。で、そろそろ出てきたらどうだ?アリエル」
それでも無言のアリエル
「俺には貴様の殺気でどこにいるのか手に取るように分るぞ?3秒以内に出てこなければ、攻撃を仕掛けようか。最上級魔法で、吸血鬼が嫌う、光でどうだ?」
若干いらいらしながらも楽しそうにカウントし始める、ブラッド。
―――3秒後。
出てこないアリエルに学園長の机を狙う。
「架空血球」
そう詠唱破棄で唱え学園長の机を狙えば、観念したのかようやく出てくるアリエル。
クロイはいつの間にか移動したのか、ブラッドのすぐそばにいた。
まさか、吸血鬼が嫌う光魔法で攻撃されるとは思っていなかった、アリエル。
「アリス…お前を許さない…」
「別に許して貰おうとは思っていない。だけどな…っと、そんな事今となってはどうでもいい。それより、何故貴様が直接俺に渡しに来ない」
「僕が直接渡せば受けるんだな?」
「さぁ、どうだろうな」
アリエルはクロイが机の上に置いた挑戦状を取り、ブラッドに乱暴に手渡す。
そして「逃げるなよ」という捨てゼリフを吐いてアリエルは学園長室を去っていった。
アリエルに渡された挑戦状を読むブラッドだったが、途中で「くだらない」と言い、びりびりに破いてごみ箱に捨てる。
ブラッドが『創帝』で『紅月の宵闇』だということは、帝全員が知る事実。
だから、クロイツェルも知っていた。
「で、どうするんだ?ブラッド」
「ふん…。逃げるのも癪だからな。俺自身として挑戦を受けるか…。あぁ、そしたら、古代魔法が使えない」
う~ん…と頭を抱えるブラッド。
そんなブラッドを見て、クロイツェルは言う
「イヅミさんからは、紅月の宵闇になることは許可得てるぞ?」
「そうなのか。じゃあ、紅月の宵闇として受けようか」
「久々に暴れられる」と物騒なことを考えている、ブラッド。
ブラッドは、その場で学園指定の漆黒のローブを脱ぎ捨てると紅色のローブを羽織り、フードを目深に被る。
―ヒズミ、済まないが、今日は体調が悪くて休むことにするよ―
―大丈夫か?分った。あまり無理すんなよ?―
―済まない、ありがとう―
決闘場には沢山の観客が集まっていた。
どうせ、アリエルの策略だろう。
俺がこの大勢の前で負ければ、アリエルの評価が上がる。ふん、そんな単純な策略に乗ってやるつもりはない。それに、だ。俺がアリエルに負ける?そんなこと有り得ない。
何故かって?俺は創帝だからだ。決闘場の中央には、挑戦状を叩きつけたアリエルがいる。
さぁ、そろそろ姿を現してやろう。ブラッドがいきなりアリエルのまん前に現れると、場内は静まり返る。
それもそのはず。今のブラッドは、紅月の宵闇として此処に立っているのだから。
「僭越ながら、アリエル殿の相手は私がいたそう。アリエル殿、それで良いだろうか?」
「ちょっと、待て…、アンタは一体…?」
「創帝、その名を聞いたことはあるはずだ。その創帝がこの私だよ、アリエル・クリス・シュバイツァー殿?」
アリエルは絶句する。あの創帝が自ら相手をしてくれることに。
「でも、僕はアリスに挑戦状を叩きつけたはずです。何故創帝が…?」
「私とブラッド…君のいうアリスは、繋がっていてね。あぁ、そうだ。彼から伝言があるんですよ『アリエル、俺を引きずり出してみろ』だそうですよ?」
アリエルは歯軋りをしてブラッドに向かって詠唱を始める。
「雷雨を起こす時
空から刃の雨が降るだろう…
…雷雨弓矢」
ブラッドに当たった、と思われた。
が、ブラッドは無傷でその場に立っていた。
それもそのはずだ。
紅月のローブには、絶対防御、攻撃力上昇、治癒力上昇の付与魔法がかけられている。
「全然、効きませんね。さて、次は私の番ですか?……閃光雷光」
ブラッドは詠唱破棄でサンダーボルトを放つ。…が、アリエルは運良く避けられた。
「上手く避けられましたね、ふふふ…。さて次はうまく避けられるかな?」
詠唱しながらアリエルが放つ炎色空虚や凍結人形をなんなく避ける。
ふと、何やら思う事…否、提案があるようでアリエルに話す。
「アリエル殿、此処で一つ提案があるのだがどうだろう?」
「…………なんですか?」
「漆黒の闇が紅色に染まりし時、我が力が姿を現す…」
ブラッドは久しぶりに吸血鬼の姿に戻る。
紅色に輝く翼を出し、爪も長くなり、短髪だったはずの黒髪がロングの紅色の髪に変わる。
「この姿になるのは何百年ぶりだ?フッ…まぁ良い。アリエル・クリス・シュバイツァー、貴様の命日は今日だ」
吸血鬼の姿になると今まで指輪の力で抑えていた魔力量が数百倍に跳ね上がり、ブラッドの魔力を当てられて倒れる観客が何人も出た。
が、ブラッドは魔力を抑えることなどしない。
否…、出来ないといった方が正しいだろう。
「やはり…お前が追放者だったとはな…アリス!!」
「私は、貴様の言う追放者ではない。それに、私はアリスではない。まぁ、そんなことどうでもいい。貴様と決着をつけるのが先だ。…貴様もこの姿になればどうだ?」
「僕はお前のような姿にはならない」
「ほう…?あくまでその姿で死にたいと。まぁ、その姿で死にたいのならそれも一興」
ブラッドは空中に飛び上がると、詠唱を始める
「空が茜色に染まり
月が紅色に染まりし時
闇の力が蘇る」
「…!?古代魔法…だと?フン、当たらなければ無意味だ!!」
アリエルは空中にいるブラッドに向かって間髪入れずに焚刑博覧会を放つ。が、ブラッドはそれをなんなく避ける。
その間にも詠唱を続ける
「桜が咲き乱れ
梅が咲き誇りし時
忘れられた唄の名を
紡ぐであろう…
…漆黒天使謳」
「な、なんだと!?古代魔法の二重詠唱は、禁呪じゃないのか!?」
アリエルは、ブラッドが放つ魔法を避けることができずにもろに当たる。
否、避けることなど不可能なのだ。
これは、脳内に直接歌いかける古代で使われていた、付与魔法なのだ。
アリエルは、ブラッドが放った漆黒天使謳が直撃し、気力と魔力が殺がれていく。
そう、この古代で使われていたエンカウントマジックは、攻撃を仕掛けた相手の気力と魔力を栄養源に相手が死ぬまで食い潰していく。
ブラッドが放った魔法がアリエルに直撃し何分たっただろうか?
そろそろ命が危ないと思ったブラッドは、指をパチンと鳴らすと、アリエルに脳内に流れていた「うた」は止まった。
暫くすると、アリエルは起き上がる。
アリエルが意識を失っている間にいつの間にか元の姿に戻っていた、ブラッド…否、宵闇。
「さて、あなたが何故、ブラッド…いえアリスに挑戦状を叩きつけたのかを聞かせていただきましょうか?」
アリエルは肩で息をしながらなんとか立ち上がれるまでに回復をしていた。
アリエルは暫し黙っていた。ブラッドは急かすことはなくただジッとアリエルを見ていた。
「お前に教える義務はない。それに、僕はまだやれる。さぁ、続きと行こうじゃないか」
漸く口を開いたかアリエルが放った言葉はブラッドにとって少し予想外の言葉だった。
一瞬呆けたものの、ふぅ‥とため息を吐くブラッド。
「私には理解出来ない。何故死に急ぐ?ま、良いでしょう。気力も魔力も大分殺がれている時点で私に勝つ見込みがあるのかは知らないが、仕方ない。そんなに死に急ぐのならこの手で殺して差し上げましょう」
ブラッドは「かつて親友だった貴様に俺からの手向けの花だ!!」と続けて言いそうになったのを堪える。
ブラッドは、紅の翼だけだし、空へと舞い上がる。そんなブラッドを見てアリエルは詠唱する。
「魔界から蘇りし黒煙の炎よ
我が魔力と引き換えに
生命を吹き込もう
漆黒炎帝龍」
アリエルは分っていなかった。自身の魔力が殆どないことに。魔力が殆どないと、己の命と引き換えになることを。
アリエルが放った魔龍は、ブラッド目掛けて飛んで行く。ブラッド目掛けて飛んでくる魔龍を避けることもせずに、目を閉じたまま詠唱する。
「暗黒の瞳を宿した騎士たちよ
漆黒の焔に包まれ蘇り
我と共に進め
…漆黒の騎士隊」
漆黒の瞳を宿した騎士に魅入られたら最後、相手が死に絶えるまで騎士たちの原動力となる。
ブラッドの詠唱によって現れた騎士たちは、魔龍を蹴散らすとまっすぐにアリエルに向かっていく。
アリエルの目の前に騎士たちが来たとき、隊長格の騎士の一人が、振り返り、ブラッドに聞く。
「…宵闇、コイツで良いんだな?コイツを殺すか否かの判断は貴様に任せる」
ブラッドは軽く頷く。すると、騎士たちはアリエルの瞳をジッと見つめる。
アリエルは目を逸らそうとするも、なぜか逸らすことが出来ない。
数分後、アリエルがその場で倒れる。ブラッドはアリエルを30秒放る。
アリエルの魔力量から考えると、1分放るのは危険だと思ったのだ。
ブラッドだって、親友を殺したくないし、本当なら戦いたくなんてなかった。
―――30秒後。
ブラッドは指を鳴らすと、漆黒の騎士たちが退き、元の世界へと戻っていく。あえて、アリエルを起こすことはしたくなかったブラッド。
「俺だって、お前と離れたくなかった。だけどな…、俺は追放者。お前に会えるわけがなかった。ましてやお前は村長の息子…。俺が気軽に近づける存在じゃないことぐらい幼い時分から知っていたさ。済まない…、別れの挨拶さえ言えずに去ってしまい。それに、約束さえ守れない俺で済まない…」
そう呟いた声は風と共に消えた。
「さようなら、アリエル殿」
そうブラッドは言うと「転移」と呟き、決闘場から消える。
転移で戻ってきた場所は、学園長室だった。
学園長室では、クロイとリリンによく似た女性がいた。
「宵闇、おかえり」
「あぁ…ただ、いま…」
クロイが言った言葉に返した直後、ブラッドはその場に崩れ落ちた。




