第4話:一念発起
マレーナ達と夕食を共にした夜から、私は強烈な孤独感と虚無感に襲われた。
夜になり寝室で一人になった事で、慌しかった事態にもようやく気持ちが追いつき、全てを失ったという事に悲しみを感じたのだ。
その日から2日間、凡そ能動的と言われる行動は一切せず無為な日々を送った。
日中でも部屋から出る事も余り無く、カティが部屋に待機していたが特に会話するでもなく、窓からの景色を眺め続け、夜になれば孤独感と寂しさに襲われ、寝付けないまま朝を向かえた。
そんな生活を続けていた2日目の夜、寝付けなかったので気分転換にと城内を散策し始めた。
考えなしに歩いていた為迷ってしまったのだが、ある部屋から光が漏れているのを見つけた。
夜警の衛士かと思ったのだが、どうやらそこは執務室だったらしく、マレーナが政務をこなしている姿が見えた。
やはり国家運営という重責は心身共に疲弊させるのか、その顔は明らかに疲労が浮かんでいた。
「っ! ……」
昔は若くして結婚するのが普通だった。
マレーナも、恐らくは10代で結婚や出産を経験したのかも知れない。
見た目的には20代中盤だったが、多く見積もっても私と同じくらいだろう。
まだまだ若いマレーナに、扶養されているといっても過言ではない今の状況が情けなかった。
「やるか……」
そう呟いて、静かに寝室に戻り構想を練り始めた。
「おはよう御座います、カティさん。唐突では御座いますが私の先生になってください」
「ふえっ!? 私がですか? 一体どういった……?」
「はい、話は出来るようなのですが、その辺の書物に目を通したら文字が読めない事が判明しました」
「はぁ……左様ですか……」
翌日からカティに教師を頼み、文字の習得に取り掛かった。
若干ふざけ半分ではあったが、教師なのだからとカティに対しては幾分かフランクになり掛けていた言葉使いを敬語に戻した。
「練習で紙使うの勿体無いかな……?」
この世界で一般的な書物というと羊皮紙らしく、初めて見たのだが幾分かゴワゴワしていた。
少し考えた後『砂に書けばいいじゃないか』と思いつき、浅い箱を探したのだが銀のトレー等無駄に高級な物しかなく、ないなら自分で作ろうと思ったのだが、将来の王はそういう事はしちゃいけないらしかった。
仕方なく製作を依頼しておき、今日はコピー用紙での書き取りとなった。
「形は違うけど、これまで使ってた文字と使い方は同じだね〜」
「そうなんですか? それでしたら覚えやすいですね」
それぞれの文字の形状は違うのだが、日本語のひらがなと同じ形式だったのは大変助かった。
カティに見本として書いてもらった文字を見ながら書き取りの練習をし、ある程度自分で練習を進められるようになると、書きながら話を聞くので重さや長さの単位やお金の単位等、一般的な基礎知識を教えてくれと頼んだ。
「重さで一番軽いのは1ミグです。1000ミグで1ゴートミグ、長さは1メルで同じく1000メルで1ゴートメルになります」
重さがミルで長さがメル、1000になるとキロと同じようにゴートという単位が追加していく方式だった。
「じゃぁ1000ゴートミグと1000ゴートメルは何になるの?」
「そのまま1250ゴートミグ等と呼ぶ場合もありますが、それぞれ1ゴルミグと1ゴルメルになりますよ」
そもそも1ミグの重さや1メルの長さが分からないので判断しようが無く、後々基準となる物を教えてもらおうと考えた。
「お金ですが、単位はグロスとリマです。コレですよ」
そう言ってカティがポケットから取り出したのは、大小の鉄と銅の硬貨だった。
「この鉄の小さい硬貨が1グロスで、大きいのが10グロス、100グロスで1リマとなります。小さい銅貨が1リマ、大きい銅貨が5リマでコレより大きな銅貨があるんですが、それは10リマです。この上に大小の銀貨で20リマと50リマ、大小の金貨で100リマと300リマがあります」
文字の書き取りをしていたのだが、次々と飛び出す単位にそれどころではなくなってしまい、ワタワタとノートにまとめ挙げた。
重さがミグで長さがメル、千になるとゴートが付き、そのまた上だとゴルが付く。
貨幣単位はグロスとリマ、100グロスで1リマとなり、小鉄貨1グロス、大鉄貨10グロス、小銅貨1リマ、中銅貨5リマ、大銅貨10リマ、小銀貨20リマ、大銀貨50リマ、小金貨100リマ、大金貨300リマとなる。
こちらの貨幣はドルの形式に近いようだった。
「あ、あははは……す、すぐに慣れますよ」
「まぁ、がんばります」
眉間にシワを寄せ、しかめっ面をしていた為かカティが苦笑しながら励ましてくれた。
そうやって基礎知識を入手し始めたら、一般常識だと思われる色んな情報が必要だという事に改めて気がついた。
「あとさ、町の人の収入とか貴族の収入とそれぞれの一回の食事の費用を知りたいのと。世界の地図と大陸の地図、それとハルトヴィックの地図を見たいんだけど大丈夫かな?」
「え、え〜っと……ハッキリと断言出来ませんので、地図も含めて執事長に尋ねてきますね」
「あ、明日でいいよ、他にも聞きたいことあるし」
その後書き取り練習そっちのけで、果物やら動物やら固有名詞を書き連ねて一日が終了した。
「今日は有難う御座いました。また明日もよろしくお願いします」
「い、いえ……お役に立てて幸いです。……あの……出来れば口調を戻していただけないでしょうか?」
「ははは、居心地が悪かったか……わかった」
「はい」
翌日、地図の件については希少書物な上に現在はマレーナが執務室で使用しており、横で閲覧しろとの事だったので邪魔にならないかと心配したのだが、とりあえず見せてもらう事にした。
「コレですか……正確性はどうなのでしょうか?」
「正確に書かれていると思いますわよ」
始めに世界地図を手に取り眺めてみた。
地図の東側には南北に渡り縦に長い大陸があり、これが竜種の治めるロード皇国の領地となっていた。
地図中央の南側にクリームパンの様な形をした大陸があり、これがローランド大陸だ。
その西側には海洋族が治める、点在した島々のアステイル公国という国が存在していた。
地図の北西に一際大きな大陸があり、この大陸とロード皇国との間にあるワンド島、ローランド大陸との間にあるヨーク島を含めた領土がガリア帝国領に当たるようだ。
パッと見はガリア帝国45%、ロード皇国25%、アステイルとローランド大陸がそれぞれ15%といったところだろうか。
その後ローランド大陸図やハルトヴィック王国図等に目を通すと、自分の知る現代の地図ほど精密ではなかったが、海岸線や国境線等がそれなりに細かく描かれており、ある程度の信頼性は得られるようだった。
しかし、その地図の測量情報を纏めた書物に目を通すと、結構大雑把に計算されているようで、街と街との距離が大凡の数字になっていたりした。
「有難う御座いました。それとこの他にもお願いしていた件なのですが……」
「えぇ、伺っておりますわ。それらの事に付いてはクリフ爺が詳しいでしょうから、直接お聴きになってください」
そう言ってメイドに指示を与えクリフ爺と呼ばれる男性を呼んでもらった。
現れた男性は年のころ70歳位だろうか、執事姿をしており、温和そうな雰囲気ながらスッキリと背筋を伸ばしており、単なるイメージに過ぎないのだが『英国紳士』という言葉が浮かんで来るほど、上品で知的な上に優しげな印象を受けた。
「お初にお目にかかります顕現者様。私はこの城の執事長をしておりますクリストフ・ヴィンランドと申します。クリフと及びください」
「お忙しい中恐れ入ります。私は田中圭介です」
顕現者と呼ばれることについて一言付け加えようと思ったが、その肩書きの重要性を考え胸に留めておいた。
「早速なんですが、物価とか費用とか金銭的な事を教えていただきたいのです」
「左様で御座いますか」
マレーナの邪魔にならぬよう2人で隣室に移動し、物価や経済状態に関する講義を受けた。
まずクリフからの前提として、現在は戦争が頻発している為国が貧窮しており、それに伴い物価が不安定である事を告げられた。
土地か枯れ始めた事による不作と、長年続く戦争で労働者層が減少した事で作物等の生産量が低下、その為にあらゆる物価が上昇しているらしく、物価の上昇で賃金も上がり、働きに出ている者の1日の給金が4リマとかになるらしい。
街に暮らす者の貧富の差はあるが、材料費だけで見ると1回の食事は大凡40グロス位で、貴族の食事費用となるとその差は激しく、大凡2リマ〜8リマ、特別裕福な貴族だと15リマ位いくかも知れないとの事だった。
30日計算で考えると給金120リマで食費35リマ、しかも租税が6割5分だというから一般人の生活の厳しさは計り知れない。
「こうして聞いて見ると随分と大変な生活状況ですね……」
「そうで御座いますなぁ……50年以上も昔の事ですが、私は幼少の頃は戦争も無く市井の者も貴族の方々も平和でゆとりがあったのですが……」
クリフはそう言いながら皺を深くして昔を懐かしんでいた。
それから数日間、ブツブツ呟きながら砂で文字の書き取りをし、時折思い出したかのように経済の略図やら道具の改良案等を砂に書いたり、傍らに控えていたカティに質問を繰り返す等して問題点や改善案を列挙していった。
ある程度形になり始めると、今度は政治的な面で疑問点や問題点などが浮かんできたので、疑問点等を解決するべく再び講義の要望を出したのだが、それならばとマレーナが会食に招待してきた。
私としては政治の事に関係している人間なら誰でも良かったが、本人の意思とその立場を明確に表明していない現段階では、出来るだけ人との接触は控えて欲しいとの事だった。
「それで……お聴きしたいというのはどういった事なのでしょう?」
前回と同じようにマレーナとクリスティーナと私の3人での会食が終わり、食後にクアラ茶を飲みながらの談話の時間を設けてくれた。
「それはこの王国の政治形態が君主制なのか貴族制なのかという事です」
王と貴族が居るんだからどちらかだろうと共和制の話は除外した。
王が無条件で命令出来るのか、それとも何人かの人間から許可を得なければならないのか、それとも法律があるのかを質問した。
その違い如何では、何か行動を起こす際の手順が変わってきたりするからだ。
「そういう分類であれば現在は絶対君主制という事になりますね、ただ貴族の者に許可を取る必要はありませんが、賛同を得らればければ離反者が増えてしまいますので、形式上は絶対君主でも実質的には貴族制との中間といった感じでしょうか……」
「成る程……」
話がひと段落してからクアラ茶を口に含み、今後の事に思いを馳せていると、クリスティーナがポカンとこちらを見ているのが分かった。
「どうかしましたか?」
「え? ……いえ、なんでもないわ」
話についてこれなかったのかそれとも今まで私を見下していたのか、王女の英才教育というのがどういうものなのかは知らないが、とりあえず私に対する評価を改めたのだろうという事は分かった。
「そういえばお2人に贈り物を持ってきました」
「あら? 何かしら?」
私を利用しようと考えているという事実は兎も角、衣食住の全てを世話になっているのもまた事実だったので、持ち物が殆ど無い中、ボールペンとコピー用紙10枚をそれぞれに手渡した。
「こ、これは随分薄くて白いですわね」
「コッチの棒はなに?」
「どちらも私が居たところの道具です。ソッチの棒はペンですよ」
マレーナは紙の白さと薄さに驚き、クリスティーナは紙に驚きながらもペンに興味を示していた。
キャップをあけてやり、試し書き用に持ってきた紙に書いて見せ、ペンを分解してインクの量等を説明した。
「有難う御座います。大切に使わせて頂きますわ」
「今日は持ってきてませんでしたが、まだ他にも道具がありましたので、興味があればいらして下さい」
その数日後にはクリスティーナが顔を出すようになり、王女の来訪によってカティが再び恐縮してしまい、なにやら悔しがっていたクリスティーナが、私の文字の拙さを見て優越感に浸ると
「私の事をティーナと呼ぶ事を許します」
「は、はぁ……」
愛称で呼ぶ許しを頂いた。