第11話:新組織?
ふと目を覚ますと窓から茜色の空が見えた。
結構な時間寝ていたらしく、傍らに置いた腕時計を見ると午後5時を示していた。
カティもメイドの仕事があるのか部屋には居らず、1人ベットの天幕を見上ると、両目から両耳にかけて濡れているの感じた。
何の夢を見ていたのかまったく覚えていないが、どうやら悲しい夢を見ていたらしい。
部屋で1人だからか、空の茜色がとても綺麗だったからか、それとも風邪を引いて弱っているからか、どうにも思考がネガティブになっていた。
「あら? 起きてらしたのですか?」
「ん? うん、つい今しがたね」
「あ……どうされたのです?」
何かの荷物を抱えながら部屋に入室してきたカティが、私が起きている事に気がつくと、荷物を置いて駆け寄ってきた。
私の目が紅く目の端には涙を流した跡でもあったのだろう、気遣わしげな顔を向け尋ねてきた。
「ん、ん〜覚えては居ないけど悲しい夢を見たみたいでね……」
「そう……ですか……」
「我ながら女々しいなと思わないでもないんだけどね……」
「いえ……それ程1人の人を慕う事が出来るというのは素晴らしい事だと思います」
カティは私が言った言葉を噛み締めるように目を瞑り、胸に手をやってゆっくりと言葉を発していた。
恐らく私は弱っているのだろう、少しだけ、少しだけカティに今抱えている悩みを打ち明けたいと思った。
「生きている間ずっとなのか……それとも時間と共に薄れていくのかは分からない、でも今はその人を愛している。しかし同時に、恐らく帰れないだろうというのも頭で理解している。だから私は……気力をなくして朽ち果てるか、必死に生きていくしかない。生きていく為には、マレーナ王妃やティーナやカティの助けがなければ生きていけない」
「いえ……私は……」
カティが何か口ごもっていたが、恐らく謙遜しようとしているのだろう。
「いや、カティが居てくれて助かってるよ。じゃなければここまで落ち着けることは出来なかったと思う。マレーナ王妃やティーナにしてもそう……生きようと思うのなら皆の助けが必要で、助けを請う方法も、恩に報いる方法も、結婚という方法しかないんだ。……私は……どうしたらいいのだろう? 私は……皆に対して誠実に向き合えているのだろうか?」
私は以前『後見人』という立場じゃダメなのか聞いた事がある。
結果として、否定の言葉と共に告げられた理由は納得できるものだった。
瓦解寸前の王国にカリスマを持った者が現れ、誰にも属さず存在すれば派閥が生まれてしまう。
即ち『顕現者派』と『王族派』だ。
当人同士にそのような確執は無かったとしても、周りがその様に動いてしまうだろうという事だ。
だからこそ結婚という方法しかなかった。
「それに……今では自分の気持ちがよく分からなくなってしまった。出会いの最初に結婚の話が出たからか……以来ティーナの事を意識するようになってしまったんだ。確かに優子を愛している。……しかし同時に『私を支えてくれる人』なんて考えると……ティーナをとても大切に思うようになってしまった。最近では支えてあげたいとも思うようになってね……私は本当に誰かを愛しているのだろうか?」
カティはこんな事を聞かされても困ってしまうだろう、現にどう返答したらいいものかと悩んでいる。
「……わるかったね、こんな話をして。誰かに聞いて欲しくなってね、話せただけでも少し落ち着けたよ」
「いえ……ケイスケ様、私はこう思うのです。ずっと1人の人を慕い続けるというのも素敵な事だと思います。でも……生きるというのは決して1人では出来ません。ですから……支えて下さる方をお慕いするのは自然な事だと思うのです。ましてや、お慕いする方どころか知り合いの方とすら逢えぬとなれば……」
カティの話も分かる。
しかしそれは『愛する』という事ではなく『依存する』という事ではないのだろうかと考えてしまう。
唐突に訪れた悲劇に堪えられぬからと、身近に居る異性に縋っているだけではないのかと。
「私は小さい頃に父を亡くしました。……母は父を慕い続け、私を育ててくれたのですが、ある日心労で倒れてしまいました。……その時の母に対し、父方の祖母が問い掛けた言葉を私は今でも覚えているのです。『父を想い続けるのも良いが、父の本当の願いはなんだろうね? 貴女が苦しめば父も悲しむ』という言葉です。ですから……逢えぬのであれば、お互いの幸せを願うというのが『向き合う事』じゃないかと……って、すみません……何言ってるんでしょうね私? どう説明したらいいか……」
カティは一体どんな道を歩んできたのか、凡そ15歳の感性ではない気がする。
少し自分が恥ずかしくなった。
逢えないというのを何処かで否定しているのだろう、先ずそれを受け入れよう。
私は本来取るべき姿勢と言うのを思い出した。
自分の不義さに嫌悪感を抱くより、優子の幸せを願うべきだった。
即ち『自分の事は忘れろ』と、元の世界では私が失踪している事になっているのだろう。
まさか別の自分が生活しているなんてことは無いと思う。
どちらにしても関与出来ないのだから、優子の幸せを願い、これから目標を探していこう。
そしてゆっくりと自分の気持ちにも整理をつけよう。
「いや……なんとなく分かったよ……ありがとう」
カティはワタワタと恐縮しながらも、少し落ち着けた私を見て安心したようだった。
「お休みの所失礼致しますぞ、顕現者殿。その後お体の具合は如何ですかな?」
夕食にはまだ早い時間、空は茜色から夜へと変わる頃、部屋にエルンスト将軍が訪れた。
本日私が体調を崩してしまった為に、急遽指揮を取ったのでその報告という事だった。
「今日は急な話ですみません、エルンスト将軍。おかげさまですっかりだるさは消えましたよ」
「それはなによりですな。戦後処理も終わっておりますし、軍団の再編も7軍団の編成に、私はやる事が無くて暇を持て余しておったので、丁度よい肩慣らしで御座いましたよ」
「そう言っていただけると気が休まります」
雑談を交わしたあの夜以降、エルンスト将軍に対して最初に抱いた『紳士』という印象は若干変わり、『気さくなおじさん』という印象を持つに至ると、エルンスト将軍の言葉遣いも主従の関係を保ちながらも気安さを表していた。
「顕現者殿が行なっていた試験農場とやらですが、万事滞りなく作業は終了いたしましたぞ」
倉庫は木材の枠組みが届き、正面の壁の代わりの木枠や窓枠として設置し、木炭や鶏糞もそれぞれ指示通り撒いたとの事だった。
「失礼致します、圭介様。お体の具合はいかがですか?」
エルンスト将軍と2〜3言葉を交わすと、今度はマレーナが顔を出してきた。
病気になって千客万来というのが少し嬉しかった。
「ようやく体もすっきりしてきましたよ、マレーナ王妃」
「まぁ、それは喜ばしい事ですわ。それで、お休みの所申し訳ないのですが、人員を募集していた件で一部雇い入れました」
話を聞くと、農業を生業としていたが自分の畑は基本的に痩せており、休耕地を作る余裕が無かった為に牛の糞を集めておいて、種撒き前に糞を混ぜるという事をしていたが、去年病気で牛が死んでしまい、今年の収穫は絶望的だと考えていたという、そんな農家の家族が1組申し出てきたらしい。
それと雑務での募集にも2組決まったそうで、こちらは2組とも父親を失っており、働き手の不足という部分で農家として立ち行かなくなったらしく、私の様々な実験運用の雑務を行う者が、共に若年である16歳と15歳の長男という事だが、仕事的には問題ないのでそのまま雇用したとの事だった。
この3組以外にも募集はあったようだが、言い渡された条件が変更不可能である事を知ると、それならば今まで通り村で援助し、村としても立ち行かなくなった場合再び雇用申請をしてみる、という話で落ち着いたらしい。
しかし、この3組に付いては、近隣住民の全てが援助する余裕を持てない地域だった為、即座に決定したという事だ。
「炭焼の技術を持つ者に付いては、炭焼を生業とする者が遠方であるため、結果の報告と当人の到着が遅れております」
「分かりました。……そう……ですね。まず、試験農場を管理する家族は、試験農場の所にある家に住んでもらいましょう。それで奥さんは紙の開発を行なう場所に通ってもらう事にします。それで紙の開発を行なう場所ですが……鍋や釜戸、作業台や休憩所、あと日当たりのいいちょっとした庭等がある場所がいいですね……適当な場所がなければ王城の一部を改装してそれに当ててください。それで他2組の家族が住む場所ですが……」
「あぁ、顕現者殿。その紙の開発と住む場所なら私の別宅をお使いくだされ。別段使っておらぬゆえ、売り払って兵士達の防具にでもしようと思っとったのですよ」
エルンスト将軍からの援助の申し出を感謝と共に受け入れ、他2組の住居と紙開発所の目処はたった。
「エルンスト将軍。別に見返りという訳ではありませんが、秘密裏に新組織を立ち上げて欲しいのです」
「新組織……ですと?」
コレはマレーナにも伝えていなかった事なので、今度は何事を始めるのだと、2人共少し腰を浮かしていた。
「はい、マレーナ王妃の意向もありますし、私自身も、魔族に備えるのであれば無駄な戦争は避けるべきと考えてます。しかし何の対処もしなければ、必ず相手から仕掛けてくると思います」
「そうでしょうな……」
「そこで対抗策を講じて欲しいのですが……私は営業マン……この世界で言うところの商人でした。ですから私はこう例えて考えたのです。王国は私達が経営する店で、皇国は売り上げを競っている他の店、国に暮らす人々はお客さんという具合です。そう考えると何が一番望ましいか? それは、お客さんを他の店から離れさせ、自分の所のお客さんにしてしまうのです」
ライバル店に流れている客を、自分の店に鞍替えさせる。
そうすれば自然とライバル店は衰退していく、そこでライバル店を吸収すれば一気に企業規模は上がる。
ライバル店を潰すという選択肢もあるだろうが、同業種の仕事に慣れている人材というものを失ってしまう。
ならば完全に潰してしまうより、吸収合併した方がすぐに次のステップへと進める。
コレを現在の状況に当てはめると、国を支える臣民達が皇国に見切りをつけ王国へと流れ込んでくれば、生産力を含む国力の低下へとつながり、皇国が抱える軍事力そのものが維持できなくなってしまう。
その間は、双方共に出来る限り血を流すことなく牽制をし続け、国力の低下と共に起きるであろう『不信感の蔓延』を利用して、兵士からも離脱者を出せば王国の兵士が増える事になる。
よしんばその者が母国に剣を向けたくないと言っても一向に構いはせず、その際は普通に一般人として国内のあらゆる物資の増産に寄与してもらえばいいだけの話だ。
そこまで今後の構想を説明すると、二人ともポカンと口を開けていた。
王族や貴族、それに伴う騎士道に似た思想が前面に出ているこの世界では、こういう姑息な手を考える者が少なかったのかもしれない。
「なんともはや……悪巧み此処に極まれり……といった感じですな……しかし、そう簡単にいきますかな?」
「そう……ですわね……」
2人の呆れ果てた様子を気にすることなく、そもそもの発端である『新組織』の説明を開始した。
「それでエルンスト将軍には、王立遊撃軍から悪巧みが得意そうな者100名集め、戦略戦術研究させた上で30名程に絞ってください。それと同じように、目端の利く者100名を集め、諜報活動の研究をさせて40名程度に絞ってください。それが出来たら、名称は任せますので戦略研究の組織と諜報活動の組織を作って、戦略研究の組織を上位として、その下部組織に諜報活動の組織と軍組織である王立遊撃軍を組み込み、エルンスト将軍はそれらの組織を纏めた機関の長に就いてください」
私は、情報を収集する者、それを処理する者、そして処理し決定された行動を実行する者を確立させようと考えた。
正直なところ軍組織には介入したくなかった。
ただの営業マンでしかない私には『他人に殺し合いを指示する』という事に嫌悪感を抱いていたし、正常で居られないと思ったからだ。
しかしこのまま正面決戦による戦いを繰り返していたのでは、全ての苦労が水泡に帰してしまう。
『戦争とは一外交手段である』『戦争は金が掛かる』という二つの言葉を何かで見たことがあった。
『戦争の軍需による好景気』という言葉も見たことがあったので、戦争によって経済が疲弊するとは言い切れないだろうが、しかしそれは一時的だろうし、勝っていればだと思う。
稼いだそばから浪費されたのでは、再建の目処もなにもあったものじゃない。
だからこそ、無駄がなく犠牲を出さない為の組織が必要で、その為に軍組織に介入せざるを得なかった。
テレビや漫画からの知識を流用し、営業の仕事に置き換えて類推してみただけの事。
自分の考えに絶対の自信があるわけじゃない、しかし正面決戦を繰り返すよりはマシだというのは断言できる。
「話は分かりましたが……具体的にはどのようにするのです? 漠然としか見えてこないのですが」
何を学び、相談し考えればいいのか、拙いながらも説明をした。
戦略とは、最大目標迄の道を示すという事。
その戦略を効率よく達成する為に行使されるのが戦術で、それら全ての判断材料になるのが情報であり、それらを収拾したり、こちらの目的に沿うように情報の流布をするのが諜報だという事。
私自身も伝聞で知っている程度の方法なので、提案という形で意見を出す事を説明した。
また諜報活動は軍事面だけではなく、他国の産業割合や市井の人たちの生活状況、どんな物が潤沢にあり、どんな物が不足しているのか、それらの情報も収集する事で、出来上がった紙やアルコールの販売先、不足している食料品等の購入先の選定などにも役立てようと考えた。
「そういう事ですので、ほぼ手探り状態ですがなんとかお願いします」
エルンスト将軍にその事を告げ、その後にマレーナから明日の段取りの説明を受けた後でようやく体を休める事が出来た。
明日はいよいよ婚約披露会、婚約後に何が変わり何が変わらないのか、後戻りの出来ない所まで来たのだと改めて噛み締めながら目を閉じた。