第12話:婚約披露宴
起床してから1刻、凡そ午前10時にヘレナ教の司祭から祝福を受ける事で式典は開始された。
ローゼンバーグ皇国を興したコンラッドに組したヘレナ教だったが、一部の者が『戦争を起すのは教義に反する』として新たにヘレナ教を創設したそうだ。
ヘレナ教の司祭に祝福を受け、婚約が正式なものになったところで城のベランダにティーナと2人で並び立ち、マレーナの演説のもと詰掛けた観衆に手を振った。
自分の母校の朝の集会の数倍、見当も付かないが万人単位の人間に見守られていた。
「現実感がまったく無いよティーナ」
「そう? 時機に慣れるわよ」
手を振り、顔を前に向けながらティーナに愚痴をこぼしたが、ティーナはそんなもの何処吹く風と清清しい顔を保っていた。
この世界に来てから20日、特に堅苦しい行事などはなく、日頃の生活においても可能な限り気楽な対応をとお願いしていたが、恐縮され仰々しい挨拶をされる事は多々あった。
ある程度は致し方ないと判断し、自分の部下だと思っておこうと割り切っていたが、流石にこういった式典となると華々しさ、格式の高さは別格で『ここは貴族の住む場所で、自分のいる場所は王に連なる者の居る場所なのだ』と、現実感の無さと場違い感でフワフワした感覚を覚えていた。
臣民に向け婚約の宣言が終了すると時刻は正午近くになり、貴族階級による立食パーティーが開催された。
得意先は整備工場に建設会社、接待の会食となれば飲み屋で客がチークダンスを踊っているのを眺める事が多く、本社の集まりでも『もと取ってやる』とばかりに食べ物をかき集めて席で食べまくるという、ビュッフェという洒落たものじゃなく、バイキング食べ放題といった様相のものしか経験した事がない。
凡そ貴族とは正反対のパーティーの経験しかなく、食べたくても席はなく皿を持っても人が来る。
無難な挨拶を交わし婚約に対しての祝辞を贈られ、昼食を食べる暇も無く次から次へと人が訪れた。
来る人皆がやたら豪華で誰が誰やらわからなかったが、辛うじて覚えていたのはその内の数名だった。
王国には王都以外に都市が3つある。
王都の南、モルダウとの国境付近の西境川、その少し北に位置する漁港都市カーティス。
王都の北西に位置する漁港都市、カティの故郷でもあるブラント。
そして王都の西、王都とローゼンバーグ国境との大凡中間地点を流れる縦草川のすぐ傍にある商業都市シュトライトだ。
都市を代理統治する者には侯爵号が贈られるが、それぞれの第一印象は都市の立地条件を反映しているようだった。
「お初にお目に掛かります、王太子殿下。私はシュトライトの代理統治を任されているハインツ・フォン・シュトライトで御座います。以後お見知り置きを」
「よく来て下さいました、田中圭介です」
見た目の年齢は40歳後半、金髪青眼で髪をオールバックにし、これぞ貴族だといわんばかりの威圧感があった。
騎士と言われても軍師と言われても違和感がなさそうで、何処と無く冷徹な印象も受けた。
地方貴族の3名の侯爵の中で、一番ローゼンバーグに近いためか所謂鷹派の中核をなす人物らしい。
反対に鳩派の中核になっているのが、ローゼンバーグから一番遠いカーティスを代理統治するエミール・フォン・カーティス。
見た目の年齢は80とも90とも取れる年配の人物で、白い髪も髭もストレートでやたら長く、RPGなら伝説の剣でも授けてくれそうだなというのが第一印象だった。
王都に最も近い北西のブラントを治めるゲルハルト・フォン・ブラントは特に目立った印象も無く、周りが欧米人の如く体が大きい事の対比で、一般的東洋人でも背の低い部類に入りそうな身長の低さが特徴になっていた。
雑談でも鷹派や鳩派に属する者達の様に自己主張をする事も無く、王家の意向に従いますよという意思を強調していた。
「御婚約おめでとう御座います、王太子殿下、王女殿下」
「有難う御座います、ベッケンハウアー将軍」
「めでたき日を迎えられた事を臣下一同お祝い申し上げます、王太子殿下、王女殿下」
「ありがとうクラウス」
続いて挨拶に訪れたのは、第一王国軍軍団長ヘンゼル・フォン・ベッケンハウアー侯爵と近衛騎士団長のクラウス・フォン・ブランデス侯爵だった。
長髪長身、金髪青眼で引き締まった体つきをしている近衛騎士団長のクラウスは、ティーナとは旧知の仲らしく、言葉を交わす程度の関係は持てているらしかった。
ベッケンハウアー将軍は軍人らしく、貴族と言うよりも蛮族という言葉が適していなくも無い、かなりの巨体にスキンヘッドという、夜道では絶対に会いたくない人物だった。
しかしその精悍な顔つきもあって、戦場に立てば頼もしさを感じるだろうというのも、また別の一面の印象だった。
この5名はそれぞれの分野の束ね役でもある為、今後の活動でなにかと接点を持つ事になるだろうと、ティーナより事前に教わっていたのも覚える事が出来た要因かもしれない。
もう1人、中央貴族に執政官長を勤める侯爵がいるらしいが、本日は病気療養中という事で欠席していた。
「お初にお目にかかります、顕現者殿……いや王太子殿下とお呼びするべきでしょうか。私はモルダウ国弁務官、グレオス・フォルテウスで御座います」
そして、浮き足立っていた披露宴で異彩を放っていたのがエルフ族であるフォルテウスだった。
金とも銀ともとれない淡い金色の長い髪に、モデル体型と言って良いスタイルで、第一印象が理知的な優しい女教師だったが、どうやら男性らしかった。
聞けば、戦場に現れた顕現者がハルトヴィック王家を継ぐという情勢に際し、友好的な関係の継続と更に関係を深めるべく本国より派遣されたらしい。
国家再建に関して一案あった私は、後日話をする約束を取り付けると、再び貴族達との挨拶へと向かった。
「…………」
気がつけば自分の部屋のベットの上で目が覚めた。
酔って寝てしまったのだという想像は付いたが、隣でティーナが寝ている理由が分からなかった。
「…………おはようティーナ……」
「……おはよう……」
記憶を手繰り寄せる間もなくティーナが目を覚ました為、気まずいながらも朝の挨拶を交わした。
照れている様な、怒って睨み付ける様な、なんとも判断しにくい表情でこちらを見たかと思うと、すぐさま顔を背けてしまった。
そこへ体調を心配して顔を出してくれたマレーナとエルンスト将軍によって、昨夜の一部始終を説明された。
曰く、貴族達と挨拶を交わしていたがフラフラし始めたので席へ付いた。
その際足取りが少し危うげだったので、ティーナが手を握り席まで誘導したが、席へ付くなりティーナの肩にもたれ掛かって寝てしまったらしい。
エルンスト将軍も挨拶の順番待ちをしていたが、ようやく挨拶に向かってみると寝ている私と紅くなって困っているティーナを発見し『祝いの酒で酔われたらしいのでお休み頂こう』と会場に向け提案し運び出されたらしい。
その際、ティーナと握っていた手を解かれるのを嫌ったらしく、ティーナ共々寝室へと向かった。
ティーナが疲れてベットに腰を下ろしたのか、私が引っ張ったのかは定かじゃないが、腰を下ろしたティーナの膝に頭を乗せ、腰に手を回して膝枕で寝始めたらしい。
披露宴が終了して顔をだしたマレーナが、膝枕をしている私とティーナを見るや、喜色満面に『どうやって攻略したのだ』等と囃し立てたが、寝てたはずの私が『ティーナの容姿と性格なら努力しなくても男はイチコロだ』とマレーナに向かって力説したらしい。
その後再び眠り始め、無理やり引き剥がすというのも中々出来ずに困っていると、ティーナが諦めたように『一緒に寝るからいい』と進言してくれたらしい。
「酒に飲まれてしまい無礼な行いをした事を平にご容赦下さい」
話を聞き終えた私は即座に土下座の姿勢を取ると、謝罪の言葉と共に頭を垂れた。
「……まぁ、酔ってしまったんだもの仕方ないわね……許してあげる」
「わたくしは逆に貴重なものを見させて頂きましたわよ、ふふふ」
「お、お母様!」
ティーナが照れながらも謝罪を受け入れてくれたのに、マレーナが尚も囃し立てたので暫く収拾が付かなくなった。
暫くぶりに酒を飲んだ、空きっ腹で動き回りながら飲んだ、緊張が解れ出した等諸々の事情が絡まって酒で記憶を無くしてしまった。
披露宴の初期に重要人物と会話できたのは不幸中の幸いと言えるだろう、エルフ族の弁務官フォルテウスと会話した後の記憶が薄っすらとしか残っていない。
兎も角も、風邪は治ったし二日酔いもしていない事を告げると、ようやく王子としての今後の説明に入った。
今までとの生活の違いとしては、極力ティーナと行動を共にする事と、各貴族とのお茶会の名を借りた話し合い等が予定として組み込まれる位らしい。
立ち位置が公のものとなった事と、国家再建事業の規模が大きくなって行く事を考えると、今後より一層関係部署と関係者が増えて来るだろうと考え、今日は全体的な計画の再確認と、要人の素行調査的な事を行なおうと考えた。
現状を整理する為に報告の纏めをお願いすると、朝食を食べ終わる頃に報告が届き、自分の部下が持ってきた報告だからという事で、エルンスト将軍の口から報告を受けた。
「まず、試験農場の件ですな……農場を監督する者とその指示に従い雑務をこなす者、それぞれの家族の転居は済んだようですな。畑には麦、豆類2種、ケール、カブルを植えたそうです」
ケールというのは食卓に並ぶ野菜の筆頭と言ってもよかった。
茹でたものをステーキなどの付け合せにしたりする野菜で、キャベツに似た野菜だった。
カブルというのは元は飼料用で、現在では食糧不足から食用に調理され始めている根野菜らしい。
「いずれも種まきの時期が遅かったことが心配だそうですが、種を撒いたのが2月7日なので今月終わり頃には、発芽するかどうかという最初の結果が出るという報告ですな」
種まきの報告に続いて馬糞が運び込まれた事も報告を受けたのだが、たった数日で必要量が集まってしまった。
よくよく考えなくても約2千名で構成される1軍団に200頭前後は確実に居るので、仮に5軍団で考えても千頭は居る計算になる。
千頭も居れば数日で必要量が集まるのは目に見えていたのだが、動物が1〜2頭いる一般的な農家の計算で考えていたので、まさか数日で集まるとは考えていなかった。
慌てて枯れ草と余っていればワラ等を入手し、すぐにでも馬糞に混ぜるよう手配した。
エルンスト将軍の報告に続き、ティーナ自身がマレーナに要請し持参して来た報告書を読み上げた。
「こっちの報告は試験農場以外のことについてね。まず城内の作業場は完成、ただ水を入れて紙を作る台と言うのが難しいらしくて、今も試験中ってことらしいわ。あとは・・・・銅の管? というのが出来上がったらしくて、設置場所が決まったら施設を作るってことみたいね」
施設完成の目処が立ち、人員の確保も出来たので、いよいよ原材料の確保が必要になってきた。
王と傍の湖畔の森で材料になりそうな雑木の採取をしてもらおうと、エルンスト将軍にお願いした。
「取ってきた物は後で分別しましょう。勝手に群生しているのか希少なのか? 紙の材料として以外に利用価値があるのか? その辺りで分別すると良いでしょう。あとティーナ川に生えている草に付いては何か言ってなかったかい?」
「あぁ、ごめんなさい違う紙に書いてあったわ」
報告によると、繁殖能力はかなり高いらしく、刈り取っても翌年にはワサワサ生えてくるらしい。
魚の住みかとしてわざと残す部分はあるがそれ以外を根から引き抜き、魚の追い込み漁をする際に根を残して全部刈り取っても、翌年には再び芽を出す上に地下茎を伸ばして違うところにも芽を出してくるらしい。
それ程の繁殖能力なので、魚が取れるんであれば下手に川に植えると余計な仕事が増えるだけだぞという現地の人間の進言もあったとの事。
王都の傍の湖にでも植えようと考えていたが、そこまで強い植物なら生態系を壊しかねないなと思ったので、植え付けは断念し、必要になった際は取りに行くと言う方針に固まった。
蒸留施設に付いては森の近くに小屋があった為そこを住居とし、その傍に炭焼の窯と蒸留施設を設置してくれと手配した。紙に付いては台が完成次第、アルコールに付いては施設完成後にワインで実験をし、炭焼用の木が搬入されてから本格的な試験開始という段取りになった。