第六話
1ヶ月が経ちノエルたちは2年生に進級した。
進級で基本的にはクラスが変わることはないのだが、今回ノエルのクラスには1人編入生が入ったことが話題になる。その名はレア・オービニエ男爵令嬢。彼女は数ヶ月前に男爵家に養子に入った娘らしい。そして初めてその姿を見た時に目に飛び込んでくる特徴がある。それが、ピンクブロンドの髪だ。
ノエルも似たようなピンクブロンドの髪を持つが、彼女の比ではない。ノエルはどちらかと言うとブロンドがベースで所々ピンクが混ざっているような髪色なのだが、レアはピンクがベースである。ノエルは、その髪色を見て自身の髪色がブロンドをメインとしていることに安堵を覚えていたし、上には上がいることを知った。
初日は騒めきがあったものの、数日もすれば以前と同じような日常に戻っていった。ノエルは相変わらず図書室に引きこもっていたし、最上級生になったダミアンたちも以前と変わらず仲睦まじく過ごしていた。
そこに飛び込んだのがレアだった。
彼女は元平民と言うこともあり、自由奔放な性格をしているようだった。その奔放ぶりで何人もの高位の令息に声を掛けたことか。いつの間にかレアが高位の令息を誑かそうとしていると噂が立ち、噂に興味のないノエルの耳にすらも入るまでとなった。
彼女は高位の令息に果敢に話し掛けるも、相手にされないらしい。隣のクラスのマリユスを筆頭に、最近は先輩であるダミアンにも声を掛けたようだが、躱されてしまったそう。その際に通りかかった令息が偶然、「何で私に惚れないのよ……」と呟いているのを聞いたようで、その事も噂の一因となっている。
そんな事に全く興味を示す事なく、ノエルは引き続き1年の時と同じルーティーンで過ごしていたのだが、ある日図書室で本を読んでいたところ、何故かレアに突撃されたのである。
「愛の伝道師とはあんたのこと?」
ああ、懐かしいなその名前、と思いつつも、自分で名乗ったことのないノエルは返事をする。
「いえ、知りませんが?」
「嘘でしょ?!あんたのことでしょ?ダミアン様が言っていたわ!」
「正確に言うと、他の方が噂で流しているだけで、私はそう名乗った覚えはありませんもの」
「それを屁理屈というのよ!」
キャンキャン吠える様子はまるで犬のよう。面倒だと思いつつも、頭の中では本のことばかり考えていて、レアの話は聞いていない。器用な子なのである。
そんな吠えている様子のレアを生暖かく見ていた彼女だが、ふと次の言葉に気を留める。
「どうしてくれるの?私の逆ハーレム計画がぼろぼろじゃない!!あんたのせいで私の人生めちゃくちゃよ!」
言い掛かりである。別にダミアンが彼女の言葉を周りに広げただけで、ノエルは何もしていない。困惑している事にも気づかないレアは彼女を指差し続けながら、身勝手な言い分で話を続けていく。
「今度こそ、逆ハーレム成功させようと……」
「あの、逆はー……?とは何でしょうか?」
「……って、あんたも知ってるんでしょう?あんたもしかして転生者?それともバグ?」
「転生者?バグ?……言ってる意味が分かりませんが……」
ノエルは怪訝な様子で彼女を見つめる。その頭の中には早く帰りたい、という気持ちしかないのだが。どこまでも頭がお花畑のレアに構っていられず、無視して逃げようとするも、残念な事に周りは本棚。平民で今まで身体を動かしてきたレアとは違い、ノエルは基本引きこもりである。隙を見て逃げようとするも、行く先々の道を塞がれてしまう。
流石に話が理解できず、イライラが募り始めたその時。
「あんた、私とマリユス様をくっつけなさいよ!愛の伝道師ならできるでしょ?!」
「……」
「私はマリユス様と結ばれる運命にあるのよ!」
王太子であるマリユスと必ず結ばれると彼女は言い張った。その根拠は何処にあるのか知らないが、素晴らしいドヤ顔で言葉を言い放ったレアにノエルは我慢ができなかった。
「ぶっ!!!」
ノエルの表情筋が決壊した瞬間だ。あまりにもお花畑な言い分に、ノエルは呆れを通り越して笑ってしまう。心の中では、その妄想を物語にしてみたらどうだろうか、と思うくらい滑稽に思える。もし彼女が物語にしたためたとしても、ノエルはその物語を読むことはないだろうが。
いきなり笑い出したノエルを見て、馬鹿にされたのだと思ったレアは、顔を真っ赤にして捲し立て始めた。
「なに笑いだすのよ!?馬鹿にしてるわね?!」
さらに怒るレアだが、彼女はここが公共の場だということを忘れていた。ノエルとレアは図書室の奥で(レアが一方的に)話していたため気付いていないのだが、図書室にいたのは彼女らだけではない。調べ物のために図書室を訪れていた学生や、図書管理を任されている学生たちもいるのだ。そして途中からではあるが、レアが狙っているマリユスもフランシーヌと共に図書室に顔を出していたのだが、レアは勿論気付いていない。
最近女狐と噂の編入生が、愛の伝道師と言われている女性に話しかけているのだ。こんなに面白いことはない、と好奇心が勝ったらしい。誰もそのやり取りを止めることはなかった。ついでに言えば、マリユスたちも止める事はしない。何故彼女がマリユスやダミアンのような高位貴族令息に関わるのかを知れるかもしれない、と考えたからである。結果、理解できないの一言だが。
そしてノエルはノエルで気になっていたことあった。
「いえ、そんな事はありませんよ。ただ……お話を聞いていて一つ思ったことがあるのですが?」
「なによ?」
「運命とやらはおいておきますが、何故殿下と結ばれたいのですか?」
「……それは……」
先ほどの勢いは何処へやら。レアは上手く誤魔化すことが下手らしい。ここで「殿下をお慕いしています」等と言っておけば恋愛故の盲目で片付ける事もできたが、詰まるという事はそれ以外の要素――地位、権力、お金……最終的には王妃の座か?と言われても仕方がない。
「レアさん、そろそろ現実を見た方がいいと思いますよ……周りからどんな目で見られているか知った方が……」
「うるさいわね!あんたみたいな地味娘に言われたくないわ!話にならないから帰る!!」
自分に都合が悪くなれば話を聞かない、なんと我儘な娘だろうかとその場にいた誰もが思っただろう。まるで世界が自分中心に回っているような、そんな考え方だ。
どうしたらそんな考えになるだろうか、と首を捻ったがノエルは本棚の一冊を手に取ると、すぐにレアのことを忘れていった。