第四話
この次の日。ノエルは学園のある一室に呼び出されて謝罪を受けていた。目の前には土下座するダミアン、後ろにはお付きのダミアンの侍女と騎士らしき人物が2人。婚約もしていない2人が一緒にいるという噂を避けるための手段だろうが、ノエルからしてみるとどうしても居心地は悪いものである。
「ノエル嬢、すまなかった!!」
ちなみにあのダミアンがここまでアッサリと謝罪している理由は、敬愛する父親からの長いお説教の影響である。正座で貴族がいかにあるべきか、学園ではどうあるべきかを説かれたダミアンは、心を入れ替えたらしい。まあ、ノエルからすれば正直、関わる前に気付けよ、と言う気持ちがなくはないが。改心してくれただけましだろう。
「ダミアン様、謝罪は受け入れます。もう関わらないで頂ければそれで良いですから……」
余りの変わりように顔が引きつりそうになるノエル。その瞬間何を思ったか、ダミアンがバッと顔を上げて縋るような声で話し始めた。
「それは困る!一つだけ君に尋ねたいことがあるんだ……君に酷い事をしておいて今更とは思うかもしれないが」
「困ると言われても……」
「君は私に構うことなく、正論を言い続けてくれた。正直君以外の人に尋ねても、求める答えが出るとは思わない……だから聞くだけ聞いてくれないか!?」
「は、はあ……」
ノエルからはため息のような声しか出ていなかったのだが、ダミアンはそれを肯定と取ったようだ。ノエルが困惑しているにも関わらず、彼は話し始める。
「どうしたらロメーヌ嬢と仲良くなれると思う!?」
「はあ!?」
何を言い出すかと思ったら、ダミアンの婚約者のことである。驚いて声を上げてしまったノエルは悪くない。尋ねたいことが、まさか相手の婚約者とどう仲良くなるか、なんて思わないだろう。
――何を言い出すんだ、この坊ちゃん……本当に心を入れ替えたのかしら?
と彼女が思ったのも無理はない。それよりもお付きの2人は流石公爵家に仕えているだけある。顔色一つ変えることなくその場に佇んでいる。見習わないと、とノエルが現実逃避しているところに追い討ちがやってきた。
「君に当たってしまっていたのも、婚約者と仲良くなれない焦りもあったんだ。入学式の日にロメーヌ嬢が男性と2人でいたと聞いて苛立っていてね……それで落ち着くために図書室に来てみたら、よく座っている席に君が座っていたから……」
ダミアンはその後も言い訳を続けていたが、ノエルからしてみればそんな下らない理由で読書時間が潰れたのか、と昔の自分を慰める時間でしかない。それにこの茶番は早々と終わらせたい。ダミアンはノエルが答えるまで、延々と話す様子を見せている。鬱陶しさを感じた彼女は思うまま話し始めた。
「ダミアン様、女性に話しかける時は今のように自分ばかり喋ってはいけないと思います。ロメーヌ様の話を聞いて、ちゃんとロメーヌ様の事を知ろうとする姿勢を見せる必要があるのではないでしょうか?」
「ロメーヌ嬢の事を知る……」
「そうですわ。ロメーヌ様の好きな食べ物、趣味、今興味がある事……ダミアン様は答えられますの?」
「……」
「その沈黙は否定と取りますわ。ダミアン様がロメーヌ様を知る努力をしなければ、愛情も信頼関係も築けないと思います。……というよりも、ここで頭を下げるより、早くロメーヌ様の元へ向かったらどうです?その方が宜しいかと」
その答えに満足した様子のダミアンは「感謝する」と頭を下げて帰っていく。勿論、後ろにいた侍女たちも一緒だ。
――もうこんな心臓に悪い事は起こらないと良いのだけれど。
そんな彼女の願いは叶うのだろうか?
数日後、宰相と国王陛下は仕事終わりに2人で話し込んでいた。
「うちの愚息が申し訳ございませんでした」
「いやいや、解決して何よりだ。良かったなあ、宰相」
現ブラジリエ公爵はクレテール王国の宰相である。彼は公正な性格で、自分にも他人にも厳しい。息子のダミアンの教育も行っていたのだが、学園ではっちゃけてしまったダミアンのことには気づけなかったようだ。「私もまだまだですな」と頭を掻いていた。
「ところで話は変わりますが、陛下は男爵令嬢の件はお聞きになりましたか?」
「……男爵令嬢?どの家のことだ?」
「オービニエ男爵家の令嬢でございます。又聞きの話で申し訳ございませんが、殿下やフランシーヌ嬢と同じ年齢の女子を養子にしたと聞きました」
「それは誠か?」
「ええ、こちらに書類を取りに来たので間違い無いかと。来年から編入という形で学園にも通わせるようです」
「そうか」
その後、ブラジリエ公爵と別れ執務室に戻った国王は影に命令を下す。一抹の不安を覚えて。
素直すぎる公爵子息。でもこういう人がいてもいいかな、と思いました。