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悶絶しましょう、生きるために

作者: 流丸介

 これがなろうアップの2作目になります。

 なろうの大ベテランの友人から、もう一本「キミらしいものを上げなよ」というアドバイスでこれをあげました。

 お話の内容としては、「ああ…自分らしいなぁ」というものだと思います。

それでは、よろしければ、ごらんください。

 新宿。その西側に広がる高層ビル街は、整備されたコンクリートジャングルが広がり、まるでそこだけ別世界のような錯覚を覚えさせる。

 人は皆そのコンクリートの中でその時を過ごし、往来はみな鉄の箱で移動するため、ほとんど人は見かけない。

 昼前の時間帯となればなおさら、歩く人は少なかった。

 そんなビル街のとある場所で、恭介は気が付いた。


『ピッ』


 恭介がまず最初にわかったのは、異様なまでの体の軽さだった。加えて、全身の感覚がマヒしている様な気もする。

 下を見ると地面に足は着いておらず、更に下の方には人だかりができていた。高さにするとビルの5階くらいだろうか。

 はっきりとは認識はできないが、その中心に人が横たわっている気がした。

「ああ……俺は、死んだのか」

 そこで初めて恭介は状況を理解する。下に見える人だかりは、きっと自分に集まる野次馬の集団だ。

 恭介は、このビルの屋上から飛び降りたのだ。

 それが自分で選んだ“道”なのだから、焦ることはなかった。それどころか「魂ってのは存在したんだな」と、新たな発見があったくらいだ。

「楽しそうだね」

 不意に、後ろから声がした。

 ここは5階相当。後ろから声をかけるなど不可能だろうと言うのに、恭介はまるで予期していたかの様に驚かなかった。

 振り向いてみれば、そこには微笑みつつもどこか冷たさを感じる表情で下を見下ろす女がいた。察するには、難くない。

「あんた死神だな? 楽しそう……ね? 流石、ユーモアがイカれてる」

 漆黒とも取れる黒髪に、黒を基調としたローブ型の服装。鎌こそ持っていなかったが、理解するには十分だった。

「そう?」

 死神は恭介の言葉を全く気にしない様子で下を覗いている。

 つられて下を見てみれば、警察がKEEP OUTの黄色いテープを張っているところだった。

 その中心に、スーツ姿の男が、うつ伏せに倒れている。関節の数が増えて見える。自分だとわかっているからこそ何も感じないが、できれば見たくなかった。

「俺を連れに来たんだろ? いいさ。連れてけよ。そのために飛び降りたんだ」

 恭介は投げやりに言い放つ。これでおしまい。地獄に自分で向かうより、連れてってもらった方が楽ってもんだ。

「……そう」

 死神は恭介の言うことなど右から左の様に表情を変えぬまま、ただそれだけつぶやいた。

 つれない返事にムキになったワケではないが、恭介は返事の曖昧な死神に対して言葉を繋げた。

「俺が死んでも、誰も悲しまない。就職で失敗して、仕事もないし。10年後なんて暗くて仕方ない。このまま行ってもただ苦しみが続くだけなんだよ」

 そこまで言うと、やっと死神が恭介の方を見た。

 整った顔立ち。美しいと言えばそうだが、その美しさがまたどこか恐怖を感じさせた。

「……少し、お散歩しましょうか」


『ピッ』


 突然、ゆっくりとシャッターを切った天体写真の様に世界が流れ、恭介の視界が変わった。どこか、別のところに来たらしい。

 見るに、太陽の感じは夕方。独特の寂しさを持つ時刻。でも、どこか見覚えがあった。

「どこに連れてきた?」

「キミが子供の頃の世界」

 恭介は公園の上空にいる様だった。足元では、少年が一人、誰かを探すようにうろうろしている。

「かくれんぼだな。……ああ、ソレか」

 おぼろげではあったが、恭介はこの風景に覚えがあった。

「そう。彼が鬼になった時、悪戯してみんな帰った」

 死神の言う『彼』とは、恭介のことに他ならなかった。酷く、寂しかった記憶。

 鬼になってからどれだけ時間がたったかはわからない。

 子供心に、みんな帰ってしまったのだろうと悟ってはいたのだが、それを信じてしまう恐怖と、ただ自分が見つけられないだけという希望から、ひたすら探し続けていた。そんな記憶

 だが、上から確認する限り、公園の中に少年恭介の探し人は見当たらない。

「バカだよな。誰も見つからないんだから、おかしいって思うよな」

「素直なコだね。暗くなっても、ずっと探し続けてた」

 死神は相変わらず無表情のまま、下を見下ろしている。

 なんだというのだ。死んでからまで、なんでこんな嫌な記憶を見させられなきゃいけない。

「……俺にこんなもの見せて、どうしようって――」

 恭介は少し声を荒げて言った。さっさと、地獄でもなんでも連れて行けよ。

「ほら見て。気付いたコが、みんなを連れて戻ってきた」

 言い終わる前に、死神が下を指差した。指されるがまま視線をやると、その先には、少年数人がいた。

 罪悪感に駆られた友達が、様子を見に帰ってきたのだ。

「……それでも、バカには変わりない。それに気づいた俺は、何も言わずに帰ったんだ」

「また、暖かい輪が待っていたかもしれないのにね」

 死神は初めて、どこか寂しそうにそうつぶやいた。

「……本当に、誰も悲しまないのかな」

「……あ?」

 死神がボソッと言葉を漏らした。

 恭介にはその言葉が聞こえていたけれど、ただ理解できなくて、聞き返した。

 だけど死神は相変わらず俯いて、どこか寂しそうな表情のまま、何も答えなかった。


『ピッ』


「ここは……高校だな」

 次に死神が連れてきたのは高校だった。恭介の母校。何分幽体なので季節は感じられないが、冬ではなさそうだ。

「気があったコを、彼は呼び出した」

 このシーンも覚えがある。伝えたいことがあるからと、女のコを呼び出したことがある。案の定、足元を見れば高校時代の恭介がいた。

「死神ってのは御多分に漏れないんだな。趣味が悪い。過去の失敗を見させてあざ笑うのか。図書館棟裏で待ちぼうけの俺だ。どうだよ? 面白いか?」

「結局あのコは来なかった」

 相変わらず死神は恭介の言葉にはロクに答えず、言葉を発する。そのコは一緒に過ごした中で、とてもいやすくて、とても楽しかったコだった。

 一大決心をして告白しようとしたのに、あのコは来すらしなかった。何時間も待たされて、暗くなって。これもまたとても悲しかったのを覚えている。

「そうだね。でも、図書室には後ろに倉庫があった。裏と取るには、そこもあった」

「……」

 嫌なことを言う。それも知っていたさ。きっとあのコはそっちに行ってしまったんだ。

 でも、それを確かめるのが……恐かった。


“そこにも、いなかったらどうしよう”


 高校生の恭介には、あのコがここに来ない事実で十分だった。これ以上の重みには耐えられそうになかった。

「じゃあ、見て見ようか」

 死神がゆっくりとまばたきをすると、ゴゥっと、世界が回転した。

 一転して、場所は教室。朝のHRが始まる前、クラスメイト達がわいわいとしている中に、2人は立っていた。

 あの娘はもう既に席に座っていて、いつもは誰かと話しているのに、今日は少し目を伏せたまま、誰とも話をしてない。

 そして次に、自分が入ってくる。走ってきたのだろう。息が切れている。

 ふと、その娘と目が合う。高校生の恭介はふぃっと目をそらし、さっさと自分の席に着いてしまった。

「目なんか、合わせられるはずないだろ」

 その日がいつだかは簡単にわかっていた。その待ちぼうけの、翌日だ。

 来なかったコに対して、どのツラ下げて会えっていうんだよ。ヘタしたら、女子間で晒されていることすら、可能性はあるのに。

「そう。だから大切な一瞬を見逃す」

 死神はそう言って、あのコの方を指差す。

 あのコは、何か言いたそうに、恭介を呼び止めるかのように手を差し伸べかけて、そして少し腰を持ち上げていた。

「これで終わってよかったのかな?」

 更に死神は言葉を繋ぐ。でも、今更どうしようもないだろ。本当に趣味が悪い。

 恭介は死神の問いに「……さァな」とだけ答えて、見るのをやめてしまった。

「……次に、行きましょうか」

 死神は、少しだけ間をおいてから、そう、告げた。


『ピッ』


「なぁ、さっきから聞こえるこのピッって音、なんだ?」

「気にしないでいいよ。そのうち……聞こえなくなる。ここは……受験だね」

 周りを見て見れば、ここは大学の合格発表の場だった。

「別にいい大学というわけではないけどね。必死に勉強したよ。それで勝ち取った。ここは嬉しかったなぁ。知ってるか? 本当にうれしい時ってさ、動けなくなるんだぜ」

「そうね。それであの棒立ち」

 死神が指差した先には、うれしそうに騒いでいる連中の隅で、大きく目を見開いて、立ち尽くす恭介の姿があった。

「くち、半開き」

「うるせぇ」


『ピッ』


 次の場面に切り替わるのは直ぐだった。受験の場面では何があったわけでもなかった。

 何が見せたかったのかと疑問にも思ったが、きっと死神は散歩とだけ言うだろうから、やめた。

「……就活中だね」

 今度は大学の休憩スペースだった。仲の良かった連中と、自分。皆ちょっと疲れた表情で、めんどくさそうに紙に何かを書き込んでいた。

「ああ。実感が湧かなかったな……。コイツらと離れて過ごすなんて。ずっと続くんだと思ってた。でも友達が段々と就職先が決まってさ」

 別に遊んでいたわけじゃない。数は撃った。

 ただ真剣に向き合ったかと言われれば違って、ただ不安から逃げるためだったと言える。

 筆記で大丈夫でも、面接でうまくいかなくて。二次面接で出てきた偉い人と顔を合わせるだけで、平衡感覚すら失う程、頭が真っ白になった。

「みんなとは笑えたのにね」

「そうだな。これさえクリアすればと思えば思うほど、わけがわからなくなっちまったんだ」


『ピッ』


 次に来たところは、いや、来たのだろうか?

 ただ何もない、知っている表現をするなら、四次元空間の様な上も下も右も左もモヤモヤした空間。

 死神と向き合っても、距離感すら見失いそうな場所だ。

 散歩が終わったのかもしれない。

「あの時も、あの時も。選択を間違えなければ、よかったな」

 恭介は少し俯いて、言葉を吐く。本当に、先に立たない後悔だよ。何を言ってるんだろうな。こんな、ただの行く先案内人に対してさ。

「そうだね。本当にそう。でも、それをしたおかげで、“もうやらずに済む”んじゃない?」

「ああ。もう“何もやらずに”済む」

 そう、全部終わったこと。終わらせたこと。自ら選んだ、最後の、みち。

「なぜこんな映像を見たかわかる?」

「ただの走馬灯だろ? “思い出の確認”だ」

 そう発して初めて、死神が笑った。それでもは皮肉か、呆れたのか。恭介の言葉が、訂正される。

「違うよ。走馬灯は、“脳が直面した死から逃れようと手段を探している状態”だよ」

「……」

 だから何だよと思いつつも、何か引っかかるものがそこにはあって。

「キミは気づいてるね? 後悔の理由。それでも、身を投げた。……ねぇ、キミは、どうなの?」

「どうせ、俺が死んだって誰も――」

 死んでもなお、否定されるのかと、やさぐれて。

「誰かじゃない。キミは、キミ自身は、どうなの?」

 初めて自分と、向き合う。


俺――?

俺、自身……?


 死神に見せられた映像。コイツは何が言いたかったのか。わからない。でも――。

「……たい」

「……」

 死神は真っ直ぐ恭介を見つめたまま、何も言わない。

 ああ、そうさ、心の奥底じゃ、わかりきっていたことさ。

「生きたいよ!! 死にたくねぇよ!! オマエに見せられた全ての記憶も、まだ全部終わってねェ!! 何か動けば、新しく何かが始まるかもしれねェ!! でもお前は死神だろ!!? 連れて行くんだろ!! そうだよ!! おれは飛び降りたんだからな!! 自分の手で終わらせたんだよ!! 今更何ができるってんだ! いいかげんにしろよ!!」

 一気に感情がなだれ込んでくる。ああすればよかった。こうすればよかった。後悔ばかりが押し寄せて。人生の最後に行った行動が、まさか最大の後悔で終えるなんて。幽体のはずなのに、涙腺など無いはずなのに。目には涙が浮かんだ。

「さ。そろそろ、時間だね」

 死神は、恭介に背を向けて、やはり淡白に言う。

「気づいた? 音が聞こえなくなってる」

 恭介の方を向くことなく、言葉を続ける。

 言われてみれば、さっきから鳴ってた『ピッ』って音が、聞こえなくなっていた。

「それが何だっていうんだ?」

「最後に2つ、いいことを教えてあげるよ」

 相変わらず死神は恭介の質問に答えない。そして、真実だけを、告げる。

「私は、死神じゃない。私は、あなた。俺の心が作り出した『俺じゃない誰か』の偶像。魂を取るなんて事、しないよ」

 わからない。死神が何を言っているのか。

 違う。わかっている。心の奥底の、本音。

「じゃ、じゃあ、俺は……」

「もう1つはね――」

 死神……彼女は恭介の方を向いて、やっと優しく、微笑んだ。全てが救われる、そういう笑顔で。

「俺はまだ、死んでない」

 それは彼女の言葉だったが、その音は今まで認識していた死神の声だったかは定かではなく。直接頭に響きボヤけるような、そんな音だった。

 その言葉が響き終わるか否か、恭介の視界は真っ暗になり。



「悶絶しましょう? 生きるために」



 遠のく意識の中、今度は明確に頭に響いた。

「…………………あ、」

 恭介が次に目を開けた時は、白一色の病室の真ん中、医者の水色が少し交じった空間。

 時間にすれば刹那の長い時間を過ごす中で、まるで知っていたかの様に全てを理解する。

 同時に、身体から発する“痛み”という信号を脳が受信する。


「ああああああああああああああああああッッッッ!!!!」


 恭介は絶叫した。

 飛び降りた後悔と、生きていたという痛みに、喜びに、泣き叫んだ。

 横では、『ピッ、ピッ』と、心電図が一定のリズムを刻んでいた。


 はい。ということで、深層心理のお話でした。

 私のお話はこんな傾向が強いようです。

 このお話を気まぐれに見てしまった読者様が、損ではなかったと思えるお時間であることを願いまして。

 また、次ができたら載せます。

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