第7話:王女の告白
「こんばんわティーナ。今いいかな?」
「こんばんわケイスケ、どうぞ入って……今日はありがとう勉強になったわ。……それにしても珍しいわね、ケイスケが私の所を訪ねてくるなんて」
「ん? あぁ……まぁそうだね」
元営業マン、口は達者で物を売り込むのも得意だが、モテた事が無い私にはこの手の話をどう進めたものか悩んでしまう。
「ケイスケが口ごもるって事は、お母様に聞いたのね?」
「あ、うん……王城に戻ってから言われてね」
少し沈黙が続き、間が空いたことで気まずくなってしまったが腹をくくった。
「まず、ティーナに聞きたいんだが……好きな人……好意を寄せている人とかはいないんだろうか?」
「好意? ……いないわね」
なにか嫌な事でもあったのだろうか、ティーナの顔から表情が抜け落ちたような気がした。
「そ、そうか……じゃぁ今後好意を寄せる相手が出来た場合は教えて欲しい、それまでに私が発言力を得て2人を祝福し王国を任せるように宣言するから」
「……それはどういう意味?」
意味が図りきれず邪推でもしたのだろうか、厳しい視線を私に向けてきた。
「そう……だね、どう言ったものか……知っての通り私には恋人がいるだろう? 実際には『いた』になってしまうのかも知れないが……それに正直なところ、私はここに居る貴族の人たちの様に見た目が良い訳じゃない。今は15歳程度の姿だろうけど、この顔から将来見目麗しくなるとは思えないよね? だからティーナの様に綺麗な女性の夫になれるというのは、とても喜んでしまう事ではあるんだ」
「……それで?」
「私も男だから綺麗な女性の夫になれたり、何人もの女性をなんていう生活を羨ましいと感じる事だってある。でも、この容姿に31年付き合ってきたからね、そんな自分を愛してくれる女性が現れれば一途にその女性しか見えなくなる。その後に離れ離れになってしまった私だからこそ、相思相愛の人を引き裂く真似はしたくない。だから王国の為に婚約していようが、好意を寄せる相手が出来た場合教えて欲しい」
私の話したい事が理解出来たのだろうか、ティーナの顔には表情が戻り、それでもどこか不安そうだった。
「ケイスケは私の事は嫌いなの?」
「いや、そうじゃないよ。嫌いなわけはないし感謝もしている。私の考えている事が上手く行って、王国が世界一発展して、マレーナ王妃がホクホク顔になったりすれば、ティーナも私に感謝してくれるかもしれない……うぬぼれかも知れないけどね、でも……感謝はしても異性として好きになるかどうかは別でしょう?」
「そう……そういう事ね……ケイスケの言いたい事は分かったわ。でもケイスケ、一つ言っておくわ」
「なんだい?」
「私は……お母様が執務室に篭る様になってからケイスケが現れるまで、貴族達の陰口を聞きながら暮らしていたの……私は、ケイスケが現れるまでお母様以外の周りの人間は敵だと思いながら暮らしてきたの。……だから私が貴族という人たちに恋心を抱くような事はありえないわ。私がティーナとして話が出来るのは、お母様とケイスケとカティとクリフだけ……そして本当に心許せるのはお母様とケイスケだけ」
「そう……」
人間の嫌な部分を見せ付けられてしまったからだろうか、ティーナの世界はとても狭い。
優子と離れ離れになってしまい、世界の全てに悲観していた私の心を救ってくれたティーナ。
そのティーナの世界が狭いという事実がとても悲しく感じた。
「だから異性として好意を寄せる相手となれば、ケイスケしか居ないでしょうね」
「うえっ!」
私が神妙な顔をしていると、とつぜんしたり顔になって爆弾発言をしてきた。
「あはははは、ケイスケでも慌てる事ってあるのね。ステーキにドレッシングをかけて食べても、慌てず騒がず『美味しいです』って言ってたのに。あははは」
「そ、その話はもう勘弁してくれ……」
ティーナが気を利かせてくれたのだと思う、会話が暗くなりがちだったが笑いが漏れた。
雰囲気も軽いものに戻り、少し雑談した後部屋を辞した。
その日、部屋に戻りベットに身を横たえると久しぶりに強烈な孤独感が襲ってきた。
婚約の話をした為か、軍などという分不相応な話をした為か、31歳の頃の全てが恋しくなった。
支えが欲しいと強く思った。
何時寝付いたのかハッキリしないまま強い光に照らされた。
同時に誰かが出て行くような気配がしたのだが、カティがベッドのカーテンを開けながら挨拶をしてきた。
「おはよう御座いますケイスケ様」
「んあ? あぁ、おはようカティ……今誰か居なかった?」
「いえ? 私だけですよ?」
気のせいだと思ったし、眠いのでどうでもいいとばかりに再び布団に潜り込むと、カティが困った声を上げながら起こしに掛かってきた。
眠い目をこすりつつ朝の支度をし本格的に王様業に取り掛かった。
私は王国再建案として農法の改革と輸出商品の開発を行なう事を提案し、新農法の試験の為に試験農場を設置することと、輸出商品選定の為の情報収集を行なう事にした。
輸出商品として構想に上がっているのは、紙とアルコールランプだ。
紙に付いては体験学習の時に見た事がある。
何かの木の枝から皮をはいで白っぽい内皮の繊維を叩き、脱色なのか何なのか灰を入れたお湯で煮た後川で洗っていた。
その後すこしトロミの付いた水の中に入れ、網のついた木の枠でバシャバシャやっていた。
なんの木だったか忘れたし作業方法も完全には覚えていないが、とりあえずで製作してもゴワゴワした紙が出来ると思う。
その後、植物の分布状況やら栽培のしやすさ等を考慮に入れ紙の製作に適した木を選定し、製造方法等を幾通りか試して記録を付け作業の見直し等を図れば、より上質な紙が出来上がると考えている。
問題は、木の繊維を入れる水に入れていたトロトロした物がなんだったのか、説明していた時に友人と無駄話をしていたので聞いていない、理不尽だろうがその当時話しかけてきた友人に腹が立った。
「そういうわけなので……クリフさんの知っている中、若しくはお知り合いの方にそういったトロトロした物を知っていないか教えて欲しいのです。第一条件は無色透明で水に溶け、希釈度に合わせてトロトロ感も薄まっていく事。欲を言えば手を掛けなくても大量に入手出来るものです」
「そうでございますねぇ……幼少の頃そのトロトロした物を木の枝に塗って友人と引っ張り合いをしたり、その友人達と手をトロトロにして、女の子の手を握って泣かせてしまった事がありましたが……あれは何処で手に入れたのか……簡単に手に入ったのは覚えておるのですが……申し訳ありません、少々記憶がぼやけております様なので、その当時の友人達に尋ねる事に致します」
「そうですか、ご面倒をお掛け致します。しかし……クリフさん悪戯好きだったのですね……」
「ははは、お恥ずかしい。近所では悪ガキグループの一員でした。それでその友人ですが、王都に居を構えている者もおりますのでお気になさる事は御座いません。私も久しぶりに思い出した悪戯の話をしてきたいと思います」
確証は持てないが希望は見えてきた。
最悪海草の表面の粘膜を使うか、魚の表面の粘膜という方法も残されている。
次にアルコールランプだ。
入れ物は金属でも構わないので、問題となるのはやはりアルコールの精製である。
工業用ケミカル用品の卸売り販売という仕事柄、その手の情報はよく耳に入ってくる。
商品説明の際の基礎知識として会社から資料を渡される事もあるし、得意先で教えてもらう事もある。
それに『ガソリンの高騰によりバイオ燃料に注目が集まる』等というニュースも世界的に有名だ。
アメリカのモータースポーツであるインディーはアルコールを燃料としている。
誰でも知っているアルコールはエタノールで、簡単に分類すれば飲めるアルコールだ。
穀物や果物が発酵して出来る酒類に入っている。
そして、今回作ろうとしているのは飲めないアルコールであるメタノールだ。
別命を木精と呼び、木炭を作る際に煙と一緒に立ち上る水蒸気に含まれている。
炭焼窯の煙突を工夫し、出てきた水蒸気を冷やす装置、そして採取した液体を蒸留する装置が作れれば純度は低くてもメタノールは得られる。
それら全ての作業をする為の人員を確保するべく、マレーナの下を訪れた。
「お忙しい中すみません。昨夜の件なのですが……」
「試験運用の為の人員の募集でしたわね?」
「えぇ、農業に携わり農業について詳しい者1人、この人は出来るなら農耕馬を所有していてまだ種まきが終わっていない者が望ましいですが……周辺の人間の不評を買わない為、それと募集に対して人が集まり過ぎない為に雇用条件を少々悪い設定にしました。昨年の収穫高の8割程度の賃金で、労働力を含めた資材全ての1年間の借用です」
「その様な条件で応募が来るでしょうか?」
「恐らくは来ると思います。それに、それでもいいからという位生活が貧窮している者の方が、周りからの反感も少なくてすみますから。もしこなかった場合は、改めて条件を変えれば済むだけです」
今この国の人達は皆苦しい状況にある。
しかしその中でも幾分か余裕がある人間は居るわけで、余裕がある者がより裕福になるというのは回りからの反感は強くなってしまう。
それに好条件を出してしまえば参加希望者が増えてしまい、初期費用では賄いきれず国による選別という反感の種を蒔いてしまう結果になる。
「次に雑務全般をしてもらう者2人と炭焼の技術を持つ者が1人、農業試験の募集もですが夫婦の方が望ましいです。募集を掛ける際、食事だけは食べていけるという条件で募集してください。募集で確保出来た人達が夫婦だった場合、その奥さん達には王城の一室か小屋で紙の開発作業に参加してもらいます。どなたかが独身者だった場合、加えて女性の方を不足するだけ同条件で募集してください」
「わかりました。早速募集を知らせる早馬を出す事にしましょう」
これで人材の雇用に付いては一段落着いた。
「それと王国にはお抱えの職人と言うのはいるのでしょうか? こういった物を作って欲しいのですが……」
「王城に出入りしている商人はおりますが、職人はおりませんね。どういったものです?」
私はマレーナに冷却と蒸留の装置を書いた紙を見せた。
それは槽の左右の壁を繋ぐように、数本の銅管が傾斜しながら曲がりくねって走っている金属製の水槽で、コレを冷却装置として考えている。
もう一つは、木製の蓋で密閉できる寸胴鍋程度の大きさの鍋2つ、その間を繋ぐ為の銅管1本だけを使用した縮小版冷却装置1つである。
「コレが冷却装置で、この銅管の中を煙が通過するわけです。それでこの水槽の中に水を入れてありますので、冷やされて油のようなものと水のようなものが滴り落ちてくるわけです。次にこちらですが、先ほどの装置で手に入れた水のようなものを暖めます。当然湯気が出てくるんですが出口がここしかないので小さな冷却装置みたいな物の中を通過しながら隣の鍋に湯気は逃げて行きます。しかし当然冷やされるので湯気は再び水に戻るのです」
マレーナは『水が湯気になりまた水に戻ったからといってなんなのか』と不思議そうにこちらを見ていた。
そこで元々の水のようなものの中には水と燃える水が入っている事、燃える水はすぐ湯気になるのでこの方法で燃える水だけ取り出せるのだと説明すると、とても驚いていた。
「実はワインにも燃える水がはいっているんですよ。別に体の中で燃えるわけじゃないですが、ワインを飲んで体が温かくなるのはその燃える水が入っているからなんですよ」
「そうなのですか!? 燃える水とは……という事はワインで同じ事をしても燃える水が得られるのですか?」
「えぇ、得られますよ……まぁ、ワイン等は高いので勿体無いから使いませんが……それとも装置が出来上がったら装置の試験の為に安いワインか何かで試してみますか?」
そういうと『是非に』と興味津々で実験要求をしてきた。
特殊な品である為商人を介さず直接職人に頼んで欲しい事と、その際に幾らになるかも結果を教えて欲しい事を頼んだ。
その後馬車に乗り王都の外縁部へと足を向けた。
王城との往復の際時間が掛からず、試験農地として適度な広さがある所を選定条件に探したが、最適と思われる場所は全て埋まっていた。
ただ一箇所、元は裕福な農家だったのだろうか、大きな住居と荒れ果てた畑、それと資材倉庫のようなものが空き家となっていた。
近隣の住民に尋ねると、夫は流行病で他界し、枯れ切った土地は何も育たず、生活が出来なくなった為2ヶ月程前農耕馬を売り払い、子供達と一緒に山間部にある実家に戻ったのだそうだ。
腕時計を見ると午後2時になっていたので一旦城に戻り、第6軍団長ハイドフェルド将軍改め、王立遊撃軍エルンスト将軍の下を訪れると『こき使ってください』と100名の兵士が待機していた。
「小難しい事は何も言いません。これからする仕事は農作業と土木作業です。私も含め皆さんもパンや肉をたらふく食べる為の第1歩だと思ってください」
「はい!!」
兵士達が一斉に返答するのを聞くと早速先ほど選定した場所に向かわせ、既に午後だった事もあり住居や倉庫や畑の整備をさせた。
私は現地に向かい一緒に作業をする前に、軍馬の厩舎へと足を向けた。
その厩舎で馬の世話をする者に話をし、軍馬の出した排泄物を定期的に試験農場にある資材倉庫へ搬出する約束を取り付けた。
数日中には鶏糞の入手先を確保し、いずれは魚カスや貝殻等の入手ルートを確立させ、農法の幅を広げようと思う。
選定場所に向かうと既に作業は開始されていた。
住居は掃除をし人が住める状態にし、畑は雑草と小石を除去する。
一度畑の中に入り、近くに置いてあったスコップを手にすると畑を掘り返した。
話に聞く通り土はサラサラと砂のようで、土中の虫も少ないようだった。
畑と倉庫を担当していた兵士達を集め、今日の作業内容を指示した。
「まず畑を担当している人達は、雑草と小石を除去した後適当に掘り起こして耕して欲しい。その後時間が余ったらそこにある麻紐を使って畑を17等分にして、その境界線には大体700ミル(70cm)程度の深さの溝を掘っておいてくれ。そこには後で石を敷き詰める。倉庫を担当する人達は邪魔な物を外に運び出した後、入り口以外の3方の、天井付近の壁の石を窓をつける様に幾つか抜き取って欲しい。それが終わったら入り口の壁の石を抜き取って、出来るだけ大きく入り口を広げてくれ。後日職人を呼ぶか補強用の木材が到着すれば正面の壁を撤去する予定だ。特に倉庫担当は危険な作業も含まれるので怪我しないよう注意して欲しい」
「了解しました!」




