朝食を共に
朝起きて、いつも通りに朝の支度をしながら始めて二人分のご飯を作って、少し早いけれどアリスを起こしに行くと、そこにはベットの上で半覚醒しているアリスが居た。
ベットの上で起き上がっているものの、目は開いておらず何故か身体が斜めに歪んでいる。
「アリスおはよう、目は覚めてる?」
「……んー……」
身じろぎしたものの、声が聞こえているのか定かでは無い。
「おはよう、ご飯出来てるわよ」
「ご、はん……」
ピシッと固まったかと思ったらゆっくりと顔を上げる。
「今日は朝からホットケーキ焼いちゃった」
「ホットケーキ!?」
キラリと光った二つの黒い瞳に、私は笑いながらアリスの手を取った。
「あっ、待って!私もしかして食い気で起きたんじゃない!?」
「元気ならなによりよ!さ、洗面で顔洗っていらっしゃい。
バターと蜂蜜はどっちが良い?」
「絶対蜂蜜だし!」
だだっと駆け出したアリスの様子に少し安心して、やっぱり職場に着いて来て貰おうと朝食の席に着いたアリスに提案してみた。
「はえ?……んぐっ、お姉さんの職場に?」
「そう!一緒に居た方が私も安心だし、どうかしら?」
「そりゃ……邪魔にならないようにするけど、大丈夫なの?」
「ええ、元々人が多い職場だし……あ、でも髪と目は目立っちゃうかしらね」
「これ?」
そう言って、アリスは自分の髪に手を伸ばした。
「さすがにこの時間お店は開いてないし、目の色なんて……」
「誤魔化せば良いのね?」
こともなげにそう言うと、アリスは指をパチンと鳴らす。
瞬間、真っ黒な綺麗な髪はありふれた栗色に、瞳は蜂蜜を溶かしたような金色に変わった。
一瞬何が起こったか分からなくてぼうっとしていると「変?」と不安そうに聞かれて、初めて確信が持てた。
「ううん!全然!とっても綺麗ね!」
「あ、そう、良かった……お姉さんの反応的にマズったかと思った」
ホッとしたようにそう言われて、私は「でも」と続けた。
「この世界の昔話でね、黒い髪と黒い瞳を持つ異世界人がやって来るって言うのがあるの。
過去何度もやって来た彼等には特別で神聖な力を持つ者が多いって聞くわ。
……もしかしたら、アリスもそう言う世界の人なのかもしれない……」
「……ふぅん、そう言う感じなんだ。
なんか、よく分かんないけど……生きてるから良いわ」
「へ?」
思ったよりあっけらかんと言われた言葉に思わず素っ頓狂な声を上げた。
「良いよ、お姉さんが傷付く必要無いよ。
今なんとなくその話し聞いて納得したし、なにより…うん、コレが使えるならまだ騙しようがある」
にやりと笑ったアリスは、パンケーキをぺろりと平らげると「大丈夫だって!」と胸を張った。
「要するに、お姉さん以外に魔法使ったってバレなきゃ良いわけで、私の見た目もずっとこのままにしておけば問題無いじゃん?私天才!?」
「え、あ…そうね、そうなんだけど、アリスはそれで良いの?」
「もちろん!そりゃずっとカツラ付けろって言われたり目玉くり取られるよりマシでしょ?
先に来てたって言う先代達も魔法使いが多いって事だろうし、まあ…上手く隠せて行けば生きてはいける。
その代わりお姉さん、私……こっちには身寄りも無いし知ってる人も居ない、だからお姉さんが良ければ私をここに住まわせて」
思っていた以上に男前な返しに、今度こそ私は微笑んで「喜んで」とアリスの手を取った。
朝食を食べ終わり、時間も差し迫って来たと言う事もあって。
私とアリスは私の職場……この街にあるギルドへとやって来た。
まだ早いこの時間でもギルドの扉は常に空いている。
朝早く帰ってきた冒険者達を迎える為、私達職員は日中夜交代でギルドを運営しているのだ。
「おはようございます」
「あら、おはようマリオン」
「マリオンおはよう!」
「おはようー」
入ればすぐに返ってくる声に驚いたのか、アリスは私の服の裾を握る。
それに「大丈夫よ」とその手を取って、奥の執務室へとやって来た。
「おはようございます」
「ああ、おはようマリオ……ン、え?どうしたのその子、いつの間に出来た?」
「出来てませんし相手も居ません!……遠い親戚の子なのですが、身寄りが無いとの事で昨夜から私の家に来たんですよ。
今度からうちに住むのですが、この国が始めてと言う事もあって家に一人じゃ不安だったので連れて来てしまいました」
私の背中から出たアリスが「初めまして、アリスです」と少ししおらしく自己紹介をした。
職場には女性3人と男性が2人、まだ来ていないマスターを含めなければ全員が揃っていたのだが、取り敢えず自己紹介は高評価だったようだ。
「アリスちゃんかあ、まだアカデミーくらいだよね?」
「16歳です」
「わあー、若い!良いなー、お肌ツルツル。
マリオンも肌綺麗だし、家系なのかしら」
「そうですねえ、向こうは潮風に当たりますし。
もしかしたら鮮度の良いお魚を食べていたからかもしれませんね」
適度に話しを合わせながら、私はアリスを私の席へと座らせた。
「一応これはお小遣い、子供扱いしてるんじゃ無いわよ?
もしお昼に時間があったら近くのマーケットに行きましょう。
出てすぐ目の前に屋台もあるから、小腹が空いたらこれで好きな物を買ってね」
矢継ぎ早になってアリスには申し訳ないが、朝礼のためその場に残して私はホールに向かった。
「あ、12時には戻るから!その机は好きに使ってね!」
「うんうん、行ってらっしゃいお姉さん」
苦笑したアリスに手を振って、私はアカデミーに上がる我が子を見送る親の気持ちが少しだけ分かった気がした。
その後の朝礼では家の事情で引き取ったアリスを職場に連れて来ている事を報告して、特に何も無く終わった。