第13話:王子の初仕事
朝起きて農場の様子を見に行こうと思ったのだが、早速公務の予定が組まれたらしく余り時間は作れないとの事だった。
一体何をさせる心算だと腰が引けたが、どうやら披露宴で挨拶できなかった人達の面会と、ちょっとした話し合いらしい、ただ人数が多いので午後は全てそれに費やされるかも知れないという事だった。
「挨拶は大事かも知れないけど、何も翌日に来なくても……」
「文句言わないの」
そんな風に進言してきたティーナだったが『出来るだけ一緒に』という指示の下、自分も国家再建事業に参加出来ると期待していたのに、出足から貴族との面談で潰されたと不満そうにしていた。
取れる時間が少なくなってしまった為、確認と指示だけはと早速農場に足を向けた。
「おお! 王太子様! このような場所に足をお運びになるとは!」
「あ〜あはは、まぁまぁ、で? どのような状況ですか?」
40歳前後の農夫にやたら恐縮され話が進みそうに無かったので言葉を遮り、進展状況を確認した。
「へぇ、仰せの通り畑は種まきを終わらせましたです。それで51箇所にも区分けしてるもんで……なんの畑だか分からんので看板でも立てた方が良いんじゃないかって事で、看板だけ追加したんでさぁ」
確かに言うようにそれぞれ区分けした畑には、炭、鶏糞の分量と植えてあるものの名前が書いてあった。
「あと馬の糞は枯れ草混ぜろって話でしたんで、兵士の方が集めてくださった草とワラを混ぜたところです」
堆肥置き場に行ってみるとそれらしくなっていた。
ティーナはその臭いがたまらないらしく、悔しそうにしながらもなにやら『こんなはずでは』と遠くでブツブツ呟いていた。
親戚の農家で眼にしていた堆肥置き場は牛小屋の隣にあり、雨が掛からず風通しが良い場所だった。
時折堆肥から湯気が出ているのも見たことがあるので、結構な発酵熱が出ているんだと思う。
農具のフォークで軽トラに積んでいる様子も見たことがあるが、堆肥の状態というのは泥団子を作った時の土程度の水分量だったような記憶がある。
今後このまま放置すると湯気が出るはずで、湯気が出る程暖かくなる事が大事だという事と、全てが躊躇半端な知識である為、現在は一箇所に纏まっている堆肥を左右2箇所に分け、それぞれの水分量や、湯気が出始めてから3〜5日後にかき混ぜる等、分けた二つの堆肥の堆肥化の作業を若干変え、どういう方法が最適か探りながら作業してくれと伝えた。
「分ける話は最初に言って置けば良かったんだけどね、その時は思いつかなくて……申し訳ない……重労働だけど大事な事だからよろしく頼みます」
「いえいえいえ! お顔をお上げ下さい王太子様! ここの条件が厳しかったんで、ウチのもんにも言っといたんですが、来て見たら『パンだけは食べれる』だったのが『食べもんは腹いっぱい食える』に変わってたんでウチのもんと喜んどったんですわ。だけん喜んでやらさしてもらいますよ、わははは」
「そう言って頂けるとありがたい」
農夫への指示を終えてから『そういえば記録も必要だな』と思い立ったのだが、その農夫は申し訳なさそうに字が書けない事を告げてきたので、雑務の者に毎日報告に来させて欲しいと指示を出しておいた。
続いて城内にある製紙研究室を訪れると、思いもかけず子供の世話をしているカティに出くわした。
「どうしたのカティ? こっちもカティの担当だったの?」
「あ! ケイスケ様! えっと、担当という訳ではなかったんですが……この方達の転居のお手伝いをしてから、何かと訪れることが多かったもので……」
転居以降入用の物を手配したり作業場への案内等をしていたので、そのままなし崩し的に世話をしていたらしい。
そうして付き合いを重ねた為か、そもそものカティの性格故か、母親について来た子供達にやたらと懐かれていた。
その姿を見ながら先程の字の書けない農夫の事を思い出し、学校というか寺子屋的なものの先駆けとして、この子等に最低限の事を教えてみるのも良いかもしれないと、再建案の構想の一つとして今後の課題の欄に書き加えておいた。
「それで、作業は進んでるのかな?」
昨日のうちにある程度木々が運び込まれており、奥を見ればそこかしこに木の枝等が山積みになっていた。
「はい、材料は昨日運び込まれたのですが、ごちゃ混ぜになっていたので分別しておりました。窓際から紙以外に用途が無くて、そこかしこに生えている物、その隣の台が用途は無くて生えている数が少ない物、その隣が用途があり生えてる数が多い物、その隣が生えてる数が少ない物です。それぞれの用途は分別した場所に書いておきました」
カティの言う様に、台の上には分別され小分けされた枝が積まれており、現在分別されている物でも15種類程度存在していた。
「あと、分別中に毒のある枝があったみたいで……子供達が触らないように上の棚に上げてあります」
成る程みれば天井近くの棚にも枝が積まれていた。
まだ分別していない枝の中にその枝が混じっているかも知れないので、子供達がそこに近づかない様にカティが子供達の面倒を買って出たという事だった。
その後試作を繰り返しているという台に向かうと、台は問題なく出来上がっていそうだった。
眺めていると奥の方でガサゴソしていた職人らしき男性が近寄ってきて現状の説明を始めた。
「御覧の様に台と枠は出来上がったんですが、枠の底の網が中々上手く行きませんで……」
水と繊維を入れる水槽はしっかりと組み上がり、水をすくい上げ繊維を濾し取る木枠も出来上がっていた。
ただ、繊維を濾し取る際に余分な水を排除する底板の部分が中々上手く行かないという事だった。
現在は、細い木の棒を並べて麻紐で編み込みそれを貼り付けてある。
ただし、両端のみで編み込むと水の重さで木の棒が折れてしまい、編みこむ箇所を増やすと麻紐のせいで隙間が開きすぎるという事だった。
その対応策として両端以外の編み込み箇所は1つ飛ばしで編み込んであった。
「今ん所糸くずを水に入れて濾してみたんですが、濾すのは出来るようになっても、それをどうやって底板から剥がすかってのがわからんのですよ」
木枠を水に沈め水をすくい上げジャバジャバやると、その内底板に糸くず製の膜が出来上がっていた。
しかし底板が接着してあるため、指などで剥がさないといけないが、すぐに破れてしまう為不可能と言ってよかった。
目を瞑り薄れた記憶を辿ると、体験学習のあの器具の底板はワンタッチで取り外していた気がする。
どういう構造だったかさっぱり覚えていないので、暫く悩んだ後思いついた構想を提案してみた。
「底板を取り付けるんじゃなくて、木枠の幅より長くして巻き込んでから抑えたらどうだろう?」
現在スノコ状になった底板はしっかりと枠に組まれていた。
そこで、スノコを木枠の幅より長めに作りその両端を木材にし、スノコの上に木枠を置き、余った両端を外側から木枠の内側に折り込む様にして取り付け、外れないように枠に溝をつけそこに上から木材等で押さえてはどうかと説明した。
今ある木枠を手に、身振り手振りで説明するとやってみる価値はありそうだと、早速作業を開始していた。
作業台の事が一段落し、改めて今後の指示はどうしたものかと思ったが、自分の周りは見知った人達の方がやり易いなと思い、カティを製紙研究室担当になってもらおうと考えた。
あとでマレーナに頼まなくては。
「とりあえずカティ、今日はここにつきっきりになってくれ。作業内容は今から教えるから」
「か、かしこまりました。」
最初に煮るか蒸すかして皮を剥ぐ事、その後川などの水にさらして色の付いた外皮を剥がして内皮だけにする事。
木槌等で内皮を叩き、繊維を細かくした後灰を入れた鍋で煮込み、その後また川の水にさらす。
どの作業をどの位すれば良いかというのは分からないので、基本的には念入りに行なって欲しい事を伝えた。
「ふぅ……かなり駆け足で見て回ったんでまだまだ見たり無いね」
「そうね……でも私はなんとなくだけどケイスケのやってる事が見えて来たからよかったわ」
製紙研究室を後にし、執務室に向かいカティの件と縦草川の水草の件をマレーナに手配した後ようやく部屋に戻ってきた。
「それにしてもケイスケから知識を得た事で、今まで見てた物が違って見えるわね……」
「ははは……確かにそうかも知れないね」
あくまでも元の世界の事だからと前置きは付け加えているが、今では地球の成り立ちから生物の発生、生物の多様化と食物連鎖、全ての物は元素と呼ばれる粒で成り立っており、その粒が規則的に集まり形を変えたりして物や生き物を作っている事等を話してある。
特に食物連鎖に付いてはこの世界の事を例に取りながら、植物が作った栄養を草を食べる動物が食べ、草を食べる動物が作った栄養を肉食獣が食べて栄養にする。
動物が余分な物として排泄した物が糞で、それを土の中の小さな生き物が食べて糞に変える事で、今度はその糞を植物が栄養にする。
そんな食物連鎖の循環の話等をして来た為、ティーナには今まわってきた作業場の風景というものが、この世界の人達とは少し違ったものとして映った様だった。
そんな感慨に耽りながら先程得た毒をもつ植物や、思い立った学校に関する構想をノートに纏めた。
その際、試験農場の記録の件を思い出し、多少紙を勿体無く思ったが過去を遡った分の記録と今後の日記をつけ始めようと考えた。
「会合って今日だけじゃないんだよね?」
「そうね……今日は昨夜挨拶出来なかった人が訪れるだけだから、そもそも地方貴族なんかで披露宴に出席出来なかった人達とか、一度挨拶を済ませてて、会合を持ちたい人なんかが続々と訪れると思うわよ」
「…………」
元営業マンなので話し合いの席を嫌うという事はないが、営業と違い相手は終始笑顔で応対する。
しかし腹の中じゃ色々と違う考えを持ってるわけで、その辺りが少しやり難いと感じていた。
時間が無いからと急かされるように昼食を食べ終えると、早速挨拶に訪れる者が現れ、自分の力を自慢したり、自分の趣味を披露したり、終始私に対するゴマすりに走る者や、挨拶もそこそこに意見申し立てをしてくる者等、営業、接待、討論と一貫性のない面会でほとほと疲れ果てた。
コレが暫くの間続くと思うと気がめいってしまう。
それに人数もかなりの数になるだろう事を考えると『履歴書』でも作ろうか等と、自分の息子の自慢話を始めた貴族を眺めながら考えていた。