第九話 終
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左眼を失って、数日。
鵺の一件は、無事に終息を迎えた。
「いや、俺の相棒が片眼なくしてんだから、無事なわけねぇだろッ」
シラコさんなら、そう言うかも知れない。
というか絶対に言うし、言うというか怒鳴ると思う。
けれど、僕が戦ってから後、衛生官にも、フェアリーキスの会員にも、負傷者は出なかったんだ。だったらまぁ、「無事に」と呼んでもいいんじゃないか。すでに亡くなられていたご家族については、あまり語れる言葉を持たない。
回収された鵺は、すべて焼却処分された。
彼女たちの慰霊碑は、王立公園の隅にひっそりと建てられている。その場所を訪れたことはなかった。これからもきっと、足を運ぶことはないだろう。
すべての元凶である〈ジーン・クリスパーダ〉については、聖騎士局が調査を進めていた。僕にも事情聴取の要請が来ている。
まぁ、とりあえず、だ。
ミヅチ・ウィンドミルが、衛生官として関われることは終わった。
〇
聖騎士局での事情聴取は、簡単だった。
クリスパーダの外見的特徴、使用した魔術、呪文の訛り、杖の形状など。どこを押さえていれば、魔術師の追跡に役立つか。ウィンドミルの家系ほど、それに熟知しているものもいない。
僕は、使えそうな情報を端的に列挙した。
調書を作る騎士が、「まるで同僚と話しているみたいだ」と呆れていた。
聴取が終わり、個室を後にする。
会いたくない顔もいるし、早く帰ろう。急ぎ足で、白亜のエントランス・ホールに向かう。ここの造りは厳かな意匠を凝らしすぎて、どこか神殿じみていた。
受付の女性に入館証を返していると、嫌な声を掛けられる。
「酷い面構えになった」
僕は会いたくない顔を見上げた。
エントランス・ホールの中央に座す、幅広の大階段。途中までは一本だった階段が、中間にある踊り場から左右に分かれて伸びていた。
男が立っていたのは、その踊り場部分だ。
編み込まれた白髪に、背筋の伸びた長身。「お前のすべてをお見通しだ」と言わんばかりに不遜な眼。無駄に威厳たっぷりで、古い魔術師の見本のような男だ。
「あの女が、せっかく美しく産んだものを」
僕は左目の眼帯を押さえて、余裕を持って言い返した。
「箔が付きましたでしょう?」
「畜生ごときにつけられた傷で、何を誇る」
「人を守って受けた傷です」
「人の何を守った」
「命を守ったさ」
「聞いていたのと違うな」
――お前が守ると宣言したのは、何だった?
古い魔術師は、言外に多くを語る。
他者の笑顔を守るのではなかったか? 他者を幸せにするため、風車の魔術を使うのではなかったか? お前はそう言って、家を出たのだろう?
お前は今回、それらを守ったか?
お前は今回、だれか一人でも幸せにしたのか?
「気は済んだだろう。戻って来なさい」
親父はそう言う。
だだをこねる子どもを諫めるように。
それでも、僕は「守ったさ」と繰り返した。
「命さえあれば、笑える日も来るでしょう」
それだけ残して、もう振り返らない。
◇
カイト・ウィンドミルは、息子の背中を見送る。
頑なに無表情で、片眼になったミヅチに対し、そっと独りごちた。
「二度と笑わないような顔で、それを言うか」
愚かだと笑うことはしなかった。
「落とし前はつけなければ、な」
聖騎士局の最高顧問は、踵を返すと、まだ見ぬ敵を睨み付けた。