エピローグ:霊獣を追う人たち(竜)
〇
私とオグロ先輩は、久しぶりにお酒の出るお店に来ていた。
それも休日の真っ昼間から。
場所は以前、私が醜態を晒した例のお店。理由は一応、戦勝祝いということになっていた。戦勝祝いというのは、あれのことだ。
あの月狼の保護が正式に決定したのだ。
この一ヶ月、本当にあらゆる手段を尽くした。
保護区を行ったり来たりして、保護の専門家に意見を聞いて、キサラさんが新しく代表になった新生〈フェアリー・キス〉と協力したりして、法政局に何度も出向いて調べものをして、可能な限りの手札をすべて切った。それでようやく勝ち取った保護という結果だ。
この一ヶ月は、衛生官として初めて、霊獣の命を守るために戦った。
「おめでとう、リュウ」
オグロ先輩は白い歯を見せて盛大に笑うと、麦酒の入ったジョッキを掲げた。私は少しだけ笑い返して、同じく麦酒の入ったジョッキを掲げて彼の杯にぶつけた。
「ありがとうございます」
「守れたな、あの月狼」
「ええ、多くの人のおかげです」
そう言葉を交わして、二人で麦酒を傾ける。
美味しいけれど、注意しないと。私はアルコールに強くない。オグロ先輩のペースに合わせると、あの日の二の舞だ。それも今度は真っ昼間から。流石に避けたいというか、避けないとダメだろう。人として、社会人として。
でも、こちらの心配などつゆ知らず、オグロ先輩は「久しぶりに美味い酒だ」とすごい勢いで杯を呷っていた。
基本的に肉体の性能がすべて異常値を叩き出すような超人なので、どれだけアルコールを摂取しても潰れることはないのだと思う。トリカブトの根っことか、ふぐの肝とか食べても、気づかずにケロッとしてそうだし……。
オグロ先輩は麦酒のおかわりをお願いすると、アルコールの全然効いていない顔で尋ねてきた。
「でも、よかったのか。譲ってしまって」
「えっ? ああ、保護施設への移送のことですか」
月狼〈エバ〉を新しい保護施設に移送する業務は、ウルフくんたち第三班にお願いしていた。たぶん今ごろ、彼らは保護施設に移動中だろう。
私は白身魚のフライを摘まみながら、「いいんです」と答えた。実際のところ、私はすでに今回の仕事に満足していたんだ。
「私はもうやるべきことを終えました。それに今、あの役目はウルフくんにこそ必要だと思います」
「そういうもんか」
「そう思ったんです」
「まぁ、お前がいいならそれでいいんだ。とにかく、よかったな。まずは第一歩だ」
「はい。あの、オグロ先輩」
「うん、なんだ?」
先輩は早くも二杯目の麦酒を受け取って、私の方を見る。私は、ちょっと顔が熱くなっていたけれど、でも、きちんと言葉にして伝えたかったことがある。
ずっと彼に伝えたくて、けれど、自分の中でも整理が付いていなかったこと。
今回の件で、私はようやくそれを確信できた。
「ありがとうございました。私、続けてよかったです、この仕事」
だから今日、言葉にして伝えた。
すると、先輩はびっくりした顔をして、なぜか慌てて麦酒を一気飲みした。ジョッキを置くと、真っ赤な顔をしている。
「ああうん。まぁ、なんだ。その、酒が回ってきたかな……」
なんて言い訳がましく呟いたので、私は思わず吹き出しそうになった。
〈了〉