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モンスター・チェイサー ―ヴィクトリア朝ロンドンでモンスターを追う人たち―  作者: 書店ゾンビ
レポート1:多頭蛇〈ヒュドラー〉
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第一話 衛生官

   〇


 ドラゴン、グリフォン、フェニックス、ユニコーン、その他諸々。

 この世界に存在する魔法を扱う生き物たち――霊獣れいじゅう

 ずっと昔、人里に現れたそれらは〈モンスター〉と呼ばれて、冒険者や聖人たちに退治されてきた。でも、今はちょっと事情が違う。


 事情というか、管轄が違うんだ。 


 今の時代、それらの対応をするのは、私たちの仕事だ。私たちは、勇猛果敢な冒険者ではなかったし、後世に名を残すような聖人でもなかった。


 薄給で働かされるお役人。


 衛生局(えいせいきょく)棄獣課(きじゅうか)衛生官えいせいかんだ。


 

     〇


 この仕事に就いた経緯は、あまり自慢できるものではなかった。

 こうなってしまった理由はいろいろあるけれど、一番は私の人見知りにあった。


 人見知りというか、人間が苦手だった。


 会話ができないとかそういう問題ですらなくて、視界に他人が入ることすら苦痛だった。今でこそ社会生活に支障のない程度の耐性を身に付けたけれど、幼少期の私は他人の気配にすら怯えていた。例外は家族ぐらいのもので、正直に言うと社会不適合者だったと思う。思うというか、そうだった。


 私は社会不適合者だった。


 そんなわけで、初等学校に通うのは苦痛だった。

 いつも怯えている私は明らかに浮いていて、浮いているから爪弾きになった。積極的ないじめというより、「いないものとして扱う」みたいな感じだ。


 つまりは、遠巻きにされていた。

 

 私はまるでケージの中の動物みたいだった。


 その境遇から来る同族意識だったのか、対人恐怖症ぎみな私でも動物相手なら大丈夫だった。休み時間は、学校の兎小屋に入って特にやることもないから勉強ばかりしていた。周囲からは「頭のおかしいヤツ」だと思われていた。

 思われていたことは知っていたし、逆の立場なら私もそう思う。

 兎小屋で白色とか茶色のもこもこに囲まれながら勉強している女は、十中八九頭がどうかしている。


 けれど、孤立していたせいで勉強ばかり捗っていた私は、成績がよかった。


 たぶん一番良いくらいだった。


 そのおかげか、面と向かって「頭がおかしい」と言われたことはなかった。芸は身を助けるというわけだ。けれど、「頭がおかしい」と言われなかった代わりか、卒業後の進路に関しては、先生にあれこれ言われてしまった。


「ライトハウスさんは進学を希望しますよね? しますよね?」

「あっ、ここ! 首都にあるこの学園なんてどうでしょうか!?」

「リュウさんは生き物が好きですから、畜獣科とか興味ありません?」

「お金は大丈夫ですよ、リュウさんの成績なら特待生も狙えます!」


 と熱心な先生に推されるがまま、両親揃って丸め込まれた私は、首都にあるとある学園に進学することになった。

 今思うと期待されていたのかもしれない。

 もしくは「教え子が〇〇学園に進学」という実績が欲しかったのかも。実際のところは、半々ぐらいじゃないだろうか。そうだったらいいな。


 事実はさておき、たぶんこれが人生の転機その一だった。


 次の転機は、学園の四回生のときだ。


     〇


 私の通った学園は、留年さえしなければ、六年で卒業できる仕組みだった。最初の二年は教養科目や基礎科目を学び、残りの四年で専門学科に移るという具合だ。

 私は三年目の学科選択で畜獣科を選んだ。選んだ理由は、「人間と会話するより、動物と接する方が簡単そうだから」だった。


 とても残念な理由だった――という自覚はある。


 でも、専門学科に移ってからは、私の人見知りもだいぶ改善された。

 なんというか、畜獣科の人たちは先生も含めて、一般の人よりも動物寄りだった。欲望に忠実で、あまり他人に興味のない人たちばかり。

 それでいいのかとは思ったけれど、「ああ、そんな感じでもいいんだ」と安堵したのを覚えている。それまでの私は、他人の視線を気にしすぎていたのだ。


 私の人見知りが改善されたのは、そのことに気づいたからだ。


 そういうわけで、やや人付き合いというものに慣れながら、動物や霊獣の勉強をしていた。そして、四回生になると所属する研究室を決める必要に迫られた。


 私は動物の病気や免疫に関する研究室に入った。


 入ったというか、変人と名高い教授に取っ捕まり、流されるがまま入らされた――というのが正しい。やや人付き合いに慣れた程度では、教授という自己主張と我欲の怪物に勝てなかったのだ。

 それでも私は「動物は好きだし、彼らの病気を治せるようになるなら、それもいいかな」とか呑気なことを考えていた。大間違いだった。

 変人教授の専門は、畜獣や霊獣を媒介とする疫病や、彼らの有する免疫であり、それらがどう人間に害をなし、役立つかというものだった。


 獣医学というより、疫学や公衆衛生学に類するものだ。


 この大間違いが、私の職業選択を決定づけた。


 うっかり選んだ研究室で、毒素や疫病・免疫について研究した私は、そのままうっかり防疫・公衆衛生の専門家になってしまった。就職活動ではあまり使い道のない知識だ。

 けれど、それを活かさないとなると、後に残るのは「口下手で人見知り、下手に高学歴で残念な女」だけになってしまう。女性の社会進出が盛んになった昨今とはいえ、これではだいぶ厳しかった。


 知識を活かすより他に道はなかった。


 しかし、知識を活かしたところで職業選択の自由度はないに等しい。


 行けるとすれば、軍事関連の研究施設か、衛生局くらいだった。

 その当時は「戦争に霊獣を投入しよう」という計画が進められていたから、軍の研究施設には入り易かったと聞いている。少なくとも教授はそう言っていた。けれど、私は動物や霊獣を戦争の道具にするような研究は、可能な限り避けたかった。


 となると、残された道はひとつだ。


 衛生局に就職したのは、そういう「流され続けた末の消去法」の結果だった。


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