第5話:王への覚悟
幾日か過ぎてからカティによる書き取りテストに合格し、それと同時に用済みとなり始めた学習砂箱をベランダに設置、中央にペンを立てて日時計を作った。
それと言うのも、日の出が1日の始まりで1日が12時間という大雑把さだった為で、12時間という言葉で24時間にも対応させられるだろうと考えたのだ。
その為、作った日時計で自分の腕時計を正午で合わせると、暦についてもカティに質問した。
7日で一週間、4週間で1ヶ月、12ヶ月で1年という計算で1年が336日という事に驚いた。
異世界だから驚く必要は無いのだが、太陽はあるし月はあるし、人々の暮らしぶりは中世欧州だったので、時折見かける異世界らしさというのに驚かされるのだ。
その話の流れで王城の中庭に案内されたのだが、輪が付いている長さの違う幾つかの金属の棒が建っていた。
現在は余り使われていないらしいが月日を観測するものらしく、合計28個の輪っかで円を形成する長い棒と輪っか一つの短い棒、合計12個の輪っかで円を形成する長い棒と輪っか一つの短い棒、それぞれが一セットで機能するらしい。
夜に輝く星の中には、1ヶ月や1年で綺麗に円を描くように移動する星があるらしく、短い棒から長い棒を覗き込んだ時、その星がどの輪の中にあるかで月日が分かるらしかった。
そんな日々の雑事をこなし、気がつけばこちらの世界に来てから2週間が経過していたが、その間起きている時に一人で過ごすという事が殆ど無かった。
最初の4〜5日は常識を知らない為の介護という意味合いが強かったが、初日に泣いてしまったのと自分の事を心情も含めた上で説明した為だろう、カティは自らが一緒に居ようと心がけてくれたし、ティーナがしょっちゅう訪れるようになった。
ティーナの王女という立場を考えると、恐らくはマレーナの指示か承認があったのだと思う。
カティやティーナと共に過ごす時間が増えた事で他人行儀が薄れていき、昔の自分を思い出し暗い気持ちになるという事が徐々に減っていった。
これには、カティもメイドとして色々と気配りしてくれたし、意外な事にティーナも色々世話を焼いてくれたお陰だと思う。
「ホラ! 首元はしっかり絞めなさい!」
「ぐえぇ! く、苦しい……です」
「まったく……身だしなみはきちんとしなさい!」
「す、すみません」
今日は各種族についての講義だったのだが、ティーナが現れると挨拶もそこそこに怒られた。
高貴な方々の服だからだろうか、どうにも服が着慣れずやたらと堅苦しいので着崩していた。
営業で培った交渉術を駆使してカティを説得、渋々了承してくれたのだがティーナには通用せず、叱責されながら服装を整えると、ようやくティーナも落ち着き講義が開始された。
「どんな種族が居るかに付いては聞いているんだったわね」
「はい」
「それでは始めるわよ」
人類やその他の種族が暮らしていた場所というのは、現在はガリア帝国が支配する北西の大陸だったらしく、竜種についてはハッキリ断言できないが、創世期の時代から既に、東の大陸とワンド島(ガリア帝国大陸と東の大陸の間に存在する)を占有していたらしい。
暗黒期になると竜種以外の種族は固まって暮らし始め、小さな村だったものが街や都市になり発展していった。
山間部をドワーフが、森林部をエルフが支配し、平野部を獣人が海岸部を海洋族が支配するようになると、身体能力的に一番の弱者である人類は、実りの少ない痩せた土地に追いやられるようになった。
生活が苦しかった事で人類は大陸外へと安住の地を求め、現在のガリア帝国大陸とローランド大陸の間にある、比較的大きな島であるヨーク島を発見し移り住んだ。
「外洋に出たのは海洋族が初めてじゃないんだ?」
「そうね、種族の名は便宜的に海洋族と呼んでいるけど、どちらかというと内海が行動範囲ね」
人類は対立種族が居なくなった事で繁栄を極め、遂には外洋船を建設しローランド大陸を発見するに至った。
そして人類がローランド大陸とヨーク島に生活基盤を作り上げた頃、大陸内に魔族と呼ばれる種族が発生し始めた。
「あら? 最初から居たんじゃないんだ」
「えぇ」
魔族の発生起源に関する文献は残っていないらしいが、その発生要因は調べられていた。
憎悪等の強い負の感情に支配されると、悪魔だかなんだか知らないが頭の中に四六時中囁きが聞こえるらく、その内容というのも、負の感情を持つに至った原因を刺激して、感情に素直になれば力を与えるぞ的な誘惑を語りかけてくるらしい。
種族の違いに関係なくこの現象は起こり、その囁きに身を委ねてしまうと魔族化が起こるらしかった。
この魔族化を『堕転』と呼ぶらしいが、堕転が起こると顔も含め全身に黒い文様が浮かび上がるらしい。
どんな文様なのか尋ねたのだが2人ともよく分からないらしく『分からない事があればクリフに聞け』という城内の格言に従い、執事長のクリフを探し出して書いてもらった。
全ての魔族が同じではないらしいが『微妙に違うだけでコレと似たようなもので御座いますよ』そう言いながらクリフが書き上げたのは、地球で言う所の刺青のトライバルという模様に酷似していた。
「この文様が浮かび上がる他は外見的変化はありませんが、身体能力と魔力が向上するようで御座いますよ」
「ん〜……私も堕転する可能性があるのでしょうか?」
「どうでしょう……私には判断付きかねますが……顕現者様ですから無いとも言えますし。人だから有るとも言えますし……」
流石に全身トライバルは勘弁して欲しい、温和な顔にトライバルの刺青など似合わないことこの上ない。
その他にも魔族になると攻撃性や残虐性などが高くなるのと、万人に対して攻撃的になるので元種族と生活を共にする事は困難となり帰属意識は下がる事。
強いものには従うという力による支配社会を作り、魔族でも種の繁栄という本能はあるのか、他と同じように結婚し子を産むのだそうだ。
そして驚く事に『帰転』というらしいが、身体能力と魔力の向上というプラスの要因のみを残し、魔族から元の種族に戻る方法があるという事だった。
祭壇に魔方陣を描き対象者をその中に立たせ、術者によって精神に作用する魔法を3日3晩掛け続け、同じく3日3晩対象者を心配する親族や縁者達が語りかけ続け、見事対象者が頭に響く囁きを振り払い、自分を愛する者達の声に耳を傾ける事が出来ると、薄く残りはするが文様が消え、同時に残虐性等も消えて復帰を果たすのだという。
「帰転した人たちに対する迫害とかないんですか?」
「堕転というのは忌諱されていた事なので昔はあったようですが……今は帰転した者自体が少ないですし、堕転した原因も魔族に対する恨みからというのが殆ど……帰転を果たした後は、帰転の儀式に参加した縁者に尽くす者達ばかりなので、今は迫害というのは恐らく無いでしょうなぁ」
クリフがそういって話を締めくくったので、礼を言って部屋に戻る事になった。
部屋に戻る道すがら、ティーナからその他の種族について簡単な説明を受けた。
「魔族の話が長くなってしまったけど、他の種族も簡単に説明するわね。魔族の勢力拡大で、真っ先に海洋族が追いやられて現在の諸島に避難、次いでドワーフとエルフや獣人も徐々に後退していって、遂には人類に助けを求めてヨーク島に移り住んだわ。当初は反対意見があったらしいけど、対魔族戦を考えれば味方に付けて置いた方が良いって事になったんでしょうね。それで徐々に後退していって最後には負けて奴隷の扱いを受けた。その後独立を果たしてそれぞれの国を建国、獣人のみは人と共に暮らす事を宣言した。貴族として純粋な種は居るけど、殆どの獣人が人類と生活を共にしたわ。王城で働く者達の中にも獣人の血が入っている人は居るだろうけど、獣人の特徴が色濃く出た人は兵士になってるわね。まぁ街には普通に居るだろうけど……それで街の中にはエルフとかドワーフも居るんだけど、結婚は同属同士って意識が強いから、商売はしてても永住する人は少ないわね。そう言った事で王城の中では一部人間の貴族と結婚したエルフとかがいる程度、殆どは外交官の館に居るわね」
「ふむ」
説明が詳しかったので特に疑問もなくすんなり理解できた。
そんな説明が終わり、3人で雑談しながら部屋に向かったのだが、なぜか話の流れで年齢の話題になった。
「そういえば私の年齢は一体何歳になるのかな?」
「「え?」」
2週間も経ってから今更という感じもしないではないが、色々と慌しすぎて自分の外見年齢を意識する暇など無く、生活が落ち着き始めた今になって気になりだしたのだ。
マレーナはたまにからかって来るが、基本的には成人男子として扱ってくれる。
カティは私の専属になったので、年齢云々の前に『従うべき人物』としての扱いだった。
ティーナはイマイチ接し方に苦慮しているのか、ケースバイケースでその対応を変えてくる。
クリフはたとえ30代だろうが10代だろうが対応は変えないだろうと思う、クリフにしてみればどちらも従うべき存在として扱うだろうし、年齢だけを考えても子供か若造か位の差でしかない。
「確かにハッキリさせた方がいいわね、お母様に対応を尋ねるので付いてきなさい」
ティーナはそう言って踵を返すと、ズンズンとマレーナのもとに向かいだした。
慌てて付いて行きマレーナの所にたどり着くと、私の年齢に対する意見を求めた。
マレーナがいい機会だからと何歳が良いのか、自分自身は何歳だと思っているのか、身体的特徴を考えると何歳なのか等を尋ねてきた。
「詳しい説明は省きますが、私の人種は総じて身体が小さいのです。ですからこの位の身体の大きさでも、恐らく15〜6かなぁと思ってます。何歳が良いかというのは20歳以上、何歳だと思うかというのは正直分かりません」
「ん〜……それでしたらティーナと同じ18歳にしましょう」
「ええ!」
夕飯のおかずを決めるが如く、少し悩んだ後に簡単に18歳に決定してしまった。
ティーナはどういう意味での驚きなのかは分からないが、納得していない事だけは見て取れた。
正直私としても若返って嬉しいというのと、社会人として積み上げてきたものが消え去った、という一抹の寂しさとを同時に感じ、一言で表すなら『微妙』だった。
「どの年齢ならどう不都合かがさっぱり分かりませんので、それで構いません」
子ども扱いは嫌だし、かと言ってこの身体で30代は有り得ないだろうという思いもあったので、特に反対する事も無く了承した。
「それならば何時婚約や婚姻を内外に示しても、年齢的な問題はありませんわね」
「……それはまぁ」
結婚の話になるとどうにも表情が暗くなってしまう。
この世界に来て2週間、昔の自分と決別しろと言う方が無理がある。
過日、たまたま一人になり砂に文字を書きながら空腹を感じた時、ゴハンと味噌汁と煮物を思い浮かべた事があった。
そうやって以前の生活を思い起こすと、必ず最後には家族や友人や優子の顔が浮かび精神的に不安定になっていた。
今こうして自分に出来る事を探しているのも、マレーナに『顕現者』という名前を利用するという利害が絡む思惑があるにせよ、扶養されているのが申し訳ないというのと、何かしていないと精神的に破綻してしまいそうだったからだ。
私の表情が暗くなったのを見て取ったのだろう、マレーナが申し訳なさそうに言葉を発した。
「圭介様……王家として心苦しく、そしてとても話難い事なのですが……圭介様には公人として過ごして頂くしか道はないのです」
「…………」
「王家としての力が及ばなかったのが原因だというのも重々承知しております。その事を恨ましく感じるのであれば、わたくしを恨んでくださって結構です」
「……いえ、恨んだりなんかはしませんが……」
感謝こそすれ恨むなどという事はありはしない
「そう言って頂けると助かります。圭介様……わたくし自身としても本意ではないのです。しかし、戦場において闇夜を照らす光や、害意を遮断する見えない壁等の奇跡が起こり、その奇跡の最後に圭介様が現れ、人々から『顕現者』として祀り上げられた今となっては、たとえ私達王家が自由を約束したとしても、それぞれの思惑を抱える貴族や他国の人間などが放置するはずもありません。私やティーナは圭介様のお話を伺い、あの奇跡が圭介様が起こしたものではない事は知っています。ですがあの戦場に居た兵士やそれを伝え聞いた市井の者達は『顕現者様が奇跡を起こした』という風に伝わっているのです」
あずかり知らぬ所で自分が偶像化されているというのも妙な気分だった。
それは兎も角、自分でも有る程度予想はしていたがマレーナが私を保護した理由は、求心力を得る為に『顕現者』の身柄の確保という意味と、本来の意味での私の身柄の保護だった。
私は何も知らなかったのだから『帰る方法があるので指示に従え』等と甘い言葉を投げ掛ける事も出来たのだ。
それをせずに誠実に私に向き合い、衣食住の他に身の安全の確保すら世話になっていた。
『頑張れば帰れるはずだ』なんて楽観的になどなれやしない。
かといって『王になってハーレム作ってやる』等と簡単に気持ちを切り替えられる程強いわけじゃない。
しかし、もうコレばかりはどうしようもなく手も足も出ない、何度でも自分に言い聞かせよう『二度と日本に帰る事は出来ない』と。
だから仮初の王になる事に本腰を入れよう。
そして出来るだけ早く権限を手に入れて、ティーナの本心を聞き出そう『誰か好きな人はないのか』と。
もし愛する人が居るならば祝福し、愛し合う2人を国中に売り込もう。
営業マンの口先と、王としての権力があれば買ってくれるはずだ。
そして優子以外を愛する事が出来なかったら、農村にでも隠居して味噌でも作ろう、日本食を開発したら売れるかもしれない。
もし誰かを愛する事が出来たのならば、それはその時考えよう。
だから、今はまだ完全には無理かも知れないが、後ろ向きに過ごすのはもうやめよう。
「いえ……今改めて感謝しております。そしてマグダレーナ王妃様、クリスティーナ王女様。これからも宜しくお願いします」