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第1話:目覚めたら王城

 目を覚ますと見知らぬ石壁が目に飛び込んできた。

寝ぼけた頭に疑問符を浮かべながら辺りを観察すると、紋章が描かれたタペストリーや中途半端な曇りガラス、高級そうな家具と赤い絨毯、今身を横たえているベットも、かなりの大きさである事が見て取れた。

首を動かし天井を観察しようとしたが、目に映るのはベットの天幕だった。


「お気づきになられましたか?」

「え? あ、あぁ……はい」


 唐突に背後から声を掛けられ慌てたが、声の主が女の子だった為に呆けた声を上げるに留まった。


「ただいまマグダレーナ様をお呼びして参りますので、少々お待ちください」

「……はぁ」


 そう言い残してパタパタと退室して行ったのだが、生憎とマグダレーナなる人物を私は知らない。

現在の状況がさっぱり掴めず、記憶の混濁を起しているのかと考えて声に出しての意識確認を行なった。


「田中圭介、新潟県在住の31歳独身。工業用ケミカル用品の卸売り販売の営業マンで、営業所主任。23歳の頃にアパートに移り住み、以降一人暮らし、26歳の頃に佐々木優子と知り合い交際は5年目、そろそろ結婚を考えている」


 記憶の最後を辿れば、夕方にその日最後の訪問先だった得意先に向かったが、先方の社長より『遅れる』との連絡があり、時間つぶしの為に、近場の車中でうたた寝をしたところ迄は覚えていた。

記憶の混濁は無かったが、現在の状況とまったく繋がらない。

上体を起し部屋の中を見渡せば、欧州辺りの趣向を凝らした高級ホテルの寝室、といった趣だった。

もっとも、そんな所に宿泊した経験などあるわけがない、写真やテレビ等の知識との比較だ。

服はいつの間にか着替えさせられており、青のガウンを着用していた。

誘拐かと思ったが、女性や子供や資産家ならともかく、営業マンを誘拐するメリットが無い為可能性は低いと考えた。じゃぁ夢かとも思ったが、夢の中で夢か現実かを疑うような経験もなかったし、意識もハッキリしているのでそれも却下した。


「……連絡どうしよう……」


 色々悩んだ後に、諦めたように漏れた言葉は仕事の事だった。

起き掛けに声を掛けてきた女の子に害意が無く、とても優しげだった為、騒ぎ立てる事も無く冷静になれたのは僥倖だった。

いよいよ手詰まりになった頃、部屋のドアがノックされ一人の女性が入室してきた。

エメラルドグリーンのドレスに身を包んだその女性は、スレンダーながらも均整の取れたプロポーションで、サファイヤのような青い瞳が印象的だった。

目鼻立ちの整った美人だが、それでもその表情には温和な部分が見て取れ、所謂癒し系という印象を与えていた。

ブロンドの髪はアップに纏め、髪に宝石をあしらった上品な髪飾りを施し、美を体現したような白人女性だった。


「お加減は如何ですか?」

「んあ? ……あ、あぁ、問題ないです」


 見惚れていた為に呆けた返答を返したしまったが、にこやかに微笑み返されたので少し照れた。


「申し遅れました、わたくしはマグダレーナ・フォン・ハルトヴィック王妃です。マレーナとお呼び下さい」

「王妃!?」


 なぜ王妃が、と混乱に拍車がかかり目を白黒させてしまった。


「は、はい、こちらこそ田中圭介です。圭介と呼んでください、マレーナ王妃……それで、不躾で申し訳ないのですが……ここが何処なのかとか、現在の状況がさっぱり掴めません。宜しければその辺りの事をお聴きしたいのですが……」


 驚きはしたが、ある程度落ち着いて質問出来たのは、王妃と名乗られた事で話半分として聞いていたからだと思う。


「そうですか……では御説明いたしますわ。ここはハルトヴィク王国の王都ハルトヴィック、その王都にある王城ですわ」


 しょっぱなから聞いた事も無い固有名詞が飛び出した。

その事を確認したかったが、会話を好意的に発展させるのも円滑にするにも、相手の話を遮ってはならない、という営業での経験もあり、とりあえずは全ての話を聞いてからと考えたが、どうやら説明は終了らしい。


「え〜っと、申し訳ありません……ハルトヴィック王国という王国を聞いた事が無いのですが、宜しければ周辺の地理も教えて頂けないでしょうか」

「え? えぇ……分かりましたわ」


 重ねての質問で、周辺地理の説明が始まった。

ハルトヴィック王国があるローランド大陸には、自国も含め全部で5つの国があり、ハルトヴィック王国は大陸の北西に位置していた。

ハルトヴィックに隣接するのは2ヶ国で、南側はモルダウ国、東側はローゼンバーグ皇国、ローゼンバーグ皇国の南にはドロイゼン国があり、大陸の東端にはベルガー公国が存在する。

周辺国家の名前が出てきたが意味が無かった。

地名は分からないが地理は理解したので、肝心な事を質問した。


「それで……何故私はここで寝ていたのでしょう? さっぱり記憶に無いのですが……」

「そうでしたわね、それもご説明いたします」


 そう言って聞かされた内容は神話を思わせるものだった。

南に隣接しているモルダウ国とは不可侵協定を結んでおり、友好的な関係を保っている。

東側で隣接するローゼンバーグ皇国とは長年戦争を繰り返し、つい先日も国境にて大規模な戦闘が行なわれていたらしい。

双方共に大量の死傷者を出していたが、突如上空から光の玉が降りてきた。

外縁部にいた両陣営の兵士達が呆けて見上げ、徐々に戦場全域の兵士達がその光の玉に注目しだした為、戦闘は中断された。

光の玉が徐々に降下してきて、凡そ地上10m程度の位置で停止すると、国境を中心に入り乱れて立ち尽くしていた両陣営の兵士達が、突如国境を境に自国側にはじき飛ばされた。

何事かと警戒態勢を取るも、それ以降光の玉に変化は無かった。

我に返った兵士達が再び戦闘を再開させようと動き出したが、いつの間にか国境に発生していた見えない壁によって、人の越境も敵国に向けた攻撃も遮断され、戦場にいた全兵士達に『矛を収めよ』という声が響いたらしい。

夜になっても光の玉は太陽の如く辺りを明るく照らした。

暫く試行錯誤を繰り返したが攻撃は不可能と判断され、両陣営とも戦意が削がれ戦争は終了した。

謎の壁の調査部隊という事で、軍の中で現地に駐留する部隊が選別され始めたが、謎の壁に興味を示した一人の兵士が、何の苦も無く国境を越えた事で事態は更に混迷を極めた。

何度か試すうちに、害意を遮断するという事が判明し、早馬で伝令を出し2日後には伝令が王都に届いた。

取り急ぎ現場に急行するべしとの厳命が出され、マレーナ王妃と近衛騎士団が現場に到着したのが、光の玉出現から15日後の事だった。

マレーナ王妃が馬車から降車し姿を見せると、今まで動きの無かった光の玉がマレーナ王妃に接近し、護衛の騎士が警戒する中マレーナ王妃の目の前で光が収束し、中から意識の無い私が出現したらしい。


「マグダレーナ様、そろそろお時間で御座います」

「えぇ、分かったわ。……申し訳ありません圭介様、わたくしは政務をこなさねばなりませんので、しばし席をはずさせて頂きます。なにかありましたら、メイドの者にお申し付け下さい」


 顔を合わせた時間は5分少々、話は妄想じみていたし情報も足りなかったが、何より整理する時間が欲しかったので、これ幸いと快諾した。


「……はい、分かりました。お忙しい中恐れ入ります」

「いえ、また夜にお伺い致したく思います。それでは失礼します」


 そう言い残しマレーナが退室すると、入れ替わりに朝に見かけたメイドの女の子が姿を現した。


「改めて宜しくお願いします。顕現者様のお世話を努めさせていただく、メイドのカティ・ブラントと申します。カティとお呼び下さい」


 緊張で表情も身体も固くしながら挨拶した女の子はカティと名乗った。

少し赤みがかった茶髪を肩位まで伸ばし、幾分茶色の割合が多く感じる瞳はは大きかった。

日本と欧米人のハーフっぽい顔立ちで、可愛らしいという表現がピッタリな14〜5歳位の女の子だった。

突然『顕現者』等と呼ばれてしまったが、出現した時に人を超える力によって争いを鎮め、神の御業を顕現させる者として顕現者という肩書きが付いたらしい。

名を名乗って呼び方を改めさせようと思ったが、恐縮しきりだったのでとりあえず保留にしておいた。


「何かご入用はありますでしょうか?」

「ん〜コーヒーってあるかな?」

「コーヒー……で御座いますか? 申し訳ありません。コーヒーが何なのか分かりかねるのですが……」

「ん? あぁ〜そうか……じゃぁ何か落ち着く飲み物もらえるかな」

「畏まりました」


 そう言って、緊張しながらもどこか嬉しそうに紅茶らしきものを差し出して来た。

どうせならとかなり強引にカティに同席させ、一緒に紅茶らしき物を飲んだ。

マレーナに話を聞いたが、正直荒唐無稽すぎて推論の取っ掛かりにもなりゃしない、情報が足りないので考察より観察と周りに目を向けたが、ふと自分の私物はどうなったのかが気になった。


「そういえばカティさん。私の服とかはどうなったのかな?」

「服や持ち物でしたらこちらに纏めてあります」


 そう言って示されたウォークインクローゼットの中には、革靴と背広などの衣服、携帯電話と太陽光発電式の腕時計、暗証番号ロック付きのアタッシュケースと少し大きめの工具箱が置いてあった。

とりあえずアタッシュケースを開けると、ノートPCとコピー用紙、営業の資料、A4ノート、メモ帳、定規やペン等の筆記用具と計算機が入っていた。

A4ノートに先ほど耳にした固有名詞とその意味を記入したのだが、カティの視線を感じ顔を向けてみると、ペンや紙を驚愕の表情で見つめていた。

部屋の中を観察しようと席を立ったのだが、カティが慌てて席を立ったので、落ち着かせる為にコピー用紙を一枚取り出し、ボールペンやら蛍光ペンやらを渡して席に座らせた。

カティが興味深々で文字を書いているのを見届け部屋を観察すると、あらゆる所に違和感を感じた。

部屋の中には電灯等の照明器具が無くコンセントも見当たらない、やたらと装飾が華美な部屋だったがどこか古臭く、窓のガラスは曇っていた。

あれこれカティに質問を繰り返したのだが、机やベット、扉や窓等の名詞は日本語と同じだった。

判断材料が無い為、紅茶らしき飲み物の名前を尋ねたのだが


「コレですか? クアラ茶ですよ」

「そ、そう……美味しかったよ」

「有難うございます」


 ニッコリと微笑み返答された。

そもそもお茶の名前等知らないので意味が無かった。

流石に嫌な予感を感じ始め窓を開けて外を眺めると、この部屋は高い場所にあるらしく外の風景が一望出来た。


「ね、ねぇ……電気とか電話とか冷蔵庫とかって知ってるよね」


 我ながら変な質問だと思いながらも、YESという答えを期待した。

眼下に見える敷地内を、西洋風の鎧らしき物を身に纏った騎士だか兵士だかが隊列を組んで行進していた。

少し離れた所に見える街道は石畳が敷かれ、その街道を幾つもの馬車が往来し、その隣を野菜を積んだ荷車を引く人が街道沿いの店らしき建物に入っていった。

街灯は見えるも電灯なのかランプなのか分からず、一望できる景色全てに目を向けても、電柱も送電鉄塔も存在しなかった。


「えーっと……デン……? 済みませんどれも聞いたことがありません」

「……そ、そう」


 私はやたら暗い表情になったらしい、カティが申し訳なさそうな顔を浮かべた。


「は、ははは……そうか……」

「え?」


 呟いた声は小さすぎて、カティには聞き取れなかったらしい。

カティの返答を聞いた瞬間理解した。

ごく決められた範囲内に電柱が無いのはまだ分かる。

時代劇の撮影現場のような場所や、そういった雰囲気を必要とするアトラクション施設かレジャーランドの可能性だ。

しかし、そういった施設であっても、角度や位置によっては電柱等が見えてしまう。

電柱は企業努力の結果隠せたとしよう、それでも遙か彼方まで広がる平原や、目の前に見える山や丘や森等、視界内の全てから、送電鉄塔を排除するのは不可能だ。

特に市街地でないのならアレは何処を見ようが目に入る。

遠方に電力の送電する為に、安い土地を選んで建てられるのだから。


――ドサッ!?

「ははは……」

「ど、どうされたのですか!? 大丈夫ですか!」


 膝が笑い窓際で力なく崩れ、その場で尻餅を付いた。

慌ててカティが駆けつけてきて背後から上体を支えてくれた。

こういう場合、もっとわめき散らすもんだと思っていた。

理不尽で不可解だからどうにか理解しようと、若しくはどうあっても理解したくないとばかりに、近場の人間に詰め寄るもんだと思っていた。


「そうか……ははは」

「だい……きゃっ!?」


 片手の掌で両目を押さえ上を見上げると、全ての力が抜けてしまった為カティを巻き込んで後ろに倒れてしまった。

悔しいかったり悲しかったり等、停滞に属する感情や思考は人の顔を俯かせる。

憎悪や邁進、向く方向は逆でも決意ある行動に属する場合前方を睨む。

夢想や希望や郷愁、形や道筋の無い思いを描いたとき人は上を向く。

こういう場合でも上を向くんだなぁ等と、割とどうでもいい事を思っていた。

私が感じていたのは『諦念』だった。

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