第三話
誤字の指摘をいただき、修正しました。
その後も、ノエルは放課後図書室に入り浸っていた。王都図書館で借りる事のできない本を幾つか見つけたからである。初日に文句を言われた事を覚えている彼女は、本を読むために違う席に座って黙々と読み始めた。
だが、中々思うようには行かないらしい。ノエルが本を読んでいる中、ダミアンがまたちょっかいをかけ始めたのだ。翌日はダミアンが来ず静かだった図書室も、翌々日からは何かしらの文句をノエルに付け始めた。
最初は丁寧に正論で反論していたノエルも、流石に連日の権力を振りかざしたいちゃもんに疲れたらしい。途中からはダミアンが姿を見せると、すぐに立ち去る支度をするようになった。
そしてダミアンとノエルは知らないが、ノエルが図書室に通うようになってから、何度かフランシーヌとマリユスもこの図書室を訪れている。彼女は本に集中し、ダミアンは文句を言う事に集中して気づいていない。勿論、2人もノエルに気づかれないようにしていた事もノエルが気づかなかった要因のひとつだろうが。
そんな追いかけっこが続くと苛立ちを感じるのがダミアンである。ダミアンは今までの生活で反論された事がなく、失礼な態度を取られる事なく過ごしてきた。だが、あの令嬢はどうだ。公爵令息と知っても口答えをし、最後には声をかける前に無視するように居なくなる。その態度が気に食わなかったのだ。
だからなのか、ある日ダミアンは実力行使に出る事にする。図書室から出ようとするノエルの腕を捉えたのだ。
流石の事に今まで顔色一つ変える事のなかったノエルも、この時だけは目を見開いた。そんな彼女の姿に機嫌を良くしたダミアンは、引き続き腕に力を入れたままノエルに話しかける。
「お前、良くも恥をかかせてくれたな」
「恥などかかせておりません。正論を述べただけです」
「いいのか?俺が父親に言えば、お前の家は取りつぶしだぞ?」
「……そこで権力を振りかざすのですか?良いご身分ですね」
「なんだと……!?」
顔を真っ赤にしたダミアンは空いている手を彼女に向かって振りかざす――周りで見ていた誰もが彼女の頭に手が当たる、と思った時、彼の手を掴む者がいた。
「誰だ?」
「ほう、先輩は私の顔を覚えていらっしゃらないのですね」
「で、殿下……」
そう、彼を止めたのはマリユスだ。マリユスの後ろには、遠くから様子を見ているフランシーヌとダミアンの婚約者であるロメーヌ侯爵令嬢の姿もある。何故3人がここに居るかというと、ロメーヌ侯爵令嬢がダミアンの様子の変化を感じ、彼の様子を見ていたところ、他の令嬢と接する彼の姿を見つけたのがきっかけだ。
最初は横恋慕かと思ったロメーヌだったが、よくよく見ると令嬢がダミアンを避けているように見える。これは……と思った彼女は、友人であり懇意にしていたフランシーヌに相談し、その話がマリユスに行ったのだ。
マリユス自身は権力を振りかざす事を避けたかったが、流石に不味いと思ったのだろう。少しだけ権力を行使したようだ。
「淑女に手を出すなんて、先輩はどんな教育を受けられたのですか?」
マリユスの貼り付けた笑顔に当てられ、ダミアンは萎縮する。それと同時に捕まえていたノエルの腕を離し、彼は恐怖から下を向く。
ノエルの手にはくっきりとダミアンの手の跡が残っていた。赤く痛々しいその跡は、しばらく消えそうにない。
「学園は身分関係なく平等、これは現国王陛下が宣言しております。それを無下にすると?」
ここまで追い詰められるとダミアンはまるで蛇に睨まれたカエルのよう。何も言うことができない。
静かになった彼を睨みつつ、マリユスは隣にいたノエルにさも初めて見かけたかのように話しかけた。
「えっと、貴女は?」
「私は、ノエル・ラングロアと申します」
「ではノエル嬢。もし何か彼に言いたいことがあれば、どうぞ」
言いたい事など無いのだが……と思ったところで、ふと感じた事を述べてみようと考えた。ノエルはダミアンが文句を言いにきた時に、ある女性の名前が良く出ていたのを覚えている。もしかして――自身の予想ではあるが間違いでは無いだろう。
「私に話しかけてくるくらいなら、素敵な婚約者様に話しかけてくださいませんか?そうすれば、そんなに貴方様が苛立つ事は無いと思いますが……」
そう、ダミアンは何かとノエルに文句を付けようとする引き合いにロメーヌの名前を出していた。だから、婚約者と上手く行っていない苛立ちをノエルにぶつけているのではないかと思ったのだ。最初は席という些細な事だったのかもしれないが、言い返されてしまったため、目をつけられる。そして最終的には八つ当たりになったのではないかと彼女は予想したのだ。
それがどうやら当たっていたらしい。最後には俯いたまま、一言もしゃべる事なく立ち去っていった。
彼の姿を見届けたノエルも助けてくれたマリユスにお礼を述べる。
「殿下、ありがとうございました」
「君が無事で良かったよ。気をつけて帰ってね」
「はい、失礼します」
そのまますぐ去っていく彼女の背をマリユスとフランシーヌは見届けながら、どう父親に報告するかそれだけを考えていた。
ダミアンは乙女ゲームであれば、攻略対象の一人です。
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