世界の真実を知ってしまった魔法使いの話
「あたしはあなたなんか怖くないわ」
女の子がブルネットのかみをふわりとゆらして顔をあげて立ち上がりました。ぜつぼうの女王の前に女の子の仲間はみんなたおれ、女の子もぼろぼろです。けれども女の子は立ち上がりました。それはこの世界の人間でない自分を助けてくれたお友だちの為でもあり、ぜつぼうの女王に狙われた自分を守ってくれた騎士の為でもあり、ぜつぼうの女王と戦うと勇気をだしたこの世界の人たちの為でもあり、こころの国のせいでおかしくなっているという自分の世界の為でもあり、でもなによりもぜつぼうに負けたくない自分の心が女の子を立ち上がらせてくれました。
「大人しくひざをつきなさい」
ぜつぼうの女王は女の子が立ち上がっても気にせず言いました。
「みなあきらめました。ぜつぼうの前に、生きるのをあきらめました。ぜつぼうにはひれ伏すものです」「あなたもあきらめて倒れなさい。私が生きているかぎり、楽しくなんて生きられないとなげきなさい」
「いいえ」
女の子は言いました。ブルネットのかみと同じように黒いひとみは少しもあきらめておらず、強くかがやいていました。女の子が一歩進むたびに体を黄金にひからせているのに気がついたぜつぼうの女王はすこしだけあとずさりしました。
「ぜつぼうは、あきらめるためにあるんじゃないわ」
こちらに来るなという女王の言葉を聞かずに、女の子はかがやきながら歩みをすすめました。女の子の光は同じ部屋にいる仲間達をいやし、みんながまた起き上がろうとしています。
「あたしは知っているから、あなたなんか怖くないわ」「どんなにつらくても苦しくても」「ぜつぼうはあきらめるためにあるんじゃないもの」
どんどん強くなる女の子のかがやきは、ぜつぼうの女王を照らし光のきょうふにとうとう動けなくなった女王はどんどん光に飲み込まれていきました。
「ぜつぼうは人を成長させるためにあるの」「ぜつぼうは、乗り越えるためにあるの」「あたしは知っているからあなたなんか怖くない、乗り越えてみせるわ」
女の子の光と言葉でぜつぼうの女王は大きな声で叫ぶとともに光に潰されて消えてしまいました。同じ頃別の場所で戦っていた仲間達がぜつぼうの女王のまほう使いをまほうはんしゃの鏡で倒し、また別の場所ではぜつぼうの女王の戦士が女の子の仲間達から大きな岩を落とされてぺちゃんこにされました。
戦いはこうしておわりました。
でも女の子達も仲間も、終わったとまだよくわからなくてぼうぜんとしています。女の子の体のかがやきが落ち着くと、仲間の騎士さまだった人が、立派な王様のような姿になっていました。
「ありがとう、夢見の少女」
王様みたいな騎士さまが、女の子にひざをついてお礼を言いました。
「ぜつぼうの女王のまほうで私たちはいつのまにかすべてを忘れていきていた」「けれど今、なにもかもを思い出しました。私はこの国の王だったのです」「この国のすべてを代表してあなたにお礼を言います」「ほんとうに、ありがとう」
王さまの言葉に、女の子と部屋にいた仲間達はやっと本当に終わったんだと思いました。みんな、ぜつぼうの前に忘れていた本当の自分を思いだし、喜びとびはね女の子にたくさんの感謝をささげました。
「やったぞ!ばんざいばんざい!」「ばんざい!夢見の少女ばんざい!」
「なにこれ」
大きな男が細い男にここを読むように言われた本を言われた通り素直に読んで、素直な感想を伝えた。がちゃがちゃと黒い鎧を着こみ淡い金髪を短く刈り込んだ大男の青い瞳に見下ろされて対面に座る銀の髪を長く伸ばし黒いローブを着た細い男は大真面目な顔で答えた。
「これが我々、絶望の女王に仕える二人と、絶望の女王の最期だ」
「なにそれ」
戦士は魔法使いの言葉に素直にまた答えた。
「信じられないのもわかる。だけどこれが本当の話なんだ。我々は童話の住人で、最後には倒されるいわゆる悪役なのだ」
ふたりは向かい合ったソファに座って話している。場所は女王のお城にある魔法使いの部屋だ。剣の鍛練をしようと思って歩いていた戦士は魔法使いの使い魔に至急来てほしいと言われてやってきた。まだ昼前の事だ。
「別に疑ったりはしないよ、お前のすること俺はなにもかもわけがわからないし」「でも俺たちが最後には死ぬとして、それを知らせてどうしようって言うんだ?」
肩をすくめて言う戦士に魔法使いは難しい顔で言った。
「この本は、これからを占う未来の水晶にたまたまひっかかって取れたものだ」「水晶がこれがお前達の未来だとよこしてきたんだ」「私は私の魔法に自信がある、だから全てを信じ受け入れ、そして君を呼んだんだ」
「ふぅん?」
イマイチ魔法使いがどうしたいのかわからない戦士はどうも相づちが適当だったが、魔法使いは構わなかった。
「生きたいとは思わないか?」
真剣にこちらを見つめる魔法使いを見ながら、戦士はやっぱり素直に返した。
「どうやって?女王に言うのか?これから俺たちは予言されている夢見の少女が本当に現れて倒されますって」
「女王には言わない。言ってももう私たちの言葉が届くとは思えない」
絶望の女王はブルネットの長い髪をした白い肌のとても美しい女性ですが、心の国と呼ばれるこの国に君臨して全てを絶望させる事で頭がいっぱいで誰の話も聞かない人です。
「まあそうだが」
じゃあどうするんだという顔の戦士が、魔法使いの生きたいという言葉につきあってくれたのだと魔法使いは受け止めて演説するように立ち上がった。戦士は変わらず座ったままで魔法使いを見上げている。
「まずこの本だ」「意味はわからないだろうがとりあえず聞いてくれ、この本はいわゆる夢見の少女の国で言う20世紀初頭に書かれた教訓が含まれている児童書だ」「その本で我々は嘘つき、暴力といった人にしてはいけないものの象徴で、だからこそ最後は正しいものに倒されてしまう」「つまり、子供の教育に良い行いをすればいいんだ」
「俺たちが?」
戦士も魔法使いも絶望の女王の配下である。今さら子供の教育に良いと言われても手遅れもいいところだろう。
「別に善人になる必要も女王を裏切る必要もない。私たちは今は作品にいない存在だ」「主人公、夢見の少女にだけ良い人間であればいいだけさ」
「そんな簡単にいくものか?」
「そればかりはやってみないとわからない。でも他に方法はない」「私たちは童話の悪役でページがすすめばたっぷりの教訓とともに破滅する」「それなら教訓にそった正しい人であればいいんだ。主人公の前で」「物語とはそういうものさ、主人公の世界しか存在しない、だから主人公に逆らわなければ問題が無いはずだ」
「まあお前がそうだって言うならそうするしか無いか。今までもそうだったしな」
うーんとイマイチ作戦が具体的によくわからないらしい戦士が膝に頬杖をついて受け入れた。
「ありがとう、わかってくれて」
「どういたしまして」
「お話はそろそろ始まる。女王の配下がもうすぐ知らせを持ってくるはずだ。まどろみの森に夢見る少女が現れた、と」
魔法使いが言うがはやいか、窓の外をガーゴイルが大騒ぎしながら飛んでいき、女王のいる広間の窓に飛び込んで行くのが見えた。
「あれか」
戦士が感心したように言って立ち上がった。
「そうだろうな」「始めるぞ、私たちの生きるためのお話を」
二人は女王の間に来るようにと言う使いが来るより先に部屋を出て、未来のために歩きだした。