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第一話 彼

     〇


 ドラゴン、グリフォン、フェニックス、ユニコーン、その他諸々。

 この世界に存在する魔法を扱う生き物たち――霊獣。

 ずっと昔、人里に現れたそれらは「モンスター」と呼ばれて、冒険者や聖人たちに退治されてきた。でも、今はだいぶ事情が違う。


 事情というか、管轄が違うんだ。 


 今の時代、それらの対応をするのは、僕たちの仕事だ。僕たちは、強靱な精神で突き進む冒険者ではなかったし、清廉潔白な心根を誇る聖人でもなかった。

 合法的にワンドの行使が許されている、少しだけ特例的な労働者だ。そう、何だかんだと言っても、結局は雇われものに過ぎない。

 

 薄給で働かされる、しがない労働者――衛生局棄獣課の衛生官えいせかんだ。


 でも、僕の望みはその〈しがない労働者〉になることだった。


 だからもう望みは叶っている。


 僕は――ミヅチ・ウィンドミルは、棄獣課実動第一班の衛生官だ。


     〇


「ええ、ですから――」


 仕事のための笑顔を浮かべて、仕事のための文句を繰り返す。

 場所は、衛生局からそう離れていない市街の住宅――いわゆるタウンハウスという奴で、相手は高貴な身分でいらっしゃる。確か男爵位をお持ちのはずだ。


 ただし、僕たちの相手をしているのは、男爵本人ではない。


 目の前に座る豪奢なドレス姿の女性は、どうやら男爵の奥方様のようだ。その隣に座るのはご子息だろう。まだ小さな男の子、外見的に九歳くらいではないか。


 彼の腕の中には、小さな毛玉がいた。低位霊獣のアーバンクルだ。額に赤鉄鉱の瘤を持つことを除けば、リスのような姿をした霊獣である。


 僕たち実動第一班がここに来た理由は、そのアーバンクルだ。


「低位霊獣の検疫と登録は、法律で義務づけられているんです。霊獣も生き物ですから、ウィルスや危険な細菌を持っている可能性はあります。万が一の場合に――」


 僕の口から、淀みなく説明が流れ出る。

 奥方様は「ええ、ええ」と頷いてくれていた。あまり誇らしく語ることではないけれど、僕の作り笑顔は女性からの受けがいい。先輩衛生官のシラコさんも同意見であるため、相手が女性の場合はだいたい僕に喋らせた。その彼は今、僕の隣に座って石膏像のような笑みを浮かべている。あれはそう、対応を丸投げするときの顔だ。


 僕たちの目的は、未検疫かつ未登録のアーバンクルを衛生局に連れて来てもらうことだった。


 低位霊獣の検疫と登録の義務。


 販売業者には厳しい罰則も定められているのだが、一般家庭に対しては具体的な規定がなかった。

 つまり現行法では、正規の業者以外を経由した場合、検疫も登録も見過ごされてしまうのだ。法律制定の過程で、いくつか〈大人のやり取り〉があったという噂だ。噂の真偽は定かでないけれど、こうなってはもう〈所有者の自発的な行動を促すしかない〉というのが、情けない現状である。

 聞けば、今回のアーバンクルは、知り合いからの贈り物という話だった。まぁ、密売業者から買っていても、同じように言うだろう。


「ですから一度、衛生局で検査を――」

「やだっっ!!」


 奥方様に向かって喋り続けていると、ご子息から鋭い声を浴びせられた。

 僕は笑顔を維持したまま、首を傾けて彼に向き直る。威圧感を与えないよう、なるべくゆっくりと動く。男の子は、頑な口許をしている。加えて、両目には敵意だ。こいつは手強い。

 僕はしばらく言葉を選ぶ。子どもは少し苦手だ。


「それは、その、なぜでしょう?」


 我ながら酷い応答だったと思う。

 男の子は、アーバンクルを大事そうに抱きながら、キッと睨んで答えた。

 

「だって、衛生局は霊獣を殺す人たちでしょ!」


 それがすべてだと、正義に燃える幼い瞳は語っていた。


     〇


「クソッタレだな、まったく」


 先輩衛生官のシラコさんが、悪態をつきながら表通りに出る。

 石化を解いた彼は、猛禽のような鋭い目つきをしていた。並びの綺麗な歯が、唸る狼さながらに唇の隙間から覗いている。いつも不機嫌そうな顔だけど、今日は一層と不機嫌そうだ。今にも手近な街灯を蹴っ飛ばしそうな勢いがある。

 彼はイライラした動きで、右手を胸元に突っ込んだ。黒い制服から薄茶色い葉巻を取り出す。これまた乱暴に咥えた。

 僕は隣に並びつつ、燐寸を擦って火を差し出した。葉巻の先を炙るのと同時に「すみませんでした」と謝罪する。シラコさんは「ああん?」と聞き返した。


「自分がもっと上手く説得していれば……」

「違うだろ、あれはミヅチのせいじゃねぇよ。事前に刷り込まれてんだ。あのクソ愛護団体ども、ふざけた連中だ。〈愛して、護る〉つうんなら、検疫受けさせねぇでどうすんだよ」


 シラコさんは吐き捨てるように言って、大きく煙草を吸う。ゆっくり紫煙を味わい、吐き出すと、少しだけ眉間のしわが解れた。


 先ほどのアーバンクルの件、結局失敗してしまったのだ。


 奥方様の理解は得られたが、ご子息の方が感情的になっており、理で詰めても効果がなかった。そして、僕は子どもの感情に訴えるのが苦手だ。奥方様もあまりにご子息の意志が強いので、「ごめんなさいね」と僕に向かって両手を合わせた。


 飼い主はこの子だから――とのことだ。


 一服して落ち着いたのか、シラコさんは怒らせていた肩を落とし、ふとこちらを振り返った。僕に視線を合わせるため、自然と見上げる形になる。シラコさんはかなり小柄な男性なのだ。


「まぁ、お疲れさん。 昼食がてらひと息吐こうぜ」


 そんな風に僕を労うと、彼は「どこにするかなぁ」と行き先を考え始める。

 僕は彼の隣を歩きながら、遠慮のない視線が気になって顔をあげた。

 けれど、僕が顔をあげた瞬間、その視線は途切れてしまう。まぁでも、急いで顔を背けた人がいたので、「あの人なんだろう」とはわかった。無論、知り合いではない。


 僕は「またかな」と思った。


 意識が向かうのは、このところ大きく活動している、ある団体のことだ。


 霊獣愛護団体〈フェアリーキス〉。


 貴族たちの後援を受けて活動している私営団体だ。

 少し前から、霊獣の殺処分を巡って、衛生局に意見書を提出していた。それがこのところ、活動の範囲を広げている。

 契機になったのは、つい先日の多頭蛇ヒュドラー事件だ。

 市街地での激しい戦闘は、多くの人の目に留まり、そのやり方について批判も出ていた。関心も高まっている。


 それを好機と見た〈フェアリーキス〉は、衛生局棄獣課に対する街頭での抗議活動を始めたのだ。


 その効果のほどが、先ほどの男の子だ。事情を知らないものに、「衛生局は霊獣を殺す非倫理的な組織」という印象だけを与えていた。棄獣課の制服で出歩いていると、それだけで非難の眼差しを向けられることもある。つい先ほどの視線もそれだろう。


 男の子の言葉が、脳裏を過ぎる。実際のところ、的外れではない。


 僕たちの仕事の一部は、確かに霊獣を殺す。


 でも、人が死ぬよりはいいと――そうは思わないのだろうか?


「あっ、リュウちゃんだ!」


 シラコさんが嬉しそうな声を出した。

 彼の視線を辿ると、確かに一年後輩の衛生官リュウ・ライトハウスさんがいる。表情の変化は乏しいけれど、見目麗しく非常に優秀な女性だった。


 正直に言うと、僕なんかが〈後輩〉と呼べない相手だ。


 今日は非番だから、いつもよりラフな格好をしている。


「げっ、オグロもいるじゃねぇか……」


 シラコさんが苦々しい声を出した。

 僕よりもさらに大きな男性が、ライトハウスさんと話している。シラコさんと同期の衛生官オグロ・ステイブルさんだ。シラコさんが、何かとライバル心を燃やしている相手である。こちらも超が付くほど優秀な衛生官だ。


 よく見ると、二人の近くの街灯には、花が添えてあった。彼女らがそうしたのだろうか。


 だとしたら、手向けられた相手は多頭蛇か。


 意外な気持ちで眺めていると、小さな女の子がライトハウスさんに声を掛けた。


 女の子は緊張した様子で、一生懸命に言葉を紡いでいる。ライトハウスさんを見つめる少女の瞳には、憧憬の火が灯っていた。それでなんとなく状況を察する。

 同じものを見ていたらしく、シラコさんが微苦笑を浮かべて振り返った。


「さて、飯食ったら、俺らももうひと頑張りするか」

「はい、頑張りましょう」 


 僕たちはそう言って頷き合った。

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