第6話:担当エリア視察
確固たる決意をした私は、王様業に本腰を入れることにした。
元営業マンらしく担当地区の正確な現状確認をするべく、マレーナに断りを入れクリフに来てもらい、ティーナやカティが『何事が始まるのか』と見守る中、国内整備の資料作りに取り掛かった。
「まず食べ物なんですが……城内で食べてた物、今朝のパンに使ってる麦とか野菜は育てて収穫しているってことでいいですか?」
「左様で御座います。実際には戦争の為働き手が減少したり、畑が痩せて収穫される量が減ってきていますので、ベルガー公国等から買い足しておりますが」
働き手が足りないのは屯田制でも導入しようか、しかし兵力としての質の低下も懸念されるので保留。
畑が痩せた件は見てみないとなんとも言えない。
現在では、作物の発育不順で低下してしまった収入を確保する為に、二毛作をしている所もあるらしい。
「農耕用の牛だか馬だかの餌はどうしてるんでしょう?」
「農耕には馬を使っております。そして恐らくはですが、周辺の雑草でも餌にしているのでしょう。それも出来なくなってくれば馬を売り払い、耕すときは自分でやるか他の農家から馬を借りてくるという話も聞いた事が御座います」
恐らくは三圃式や輪栽式、肥料の開発等新農法が必要になってくる。
学校の授業と農家である新潟の親戚の手伝い、営業先の農機具メーカーの話等、中途半端な知識だけで技術がない。
この辺は知ってる知識を纏めて草案にして試験するしかない。
次は工業だが、工業に付いては一部若手の就労者が前線に借り出された場所もあるが、それよりも軍需製品の製造の為に、産業自体は活性化していると言っても良いらしい。
「商売とかはどうなんでしょう?」
「物価が不安定ですので、余り繁盛はしていないようで御座いますねぇ」
物価の上昇や不安定だったりする為に客足が途絶え、経済自体が衰退しているようだった。
国家組織としては王家が全てを統括している。
王城には執政機関があり定期的に年に1回、臨時的に年に2回程、地方を代理統治している貴族も含めての報告会が開かれる。
その際に代理統治に関して指示を与えるらしい。
軍組織は王国軍団が第1から第10まであり、一つの軍団が凡そ2000人程度で構成される。
凡そ100人を統括する百人長が20人程おり、その上には1000人を統括する千人長が2人、その2人に指示をだすのが軍団長であり、通称では将軍と呼ばれる。
この千人長と将軍は現在は貴族が務めており、その将軍の中から王が選抜し委任した大将軍が居る。
「どういう兵隊がいるんです?」
「種類は重装騎兵、軽装騎兵、弓騎兵、重装歩兵、歩兵、弓兵、法兵といった具合で御座います」
法兵というのが馴染みがないが、魔法を使い味方を支援したり、敵に対しての魔法攻撃をする兵だそうだ。
軍については門外漢な為、かじり程度に知っている知識を提案という形で示してみるのが良いだろう。
とりあえず思い浮かぶ疑問を全て聞き終え執事長のクリフに礼を述べた。
現状と問題点をノートにまとめ、腕を組んでいるとティーナとカティが不安げにこちらを見ていた。
「どうしたの2人とも?」
「いえ……」
「なにか解決策はあるの?」
「上手く行くかどうか分からないし、問題点も実際見てみないとはっきりと判断出来ないからなんとも言えないけど、いくつか考えている事はあるよ」
カティとティーナ、特にティーナは自分達の国を何とかしたくても何も出来なかったのに、この世界に訪れてから1ヶ月も経っていない私が、不確定ながら対応策を打ち出した事に驚いているようだった。
「ちょっと話を聞いた私も当然2人も、この国の問題点というのは分かると思う。人手不足と農作物の収穫量の低下、街での売り買いが少ないのと国が財政難って事だよね?」
「そうね」
「まず人手不足については、あらゆる作業の効率化を図るのと、別分野からの救援を送るって方法があるね。兵士達に日ごろは農作業に従事させるって方法もあるし、それが難しいなら農業での繁忙期のみ手伝いに向かわせるって事も出来るよね」
兵士が農作業をするという事について難色というか、可能なのかという疑問を浮かべていたようだったが、農作業は体力強化に繋がる面もある事を説明すると、その表情からはある種の希望を見出しているのが伺えた。
「収穫量の低下については、実際に見て聞いてその上で試験するしかないね。新しい方法が無いわけじゃないけど、その方法が使えるかどうか試さないと」
全てを説明するのは時間が掛かるので保留し、次の件について話題を切り替えた。
「街の売り買いについては、適正価格での安定供給という一言に尽きるんだ。売り買いの事はいろんなことが絡んでくるけど、簡単に言えば街の皆がちゃんと給金をもらって、店に並ぶべき食べ物や日用品が沢山出回ればドンドン発展していくんだよ。財政難の方は収入を増やせばいい、税金で増やすのは街の人の生活が成り立たなくなる。お金を発行するには金が大量に必要だし、銅貨でそれをやったらお金の価値がもっとさがってしまう。なので他国に物を売るしかない、売れるものを幾つか考えているけどこれも要試験っていったところだね」
知識という名の情報があるだけで、コレだけ選べる選択肢がある。
農業についてもっとしっかりとした情報があれば試験せずに導入出来るだろうし、他国の情報があれば需要がありそうな商品を絞り込める。
営業でも国家運営でも情報が大事だという良い例だ。
その日は資料のまとめに終始し、翌日より行動を開始した。
「出てきて大丈夫だったの? 王女様なんだよね……?」
「なに言ってるのよ……ケイスケだってある意味王子じゃない。それにお母様には断ってきたし、そもそもお母様自身が『是非とも同行させてもらいなさい』っておっしゃったのよ」
「あぁ、まぁ……そっか、王子になるのか」
王子などとまったく実感が無いので困惑しきりだった。
しかしマレーナがティーナに同行を推奨するというのは、国家運営の勉強をさせたいということもあるのだろうか。
街に繰り出すと風景も珍しかったが、街行く獣人の方々が目を引いた。
「獣人だねぇ……」
「珍しいの?」
散々話で情報は得てきたのだが、やはり視覚情報というのは大きいらしい。
異世界である事を実感しつつゲンナリした呟きが漏れると、ティーナが心底不思議そうに尋ねてきた。
「まぁ……」
力なく答え意識して市井の有様を記憶していくのだが、正直獣人の方々が怖い。
アニメや漫画で見る分には格好良かったり可愛かったりするのだが、リアルで顔がライオンだったりするのだ。
自分は本当にやっていけるのだろうか等と考えながら、顔は人間でウサギの耳だけ生やした女性に癒された。
最初は飲み屋さんの従業員かと思ったが獣人らしかった。
「ちょっと止まって下さい」
馬車は暫く走り続け、王都から少し外れた農村へと差し掛かったところで馬車を止めてもらった。
カティの話では草花が芽吹く頃が1月で、現在は2月だそうで地球でいうところの5月だろう。
春蒔きの麦だろうか、大麦か小麦かは知らないが稲のような尖った芽が見えている。
馬車を降り畑の土を手でかき混ぜてみたが、褐色で水気が無く砂のようだった。
ミミズなんかは早々頻繁に見つかるものでもないが、それにしても土中の虫が殆ど居ない。
遠くを見ると馬が放牧されており、堆肥を保存するような小屋も見当たらない。
恐らくは糞がそのまま肥料になっているのかもしれない。
とりあえずその日は近隣の農村を見て回り、畑、空き地、湖、池、川や林等、大凡一般的なものを観察し、農作業をしていた農夫に話を聞いたりした後王城に帰還した。
「いやぁ〜……予想以上に疲れた」
「お疲れ様でした、顕現者様」
「あぁ〜そろそろそれやめようよ、お願いだから」
「ですが……」
やはり立場の違いと言うのは大きいようで、中々納得してくれなかった。
「どうしても差をつけなきゃならないという事なら圭介様とか、この際そういうのでもいいからさ」
「畏まりました。では……ケイスケ様とお呼びさせて頂きますね」
最終的には困ったように苦笑いしながら了承してくれた。
さてそれは兎も角、私は国家再建案を纏めなくてはいけない、欧州に似ているのだから昔学校で習った輪栽式等を導入すればいいのかも知れないが、どうしたって休閑地を作らなきゃいけない。
日本式を導入するにしても肥料の問題がある。
どちらにしても、試験と観察と導入というプロセスが必要な為時間が掛かってしまう。
その辺は仕方ない部分もあるのだが、問題は切迫した今の状況をどうするべきかという事。
「? どうなされたんですか? あ、あの……?」
「…………あ、いや、なんでもないよ」
カティの姿を眺めながら考え込んでしまった為、カティを困らせてしまった。
国内の農法を一新しようと思ったら、公的基金による支援が必要だ。
その金を捻出する為には収入を増やさなくてはならない、税率を上げるか税金を払う人間を増やすか、他国との貿易による収入か。
前者二つが無理なら他国に対して何を売るか。
元営業マンなので物を売ることに関しては多少の自信はあるが、まさか自分で売るものを探す事になるとは思わなかった。
ある程度構想はあるが、一つの事に国の命運全てをかけるわけには行かないので、農法も含め並行的に作業を進めなくてはいけない、それらの初期費用をどうするかはマレーナに聞いて見るしかない。
「今マレーナ王妃はどこにいるだろうか?」
「王妃様ですか? この時間ですとまだ執務室にいらっしゃると思いますが」
カティに先導され執務室を訪れると、マレーナが書類と格闘していた。
「あら? 圭介様いかがなされたのです?」
「実は私自身でも国内を見て周り、拙いながらも国家再建案を纏めてみたんですよ」
「まぁ!? それは本当ですの!?」
「……え、えぇ」
マレーナの驚き様は尋常じゃなかった。
少し腰の引けた私だったが、椅子を進められたのでそこに座り書類を取り出した。
マレーナが興味深々に覗き込んだのだが、日本語で書かれている為読めずに少しがっかりしていた。
「それで……どういった方法ですの?」
「えぇ……簡単に言えば農法の改革と輸入する商品の開発です」
カティが退室した後草案を聞かせ、議論を重ねた上で算出された初期投資費用が捻出可能か尋ねた。
「そうですわね……この第2案程度の費用なら可能ですわ」
「それではその規模で試験運用してみますよ」
「よろしくお願いしますわね。……それと圭介様、婚約披露会を5日後に行ないたいのですが……」
一瞬身を硬くしたが、マレーナに気を使わせまいと平静を装い了承した。
この後は関係部署へ要請のため挨拶に向かって部屋で休む心算だったが、ティーナと話をする必要がありそうだ。
「お忙しい中すみません、ハイドフェルド将軍」
「いえいえ、ようこそおいで下さいました、顕現者様」
私は労働力として兵士を借りるべく、エルンスト・フォン・ハイドフェルド将軍の下を訪れた。
自分の体が小さくなってしまったせいもあるのかもしれないが、ハイドフェルド将軍の体はやたら大きく、その顔も髭を生やしており雰囲気的には『三国志の張飛』といった感じだった。
しかしその物腰からは『猪突猛進』等と言う印象は受けず、欧米だからなのか執事長のクリフと同じく紳士的な雰囲気をかもし出していた。
貴族には地方を代理統治する地方貴族と王都に住み王国の運営を補佐する中央貴族、そしてハイドフェルド将軍の様に軍を指揮する軍人貴族が存在する。
ハイドフェルド将軍は軍人貴族として伯爵号を持ち、先の国境付近で行なわれたバーゼルト会戦でも第6軍団長として参戦した。
しかし出兵した第1から第8軍団のうち最も損耗が激しく、現在は他軍団への編入の話が上がっている。
「実はハイドフェルド将軍に折り入ってお頼みしたい事があるのですが……」
「えぇ、マグダレーナ王妃様よりお話は伺っております」
ハイドフェルド将軍は親王派として知られているらしかった。
マレーナの下から直接此処に向かったわけではないのに、既にマレーナから話は届いているらしかった。
『親王派の軍団が最も損耗率が激しかった』という部分にいささか人為的なものを感じないでもないが、今は兎も角も要請が先だ。
「もとより王国軍は王家の軍、要請があれば何事であろうと従いましょう。そもそも我が軍団は損耗激しく、軍団として機能は致しません。見えない壁のお陰で戦争もしばしの間は起こらないでしょう。兵士達も、自分が食べるパンの為となれば厭う者もおりますまい」
「そう言って頂けると大変助かります。ただハイドフェルド将軍にはもう一つの意味も知っておいて頂きたいのですが……」
「ほぅ……? もう一つの意味ですか?」
そう、この要請にはもう一つの意味がある。
この国は王家の正当性を大儀に掲げ、敵国であるローゼンバーグ皇国はヘレナ神の教えという大儀を掲げている。
兵士を指揮する者は貴族としての矜持を掲げ、それらに指揮される兵士達はそういう戦い方しか教わっていない。
騎士道と似た思想なのか全軍が正面に向かい合い、馬鹿正直に正面決戦をするというのが一般的な戦い方だった。
兵士の数が劣っているのなら質を上げるか戦い方を変えるしかない、今回は新戦法を提案したのだ。
その内容というのは、要所に対する攻略、伏兵、陽動、罠の設置など少人数でのゲリラ戦だ。
それらを示すと流石に難色を示したのだが、正々堂々なんていうのは考え方の一つでしかない事を説明した。
「例えば将軍、私が居た所ではこんな考え方があります。女性と食事中に野暮な者達に絡まれたら謝ってしまえと」
「それはまた……こう言っては失礼ですが……なんとも卑屈な考え方ですな……」
自分よりも上位に位置する人物が居た場所に対する評価だったので、将軍は若干言い難そうだった。
「そうですね。男らしく颯爽と野蛮な者を倒せた方が凛々しいと思います。しかし傍らには女性が居るわけですから、被害がその女性に及ぶ可能性もあります。だから男として一番優先させるべきは女性の安全であって男達を倒す事ではない、という考え方です」
「ふむ……女性と同じように争い事を嫌う民の為には貴族の矜持は忘れ、卑怯と言われようが民の生活を護れ……という事ですか……成る程道理ですな」
全てを説明する心算だったのが、話の前半部分で理解されてしまった。
「え、えぇ……それでも嫌悪感を拭いきれないと言うのであれば、理不尽な侵略に対する迎撃のみにその戦法を行使するというのでも構いません。もっとも、そういう戦い方もあるという提案だけで、具体的にというのは戦争の専門家ではないので私には分かりませんが……」
「……了解しました。こちらでもそういった悪巧みが得意そうな人間を探しておきましょう。ははは……貴族だ騎士だと言っても、男は元来悪戯が好きですからな、1人や2人はおるでしょう」
そういってハイドフェルド将軍は、悪戯を思いついた子供の様に笑い出した。
その後私の話が気に入ったのか雑談を続けた。
『能ある鷹は爪を隠す』という慣用句を痛く気に入り、同じような言葉はもっと無いのかという言葉に『負け犬の遠吠え』という言葉を教えると、何を思い出したのか大笑いを始めてしまった。
「それでは将軍、そろそろ私は失礼させて頂きます。要請を受諾して頂いた件、改めて感謝します」
「いや顕現者様、なにを気に掛ける必要はありませんとも。しかし、思いもかけず楽しい時間を過ごさせて頂きました。これから私の事はエルンストとお呼び下さい」
ファーストネームを呼ぶ許しを得た私は、エルンスト将軍の下を辞してティーナの下へと向かった。
婚約やその後に控える婚姻について本音で語り合う為である。