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第六話 鵺

    ◇


 中位霊獣――キマイラ


 彼女らは「あまりに危険である」と判断されて、狩り尽くされた霊獣だ。共存は不可能だった。幼獣の一匹すら残すことができず、人間の意志決定のもとで入念に滅ぼされた。そんな前例を持つ霊獣は、これの他にはいない。


 すべての理由は、彼女らの持つ固有魔法にあった。


 彼女らの固有魔法は、〈受胎バンプ〉と呼ばれていた。


受胎バンプ〉の効果は、二つある。


 一つは、生まれる個体が必ず雌になること。


 鵺に対する指示語が、〈彼女〉になるのはそのためだ。雄の鵺は、最後の一匹が狩り尽くされるまで、ついぞ確認されたことはなかった。


 もう一つは、自由受精。


 ありとあらゆる生物の精子から受精卵を作れるという、稀有な能力だ。

 その能力を活かして、どれほど生態が異なる生き物とも、彼女らは平気でまぐわうことができた。

 生まれる個体は、両親の特徴を継ぎ接ぎした異物になる。


 一匹として、正しい姿を持たない霊獣。


 共通するのは、雌であること、〈受胎〉の固有魔法を持つこと。


 そして、往々にして彼女らは弱かった。


 当たり前だ。生物の身体は、それらの姿形に落ち着くまで、多くの生存競争を経ている。簡単に言ってしまえば、〈生き残る能力の高い形〉だから、そこで生きているのである。


 しかし、鵺の場合はそうではない。


 場当たり的な合成の結果だ。生存可能な姿で産まれることすら稀である。それでもしぶとく生き残ってこられたのは、必ず雌が生まれるという特性と、どんな精子でも受精卵を作るという特性の二点が、デタラメな多産を可能にしたからだ。


 彼女らの生存戦略は、とにかく雄とまぐわうことだった。


 弱い彼女らは、混ざり続けた。そうやって、本来はあり得ない組み合わせのウィルスを、病原菌を、原虫を、病のもとを、その身体に溜め込んだ。〈毒のカクテル〉と呼ばれた現象だ。大航海時代を経て、世界各地との貿易が盛んになると、その混沌ぶりはさらに加速した。いつの間にか、彼女らの身体は〈未知の感染症〉を際限なく生み出す、毒の工場と化していた。


 付いた二つ名は――〈感染症の女王〉。


 都市すらも滅ぼし尽くす、弱くて怖ろしい女王の誕生だった。


     〇


 僕が案内されたのは、石組みの古い建物だった。

 裏路地をグルグルと歩かされた後の、一本道の行き止まりのようなところにドアがあった。左右は壁に挟まれていて、居住性の悪そうな細い長い建物が、何かの間違いみたいに聳えている。


 僕とクリスパーダは、その建物の地下で対峙していた。


 周囲には、無数に積み上げられた檻と、檻に入れられた生き物たち。どの生き物たちも、ぐちゃぐちゃに混ぜ合わされたような姿をしている。


 その中に一匹だけ、普通の羊がいた。正確には、羊の剥製だった。


 クリスパーダは、その羊の剥製の前に立つ。


「ああ、魔術師の中の魔術師と謳われる、あの邪眼卿じゃがんきょうに、ワタクシめの研究を成果をご覧頂けようとは、なんと、ああなんと――」

「その演出、いつまで続けます?」


 派手な身振りを止めて、クリスパーダはニタリと微笑む。

 僕は仕事用の笑顔のまま、彼を見上げていた。


「いつまでも、でございます。永久とわにでございますよ、邪眼卿」

「そうですか。ですが、いや、申し訳ない。時間の流れは、貴方だけのものではないのです。過剰な前振りはご遠慮願いたい」

「これは失礼致しました。流石は邪眼卿、含蓄のある言葉を頂戴しました」


 ――では、サクッと参りましょう。


 そう前置いて、クリスパーダは愛おしそうに剥製の檻を撫でた。


「この羊がはじまりなのですよ、邪眼卿。ワタクシの作った、すべての鵺の。

 この羊は、鵺なのです。羊とのみ交配を重ねたがゆえに、限りなく羊以外の外見的特徴を失った、異端の鵺なのです。ワタクシが見つけたときには、とある遊牧民が所有する羊たちに混じって、羊のような顔で草を食んでおりました。実際にこの鵺は自分のことを羊だと思っていたに違いありません。

 そして、自らすら欺くほどの完璧な擬態が、かつての悲劇からこの鵺を守り抜いたのです。素晴らしい奇跡でございましょう?」


 男は、悪夢のような出来事を、当たり前の前提として口にする。慶事のように凶事を語り、正気を疑う笑みを浮かべた。


「ワタクシは歓喜致しました。この奇跡の生き物に、そして、その奇跡に巡り会えた自らの幸運にでございます」

「その奇跡でやっているのが、下らない商売か」

「ああ、酷い誤解でございます。ワタクシは確かに卑しい身分でございます。しかれども、魔法の秘奥に至ろうという思いは、その熱意は、巷に蔓延る偽りの魔術師とは一線を画すものなのです。金持ちどもに配ったあれらの作品は、あくまで資金集めに過ぎないのでございます。邪眼卿よ、ワタクシの目的は、ただの一つなのです。いやいや、ここはぜひに〈我々の目的〉と呼ばせて頂きたい!」

「…………どういう意味だ?」

「おやおや、流石は邪眼卿です、焦らすのもお上手でいらっしゃる。決まっているではございませんか。ワタクシと貴方様は、同じ目的を持っているはずだ、ということでございますよ。魔法の秘奥について、です。


 この世界の法則を無視する、謎の力の根源が何なのか? 


 霊獣たちは何の力を借りて、どうやって奇跡を起こしているのか? 


 確かに奇跡はあるのです。奇跡を起こす力は、そこにある! 


 であれば、その何を知り、その何に直接触れること。我々のような本物の魔術師にとって、これに勝る目的などございますまい。

 さぁ、そこで本題なのですッ。ぜひにッ、ぜひにご覧頂きたいのですッッッ、ワタクシの考えた()()()()()()()()をッッッ!!」


 クリスパーダは、今までにない荒い鼻息で叫ぶ。

 一直線にある檻まで近づくと、その檻に掛けられていた白い布を毟り取った。


 檻の中にいたのは、()()()()()()()だった。


 限りなく、人に近い姿を持つ、しかし、明らかに人でないバケモノだった。

 五体は満足だが、毛皮を持ち、羊毛を持ち、両目の配置が異常に離れていて、鼻も突き出している。関節の付き方もおかしい。五体の制御がままならないのか、糞や尿の上を這いずるように動いている。


 常人には理解のできない光景だったと思う。


 生命の冒涜に映るだけ、グロテスクな怪物だと思うだけだ。


 でも、僕には理解できた。

 どういう試みで作られたものか。どうやって作ったのか。何を目指したのか。このままだと、どういう風に失敗するのかまで、すぐにわかる。


 何が、新しいアプローチだ。


 これではただの――車輪の再開発だ。

 

「アンタ、これを人にするつもりだったのか……」

「ああ、本当に流石だ。そして、すでに見抜いていらっしゃる。これがどういう風に失敗するかまで。ああ、貴方に出会えて本当によかった。こんなに早く答え合わせができるだなんて。流石です、邪眼卿。ああ、なんと素晴らしいのでしょう。真実に至るまなこの持ち主よ。ですが、もう十分です。それにほら」


 ――団体様がご到着のようですから。


「ミヅチ、無事かッ!!」


 シラコさんが、警察局の隊員を引き連れて現れた。

 僕がシラコさんに視線を向けた瞬間、ガラス瓶の割れる音。すぐさま、音の方に振り返る。クリスパーダが、口の端に付いた液体を舐め上げて、ワンドを構えた。


 正真正銘の杖型のワンドだ。


 あの男は、小さく呪文を唱えている。


 僕は咄嗟にポケットを探る。小瓶の蓋を外すのと、クリスパーダが火炎を噴き出すのは、ほぼ同時だった。

 魔術によって生み出された〈炎の壁〉。

 視界を埋めるほどに巨大な火炎は、けれど、僕の手から撒かれた灰によってすぐに打ち消された。調合済の〈桃の灰〉だ。

 炎の魔術は、低位霊獣程度の代物だった。でも――――


「流石は邪眼卿ッ、しかしッ、これにて失礼ッ」


 あの炎は目眩ましに過ぎなかった。

 炎で視界を塞いだ隙を突き、クリスパーダはバッタのように跳躍して、こちらの頭上を軽々と越えていった。警察局が即座に後を追うけれど、相手の動きを見る限り無駄だろう。足にも何か杖を仕込んでいるようだった。まるで都市伝説に聞く、バネ足のジャックだ。


 違法な杖の使用――あの男は、聖騎士局がどうにかするべき相手だ。


 警察局の慌ただしい足音を聞きながら、僕は立ち尽くしていた。

 

 これからのことを考える。


 衛生官として、やらなければならないことを。


 わかっているさ。すべては優先順位の問題だ。僕は選ばなければならない。何を守るのか。そのために、何を犠牲にするのか。難しい問いかけじゃない。答えは随分前に出ている。ずっと昔に、冒険者ギルドがやったことだ。


 残らず、すべて、殺せばいいんだ。


 シラコさんは、異形の生物群を見回しながら僕に尋ねた。


「ミヅチ、このグチャグチャのドロドロは――」

「はい、鵺で間違いありません。すべて殺処分が必要です」


 大丈夫だよ。心配いらない。

 

「また、フェアリーキスの会員が、同様の鵺を所持しています。そちらも早急に回収する必要があるでしょう」


 ウィンドミルは、殺しには慣れているんだ。


()()()()()


 例えそれが、あの娘の大事なものであっても。

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