Prologue
吸血鬼の里、トランシルバニア地方にある吸血鬼だけが住まう村に翼が深紅の吸血鬼が生まれた。
漆黒以外の翼を持つ吸血鬼は、異端とされ村の人々から忌み嫌われた。
…が、そんな吸血鬼を一人だけ忌み嫌わないで見てくれる者がいた。
それは、その村の村長の息子。
深紅の翼を持つ吸血鬼と村長の息子はいつしか、親友となっていった。
それも、深紅の翼を持つ吸血鬼が齢10歳となるまでのこと。
その村では、翼が漆黒以外の吸血鬼には「追放」という制度があった。
無論、小さき吸血鬼も例外ではない。
その村に程近い、深い深い森の奥に10歳を迎えたら短刀だけを持たせて置き去りにする、というのを『追放』というらしい。
前に追放されたのは、およそ150年前のこと。
追放された者は、二度とこの村に立ち入ることも、村近くにも来てはいけない。
そう、生まれた故郷を棄てなければいけないのだ。
村長の息子は、まだ幼いから「追放」という制度は知らない。
息子は、親友といつまでも一緒にいられると思っていた。
…が、深紅の翼を持つ吸血鬼が10歳を迎えた時、その吸血鬼が大人の吸血鬼と一緒に深い深い森に行くのを部屋の窓から見ていた。
―――そして、大人の吸血鬼が戻って来た時は、その吸血鬼は一緒ではなかった。
息子と親友だった吸血鬼と、息子はある約束を交わしていた。
深紅の翼を持つ吸血鬼は、村を出る際、振り返って「さようなら」と呟いた。
「もう、二度と会う事はないだろう。ごめんな、約束守れなくて、」と悲しそうな表情で思っていた。
また、『深紅』の翼を持つものだけに与えられる異名…、『紅』
『紅』の名を持つ者の魔法の付与属性は、全属性。
唯、主だって使用するのが希望を象徴をする光と混沌を象徴する闇。
また、与えられる魔力も膨大で――――……、
トランシルバニア地方で生まれた、深紅の翼をもつ小さき吸血鬼も例外ではなかった。
小さな身体では、抑えきれないほどの魔力…。それが原因で、平和だった村に小さき吸血鬼を狙った魔物たちが姿を現し、村を襲うようになっていった。
そして、その魔物たち全員を小さき吸血鬼だけが相手をしていたのだ。
どんなに身体がボロボロになろうとも、たった一人で。
そしてその光景を他の吸血鬼も見ていたが、誰一人として手伝ってやる者はいなかった。
…否、手伝いたいけど、手伝えないものが一人だけいたのだ。
それは、その小さき吸血鬼の親友…。
“親友が育った村のみんなを守るため”
小さき吸血鬼はそれだけを考えて動いていた。
小さき吸血鬼は優しかったのだ。否、優しすぎたのだ…。
散々罵倒されたにも関わらずに―……、
村のみんなを憎んでいるなら、魔物を放置していれば良い。
だが、そんな事はしなかった。いや…出来なかったのだろう。
たとえ、憎んでいたとしても、彼にはそんな事が出来なかった。
親友の悲しむ顔は見たくなかったから…。
だが、吸血鬼の年齢で10歳を迎えたあの日…、親友に別れの言葉も告げられずに、森に放置された。
今は、その吸血鬼がどこにいるのかは誰も知る由はない――――