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第2話:昔話

 私は、異国の何処かに不可解な原因で連れてこられたと考えていた。

しかし現実は、言葉は通じるという不可解な現象を伴って、4次元的に異国の過去に飛ばされた。

辛うじて嗚咽は出さなかったが、涙がとめどなく溢れた。

不可解で理不尽な現象によって帰還不可能な場所に飛ばされた。

仕事を失い、戸籍を失い、家族を失い、そして、惚れ込んで付き合って愛した恋人の優子を失った。

これで立身出世でもすれば物語的には痛快活劇なのかな、等と埒も無い事を思ったが、当の本人にとって見れば悲劇以外の何者でもなじゃないか。

私が泣いている事に気がついたのだろう、カティが私の頭に腕を回して来た。

心が折れそうだ、いや、もう既に折れたかも知れない。

小さい頃に虐められた事があった。

ある時一念発起して反撃した。

それ以降負けず嫌いになった。

大人になり社会に出て就職し、上司にどやされても得意先の社長にクレームを叩きつけられても『金稼いだら勝ちなんじゃ!』とばかりに、成績に悩みながらも奮起しそれなりの収入と地位を得た。

それでもこの理不尽さは埒外過ぎると思った。

そして、愛している優子にもう逢えないという事が悲しかった。

そのことに思い至ると、今まで出なかった嗚咽が漏れ出した。

全てが虚しくなった。

どの位時間が経ったのか、結構な時間カティの腕の中で泣いていた気がする。

泣き止んでもそのまま黙って2人床に横たわっていた。

私が考える事を放棄し、カティがそれに付き添った、というのが正確な所だったかもしれない。

暫くそうやって無為な時間が経過したが、流石にカティに悪いと感じ始め立ち上がった。


「……なんというか……申し訳ないというか……ありがとうというか」

「いえ、お気になさらないで下さい」


 そう言って柔らかな微笑を返してくれた。

席に戻り、改めてクアラ茶を頂こうと思ったのだが、持ち上げたカップの中のクアラ茶が波打っていた。

未だ無意識に焦燥か恐怖か不安か抱えていて、そのために手が震えているらしく『どうにも弱いな』そんな呟きが漏れた。

流石はメイドというか気配りが行き届いており、そんな姿を目ざとく見つけ自分の席を私の隣に移動させ、膝においていた私の左手を両手で包んでくれた。

不思議とというかやはりというか、手の振るえは止まった。


「……ありがとう」


 機微に聡いのか返答は無く微笑みを返すに留まった。

会話も億劫だと感じるのに人恋しい、そんな不思議な感覚を感じていた。

一時的な鬱なのかも知れない。

もっとも、こんな事に見舞われて平常で居られるはずがないな、と幾分開き直った。

暫くして若干気持ちが落ち着いてくると、色々と考え始めた。

それでも、これからどうなるのか、取り得る手段が限られた中で自分はどうしたいのか等、理路整然とした考察というより、感情コントロールや哲学的な思考に没頭していた。

カティと他愛の無い話をし、無理を言ってカティと一緒に昼食を食べた。

依存かも知れなかったが、年端も行かない女の子に甘えるというのを情けなく感じた。

しかしその気配りは不思議と包容力があり、温和な雰囲気も心を幾分か落ち着かせてくれた為、正直有難かった。

出来るだけ隣に居て欲しかった。

西の空が茜色に染まりだした頃、一時的にせよ若干復活を果たした。

恐らく今夜は泣くと思う。

そんな訳で、カティの知りうるこの時代の事を教えてもらおうと考えた。

思考は纏まらないかも知れないが、カティの話を聞く分には気持ちが安らいだから


「この辺の事何にも知らないから教えて欲しいんだ」

「ん〜そうですねぇ、じゃぁこの国の成り立ちを離しますね。ローランド大陸にハルトヴィック王国が誕生して1253年、それ以前はガリア帝国の占領地でした。700年に渡るガリア帝国の支配に疲弊しきった住民の中で―」

「ちょ! ちょっとまって」


 この時ばかりは『相手の話を遮るな』という経験則すら放棄した。


「ちょっと待ってね、そのガリア帝国って所がローランド大陸を700年? 占領してたんだよね?」

「はい、正確には728年ですね」

「うん、728年経った時に、戦争したか交渉か知らないけど独立して、それから今まで1253年経過してるの?」

「そうですよ?」

「何かおかしいですか?」

「おかしいって言うか……」


 カティの話を纏めると、ガリア帝国という国がローランド大陸を支配した年を基点にすると現在は1980年という事になる。

私は1976年生れ、今日本に3〜4才という私が居る事になる。

それは良いとしても、ガリア帝国なる国もローランド大陸もその中の国も今日はじめて聞いたのだ。

今と昔では国の名前が違ったりするのはよくある事だ。

そもそも日本ですら大昔は『大和』だったのだから、侵略や独立または合併等、様々な要因で国名は変わる。

だからこそ、ハルトヴィック王国等も、昔あった見知らぬ国か現在は名前が変わった国かと思っていた。

しかも20世紀にしては導入されている技術も文明も遅れすぎている。

終点の1980年を中世に合わせると、先ほどの基点は紀元前900年前後になってしまう。

その頃外洋に出るような船など作れただろうか


「ご、ごめん。知ってる一番古い歴史から教えてくれないかな」

「あぁ〜そうでしたね。その方が分かりやすかったかも知れません。申し訳ありません」

「いや、いいんだ」

「何年前かはハッキリしませんが、この世界の創世期と呼ばれる時代、色んな土地に雑多に色んな人が暮らしていました。その次に訪れたのが暗黒期、一般的には暗黒時代と呼ばれています。その頃になると種族の住み分けがハッキリ分かれていたんですが、それぞれが領土拡大を狙って、そこかしこで戦争が起こっていました。その次に訪れたのが侵略時代です。この時にある地方に固まって住んでいた魔族が―」

「っ!」

「え? えっと何か問題ありました?」

「い、いやいいんだ……続けて」


 話がおかしな方向へ進みだした。

なぜ宗教の話になり始めたのか疑問だったし、またしても嫌な予感が駆け巡ったが、今回こそは全ての話を聞いてからだと自分に言い聞かせ続きを促した。


「えーっと、魔族が勢力を拡大し、今から凡そ2500年前ガリア帝国を成立させました。そして侵略を繰り返し1980年前にローランド大陸を支配下に収め、世界の2/3を支配する大国になりました。言い忘れていましたが、竜種が支配するロード皇国という国があり、創世期からずっと存在し続けていると言われています。世界の1/3を支配し、侵略はせずに侵略者の迎撃だけを行っているそうです。ロード皇国の皇帝は、ハイエンシェントドラゴンという純粋な竜種で、永遠とも言われる寿命を持ち、生きた年数と共に力も知識も増していくと言われています」


 余りの事態に考えるのを中断し、聞いただけでは覚えられそうも無い歴史を必死にノートに書き出していた。


「それでガリア帝国とロード皇国という2大国家のみになったのですが、今から1256年前、ローランド大陸の西に、いくつかの島が連なった土地があるのですが、そこで奴隷として扱われていた海洋族が独立戦争を起す動きを見せました。そしてそれに呼応する様に、ローランド大陸で同じく奴隷として扱われていた、人類、獣人、エルフ、ドワーフが、ヘレナという女神の指導で仲間を集め、独立戦争を起しました。そして3年後の1253年前に海洋族共々独立を果たしたのです。そして、獣人は人間と住処を同じくし、同化を果たしました。今ではそれぞれの貴族以外では純粋な人や、純粋な獣人というのは少ないかも知れません。生まれるときの血の性質によって、どちらの種族の特徴が色濃く出るかは決まっていません。そして、エルフとドワーフは繁殖能力の低さもあって、一部生活に同化していても、婚姻や出産となると同族同士が多く、エルフはモルダウ国を、ドワーフはドロイゼン国を治めています」


 余りにも荒唐無稽すぎる話だった。

タイムスリップに嘆いた数時間後には異世界転移でしたというオチ。

なにか開き直り始めた。

そうか、異世界転移だったか。

そもそもタイムスリップだって作り話じみた事だったんだ、もういまさら事実が異世界転移でもおかしな事じゃない。


「ちなみに魔法とかってあるの?」

「ありますよ」


 ははは、平然と応えられた。


「アレ? 帰れる? あ〜っと召喚とか送還とか、異世界から呼んだり送ったりとかいう魔法ってある?」

「え〜っと、そういった魔法は恐らく無いと思います。水・氷・風等を層にして盾にしたり、それらを相手に飛ばしたりする物とかですので……恐らくですが」

「あぁ〜ぬか喜びだったか」

「申し訳ありません……」

「あ、いやいや」


 少しだけ沈黙が続いたのだが『そういえばぬか喜びって言葉の意味しってるのか』と尋ねたところ『聞いた事がない言葉ですが、表情等からなんとなく意味は判りました』との答えだった。

それ以降、なにかしてないと変になりそうだったので、矢継ぎ早に質問し精力的に現状をまとめた。

ローランド大陸は、元はハルトヴィック、モルダウ、ドロイゼンの3ヶ国で占有していたが、独立から約1100年、長く続いた平和は秩序とモラルの低下を招いた。

犯罪率が増加し公共良俗が軽視された。

そして不作の年が3年続いた150年前、当時のハルトヴィックの王『ディードリッヒ・フォン・ハルトヴィック』その弟達、次男の『コンラッド・フォン・ハルトヴィック公爵』3男の『ミハエル・フォン・ハルトヴィック公爵』が自分が王になろうと牙を向いた。

コレは誰が悪いとか善いとかを明確に区別出来る物ではなかった。

ディードリッヒ王も決して無能というわけでもなく、放蕩を尽くすわけでもなければ暴君でもなかった。

平和な時代にあってのモラルの低下というのは、地球の歴史を顧みても避けられない事態だ。

ただ単に、時代や国を維持は出来ても、力強く先導するまでの力量が無かったという事だ。

そういった現状を打破しようと、次男のコンラッドは女神ヘレナを崇めるヘレナ教の教皇を後ろ盾にし、武力を以って覇権を唱えた。

コンラッド自身は信念と責任感から立ち上がったのだが、若干直情径行か強く、教皇の甘言に乗ってしまったと言う感が否めなかったらしい。

それに確かに野心も持っていたらしい。

教皇については諸説紛々あるが、現在の主流の説は権力欲だろうとの見方が強いとの事だった。

もしかしたら、独立を促したヘレナ神を再び強く喧伝し国内のモラルの向上を図ろう、という考えだったのかも知れないが、今となっては真実を知るものは居ない。

そして、王の玉座に座れなかったコンラッドは、教皇の後ろ盾も有った為に自らを皇帝と名乗った。

その際、王族との絶縁を示す為、ヘレナ教の大聖堂があるローゼンバーグを姓として改名し、支配する地域をローゼンバーグ皇国と称した。

同じ頃3男のミハエルは、温和で理知的な性格らしく、戦争を起すのも参加するのも臣民を苦しめるのみだと発言した。

ディードリッヒが正当な王として恫喝や説得で再統一を図ろうとするのに対し、コンラッドは武力によって再統一を図っていた。

そしてミハエルは、論理と交渉によって戦争の終結に苦心したが、ディードリッヒもコンラッドも、もはや引けぬ状況になっていた為、ミハエルは苦渋の選択を迫られる事となった。

ミハエル自身も若干の野心と、現状の打破に対しての強い信念を持っていた。

そこで、自分が納める領土を国家として独立させるべく、工作を図った。

ディードリッヒと共闘して、コンラッドを打倒し、その後にディードリッヒを補佐し統一させる、という道もないではなかったが、愛妻家で知られるミハエルは王家に対し若干の反意を抱えていた。

ミハエルの妻アンネリーゼは、結婚して姓をハルトヴィックに改名したが、元はベルガー姓を名乗るベルガー侯爵家の令嬢だった。

結婚以前から、妻の生家であるベルガー侯爵家は王族からいささか冷遇されていたのだが、ミハエルは王家の反対を押し切っての結婚だったのだ。

結婚後もベルガー侯爵家に対する待遇は改善される事は無く、そういった背景により王族に従順に従ったり、協力や補佐という考えは放棄した。

ベルガー侯爵家は王族や中央の貴族諸侯から冷遇されてはいたが、領土周辺の貴族諸侯や臣民等からは親しまれており、それに加え、創世期から信仰されていた多神教である『プロメテウス教』をベルガー侯爵家が信仰していた事で、プロメテウス教の一部と、周辺の貴族諸侯の後ろ盾を得た事で独立を決意した。

その際、ベルガー侯爵家を冷遇していた王族に連なる者としての誠意を示す為と、その王族からの決別を示す為、姓をベルガーに改名し、領土をベルガー公国と称した。

戦争によってディードリッヒとコンラッドの両陣営が疲弊した。

これ以上の戦争は臣民の暴動に発展し、国家と秩序の崩壊に繋がると懸念したミハエルは、2ヶ国の属国化か若しくは、交渉によっての共和国化、最悪でも協定を結んだ友好国の樹立を目指した。

その上で、疲弊しなかった強みを生かし徐々に吸収すればいいと考えた。

領土内に山やそれに伴う鉱山等の地下資源が無く、独立前は武器等が不足していたが、領土の大半が平地で穀物に関しては豊富に生産可能だった為、それを対価にした貿易協定を構想し、相手国として、武器製造に定評のあるドワーフが収める隣国の『ドロイゼン』と結ぶ事によってこれを解消した。

物資や兵力の確保が整った後、ディードリッヒとコンラッドが戦争を開始したのを見計らい、コンラッドの領土を背後から強襲した。

この事によりコンラッドは、勝つ見込みの無い兵力分散による2正面作戦を主体にした戦略をとるか、同じく、最終的には負ける公算の高い、各個撃破作戦を主体にした戦略をとるかしなく、身動きが取れない状態で停滞し、一時的な平和が訪れた。

しかし世代交代を果たしたローゼンバーグ皇国は、手段が目的になってしまったかのような強硬な徴兵制策を行い、短いサイクルで安定期と侵略期を繰り返し、ベルガー公国を牽制しつつ、ハルトヴィック王国に再び戦争を仕掛け始めた。そしてそれが現在50年続いていた。

長く続く戦争で国は疲弊し、税率が上がり臣民は貧窮していった。

このまま行けばハルトヴィック王国は余命10年余りといった状態だった。

そこまで質疑応答を繰り返していると、いつの間にか夕食の時間になっておりメイドが入室してきた。


「顕現者様、マグダレーナ様が夕食にご招待したいとの事ですので、食堂お召し上がり下さい。カティに案内させますゆえ」

「分かりました。お一緒させていただく旨、マレーナ王妃様にお伝え下さい」

「畏まりました」

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