閑話:新たな主(カティ視点)
顕現者様が私の前に現れたのは、王妃様が何処かへ慌てて出立して行った次の夜明け前の事でした。
部屋に運び込まれた顕現者様は、黒い髪が特徴的な男の子でした。
見た事もない荷物も運び込まれ、お召し物も珍しい生地でしたが、どうして大きさの合わないものを身につけていらっしゃったのでしょう、背伸びでもしたかったのかなと少し失礼な事を思ってしまいました。
「顕現者様が目を覚ましたら、わたくしに報告してちょうだい」
「はい王妃様」
どうやら暑くて寝苦しいのか、寝汗をかいてらっしゃったので拭っていると、何かを呟きながら起きたようでした。
「お気づきになられましたか?」
「え? あ、あぁ……はい」
初めての会話は要領を得ず、キョトンとした顔は笑ってしまいそうでした。
そんな失礼な印象ばかりを持ったのですが、どうやら顕現者様は王女様のお婿様、つまりは王様になられるそうで、より一層お仕えする際に粗相の無い様にと気を引き締めました。
しかし、王妃様との話が終わった後の顕現者様はどこか儚く、余りにも弱弱しい印象を与えていました。
求められる物も尋ねられた物も良くわからず、期待に添えなかったと悔しい思いをしたのですが、突然お倒れになられ、駆け寄ってお体の具合を尋ねようとしたところ、涙を流しているのを見つけてしまいました。
私は男の人が泣くところを始めて目にしとても驚いたのですが、隣に居た私にもその悲しみが伝わって来そうな程悲しそうに涙を流すその姿を見て、王妃様とどんな話をしたのか、その話が原因だったのか、はたまた別の何かなのか、顕現者様が何によってこれ程悲しみを感じてらっしゃるのかが気になりました。
それと同時に、私はメイドとして何かをしなければならないという思いに駆られ、後から考えると大変失礼だったのかもしれませんが、私が泣いた時にお母様にしてもらって嬉しかった事、つまり頭を抱えて胸に顔を埋めさせていました。
「……なんというか……申し訳ないというか……ありがとうというか」
「いえ、お気になさらないで下さい」
暫く時が経つとそんな言葉を掛けて下さりながら立ち上がり、その顔には未だ若干の陰りは見受けられるものの、幾分か元気を取り戻して頂けたようでした。
それからというもの、私の勝手な思い込みかも知れませんが、心から私を必要としてくださり、メイド冥利に尽きると他のメイドにも少し自慢をしてしまったりしましたが、流石にコレはナイショです。
お茶を用意したり、歴史の話を所望されたりしながら日々を送り、意気揚々と顕現者様の下へ向かったある日、王妃様に呼び止められました。
「おはよう御座います王妃様」
「おはようカティ、それで最近の顕現者様のご様子はどう?」
王妃様と言葉を交わすというのは、メイドの中では憧れであったり、ある種自分の能力が認められたという事を示すものだったりという見方があります。
「は、はい……最近は微笑みを浮かべたり声を出して笑われたりなさる事が増えたように思います」
「そう! それは良かったわ」
そういう事なので、顕現者様の専任を仰せつかった時にその機会が度々訪れるかもと期待しては居ましたが、いざその場面に立ってみると緊張してしまいました。
そして私の返答に喜んでくださったのですが、少し気にかかる事があったのです。
「ただ……」
「ただ?」
「はい……なんと言いますか、一人になるのを怖がっていると言いましょうか……笑顔の中にも少々陰りがあるように見受けられるのですが……私の家の近所に寂しがり屋のアンナという年下の女の子が居たのですが、丁度その子と雰囲気が似てる感じがしました。男性なのにおかしな事ではございますが……そう、寂しがっているというのがピッタリの印象を受けるので御座います」
「そう……」
「どういう事なのか私には分かりかねますが、顕現者様がお持ちになっていた道具の事等を御説明なさる時にそう言った印象を強く感じました」
「……貴女に任せて正解だったわね。これからはティーナにも時間を作らせて顕現者様とお話をするよう伝えておくわね、貴女にも負担が掛かるでしょうけどこれからもお願いね」
「は、はい! 誠心誠意努めさせて頂きます!」
大変嬉しいお言葉を賜り、恐悦しながら舞い上がってしまいました。
「ふふふ、本当にありがとうカティ」
「い、いえ! 私なんかで本当に良かったのかと思っておりますのに、勿体無いお言葉に御座います! お気に為さらないで下さい」
舞い上がった次の瞬間には恐縮しすぎて固まってしまいました。
そんな慌しい朝の遣り取りを終え、右手と右足が同時に前に出てしまうほど緊張で身体に変調をきたしていたのですが、顕現者様のお部屋に入室すると、それ以上の衝撃が私を襲いました。
「おはよう御座います、カティさん。唐突では御座いますが私の先生になってください」
「ふえっ!? 私がですか? 一体どういった……?」
目を白黒させてその内容を尋ねましたが
「はい、話は出来るようなのですが、その辺の書物に目を通したら文字が読めない事が判明しました」
「はぁ……左様ですか……」
事と責任の重大さに押し潰されそうでお腹が痛い、本当に私なんかで宜しかったのでしょうか、王妃様。
なし崩し的にというか強制的というか、恐れ多くも現顕現者様で未来の王様の先生になってしまった私。
何をし始めるのかと思ったら、文字の練習を砂で行なうという、市井に暮らしていた私なんかよりも財布に優しい未来の王様。
色んな物に興味を示され、色んな事を質問投げ掛け、その見識や考え方に畏敬を感じさせる王様。
ある時は日時計を作り始め、不思議に思いながらも微笑ましく眺め、星見の杖に案内すると日も高い昼間なのに、関心しきりに覗き込み『ゴメン、日を見すぎて何も見えないから少し待ってくれ』等と可愛らしい部分もある王様。
それでも常にお顔には陰りが見えて、その陰りを何とか取り除いて差し上げたいと考えていたのに、ある時お話になられたその内容に、あの時流した涙と泣き顔に納得しながらも驚きを隠せませんでした。
日々のちょっとした事や色んな事に対する考え方を見て、大人であると感じてはいましたが事実大人だったのです。
確かにあの涙は子供が流すような涙ではありませんでした。
別れには色んな原因があります。
単に振られた場合、親の転居等で離れ離れになる場合、親の取り決めで婚姻する相手を決定されてしまった場合、戦死、事故死、病死等の死別、そして顕現者様の様に奇跡と言われる力によって二度と会うこと適わぬだろうという場所にまで引き離されての別れ、これらの別れの中で一体ドレが一番悲しいのでしょう。
「カティで不明な事があれば私が教えて差し上げるわよ」
そう言って部屋に訪れてくださるようになった王女様。
王女様が来て下さった事で、顕現者様もより一層元気になられたようでした。
しかし、貴族ではない私にはもう一つ気になる事があるのです。
あんな涙を流す程、心の中はその方で満たされているのでは無かろうかと思われるほど、彼の地の女性を慕っている顕現者様と王妃様の命令で婚姻する王女様。
顕現者様のお気持ちを存じ上げているご様子、そんな状況の中で王女様はどんなお気持ちなのでしょうか。
私は顕現者様の様に強い愛情を感じた事はありませんし、王女様の様に貴族でもないので、婚姻に関して親が全てを決めるような立場の家族でも有りません。
お二方のお気持ちを正確に察して差し上げられない事が心苦しいのです。