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魔法学校のクズ生徒

作者: 子瑜

同タイトルで投稿します

7月中に開始予定

「あいつ何しに来たんだろうな」


「まあ義務なんだろうな」


 16歳の男、魔法技術を学ぶ専門学校の一年生のブレイス・カイルは多くの視線を無視して通り過ぎる。

関わってロクな事になった試しがないからだ。


「ブレイスの人間でありながら度胸も実力も、皆無ってあいつよく生きてこれたな」


 彼の魔法実技、座学の成績は共に最下位、だがこれは意図して取った物になる。


「あぁ、ウゼェ。いつか覚えてろ」


 ほんの少し先の未来を見据え、捨て台詞を吐く。

帰ろうと教室を出ると窓の方から大きな水の塊が飛んでくる。

これは魔法攻撃というよりは魔法を使った嫌がらせだ。

魔法としての強度は低い、怪我をする事はないだろうとカイルは分析した、そして1秒後に顔を濡らす事になった。


 ビショビショになった彼を偶然居合わせただけの人間が笑っている。

正確には、偶然を装い居合わせたフリをした人間が笑っている。

それが解るのは校内全体で見れば彼に表立って嘲りの感情を向ける者は少ないからだった。


「ハハハハ、それぐらい避けろよ」


「ってかお前ホントに魔力あるのか?」


 笑っている中の1人はカイルと同じブレイスの名を持っている。

その名は絶大的な影響力を持つ。

例えば、こんな風に。


「ブレイスの人間の俺にこれはどうなんだ?」


「え」


「いや」


 一人除き皆が一瞬怯えた目になるがすぐにそれも同じ響きを含んだ言葉で終わる。


「同じブレイスの名を持つ俺が言ってやる、お前にブレイスを名乗る資格はねぇよ」


「そうだ! この恥晒しが」


「調子乗ってんじゃねぇよ」


「力もないのに態度だけは立派だな!」


「ぶちのめしてやりたいところだが今だけはやめておいてやる、二ヶ月後覚悟しておけよ」


「は、二ヶ月後?」


「あぁ、お前に伝達がいくのは明日だったか」


「なんだそれ」


「ハッ、教えるわけねぇだろが」


 意味深な事を言って、彼らは去っていく。


「二ヶ月後……ね」


「そう、二ヶ月後だ」


 カイルは反射的に後ろを振り向きそうになる。

だが一度それを抑えて、大袈裟に飛んでビックリした風に反応して見せてから言った。


「いたのかよ……」


 気を抜いていたとは言えカイルは全く気配を感じていなかった。

油断していた事を反省する。


 カイルは彼の事は知っていた。


「ブレイス・ミヤ、って言うまでもないか」


 1年の同級生で、学年どころか全校生徒2000人のこの学校内でトップクラスの実力を持つエリート、相当の有名人だ。


「あぁ、知ってるよ」


「名のれよ」


「何故?」


 一応カイルとミヤは家族だが彼と会話したのは初めてだった。


「まあいいや、相変わらずイジメられてるねぇ」


「見てたなら止めてくれよ」


「嫌だよ、あの人怖いし」


「じゃあ、この服どうにかしてくれ」


「それぐらい自力でどうにかできるでしょ」


「俺の魔法実技の成績を知ってるだろ?」


「君の評価は未だにそれなりに高いままだ、結果と違ってね」


カイルは面倒そうな顔をして笑う。


「期待もいい加減にしてくれよ。 俺のとこはたまたま皆弱かったんだ。 だからこんな実力の俺が生き残ってしまった」


「素質はあったはずだ、努力すりゃ幾らでも」


「努力すれば結果出して褒められるタイプの天才様と一緒にしないでくれよ」


「はは……ま、僕には関係ないけど」


 カイルは思わず頷きたくなるほどにそうだなと共感した。

彼にカイルを気にかけなければいけない理由はない。


「で、二ヶ月後ってなんだ」


「そうそう、先に教えておいてやろうと思ったんだ」


「まあ明日教えてもらえるらしいけどな」


「あらら、忠告してやるまでもなかったか」


「せっかくだし教えてくれよ」


「君への支援が打ち切られる、それだけ」


 カイルはそれに決断が遅すぎると感じた。

マトモに魔法が発動出来ないカイルに対する生活の支援は今すぐに打ち切っても良いはずだ。

ミヤはそれを表情から考えを読み取ったらしく言った。


「せめてもの温情だろうね」


「なら、打ち切るなよ」


 彼らから受けた金銭支援は恐ろしく膨大な物だった。

合計すれば既に一般人の生涯収入を楽に超えている程に。


「君がそうやって努力しないのが悪い」


「ハハ、そうかよ」


 カイルはもらった金を全て使い切り続けるほど欲が多くない、仮にそうだったとしても余裕で一生遊んで生きていけるだけの金が残っていただろう。


「君は何も知らないから始末されないだけマシだよ。 僕なら、殺される」


「優秀なのも考えもんだな」


 カイルが皮肉を言っても、動じた様子はなかった。


「ここで君と話していてもしょうがないし帰るよ」


「消えろ」


 別れて暫くした後。


「俺も帰るか」


 カイルも自分の家に向かう。



 自分の家、黒い家根に赤い壁の大きなそれを目の前にしてカイルは呟いた。


「ダンテ、お前はどこに行ったんだよ、復讐はどうしたんだよ……」


 かつて彼に生活のための知識を与え、ブレイスの名を持つ原因となった彼女に向けて。



 カイルは今は一人で暮らしているが元は許嫁と暮らしていた。

その許嫁の名がダンテ。

長い間ではなかったが人殺しの術以外を知らなかったカイルに、生きる事を教え、喜びや悲しみといった感情を教えたと言っても過言ではない。


 もう既に三ヶ月ほど連絡が取れていないが彼女が死んでいるとは彼は考えていない。

いつか会えると信じて、いつか来る復讐の日の為に今日もいつものように道化を演じるのだ。



 朝、学校が始まる二時間前にカイルはいつも起床する。

と言っても何かしている訳ではないのだが、気付けば習慣となってしまっていた。


「はぁ、平和だなぁ」


 なんて、彼は呟いてみたがそれが壊れる可能性が高いと学校で3日ほど前に忠告を受けたばかりだ。

何やら最近小規模な反乱が続いているのだとか。

リビングに置いてある魔法を利用した民間放送用のボードを起動する。

誰にでも楽に起動出来る類の物だが、念の為一度苦戦している様に見せる事も忘れない。


「おはようございます、今日の一言メッセージ!」


 毎朝行われる意味がわからない一言メッセージだ。


「これ、いつも思うけど何の意味があるんだよ」


「最近学校や我が国の施設が襲撃を受けているぞ」


「は?」


「以上、一言メッセージでした〜」


「いや一言で済ますなよ……」


 今の報道の意味を考える。

民間用の魔法放送で流れたという事はブレイス側が許可したという事だ。

通常、報道機関はどこもブレイスによって管理されている。

彼らの意に反する報道をすれば次の日には違う番組が生まれるだけでは終わらない。


「乗っ取られた、というのも考えにくいか」


なら。

「やっぱり許可を受けての事だろうな」


 カイルがつけたのは古くから続く有名番組だ。

ブレイス側からの援助もそれなりに受けていると聞いているし深い付き合いであるというのは公然の噂である。


「朝の裏表コーナー!」


 気付けばまたコーナーが変わっている。

カイルにとってどうでも良い物なので話は聞かない。


「さて、準備……と言っても要らないか」


 魔法を学ぶ為だけの学校だから魔法具以外は不要なのだ。

使わない物も数多くいる事もあり、カイルは専用の魔法具は所有しているが在学中は一切使用しない予定だ。


「はぁ、今日も元気に行きますかね。 面白い事あればいいなぁ」


 力も、向上心もないクズを演じに、今日もイジメを受ける為に魔法学校へ向かう。



「おはよーございまーす」


 なんとなく元気に挨拶してみるが、基本的には返事はない。


「あ、おはよう」


 カイルは1つとは言え返事が返ってきた事に内心飛び上がりそうな程に驚くが挙動には出さないよう注意していた。


「……返事なんて……ても良いでしょ!」


「えーなんで?」


「なんでって……」


「あなたは昔から誰にでも優しくしすぎなの!」


「あんた時々……てるけど……つに関って……クな事がないからね


 女生徒達が小声で会話している。

聞こえないよう注意を払ってはいるが彼は聴力はどちらかと言えば良い方だった。


「偽善者が」


カイルが放ったこの呟きは声というよりは息に近かった。


「ん、こいつ何か言った?」


「いや、言ってないだろ。 だいたい誰にだよ」


 何故か、笑いが生まれる。

既に囲まれている辺りから元々、彼を笑いに来ていた事が解る。


「ちょっと朝早いけど魔法の練習しようぜ」


 そんな言葉と共にカイルは手を引っ張られる。

どうやら別の目的があったらしい。


「早く来いって」


 後ろからも押され、逃げようが無くなってしまった。

だから彼は言う。


「わかった、わかったって」


 そんな感じで連れ去られたのは校内の教室の大半を占める魔法実習室。


「体の調子はどうだよ」


「ん、万全だ」


「じゃあ、練習してみたい魔法があるんだよなぁ、練習台になってくれ」


 このセリフを聞いたのはもう何度目か分からない。

答えを言う前に手の上に小さな竜巻が生まれ、それを向けられるとカイルの方へ伸び始める。

その魔法の展開、攻撃の速さは間違いなく成績上位者の物だと断定出来る程の物だった。

魔法の才能に乏しい者は間違いなく死ぬだろう。

が、カイルは体だけは頑丈という評価を受けている。

だから遠慮無くこの様に魔法を撃ってくるのだ。

竜巻が触れると抵抗する間も無く全身に衝撃が伝わり、少ししてから背中からの衝撃とで挟み撃ちに合う。

それが5秒ほど続いて、地に落ちる事が許された。


 グッタリと倒れ込む。

それは演技で、体は万全の状態の時程では無いが十分動く事は可能だった。


「ん? やりすぎだったか?」


「これ以上やると死んじまいそうだな」


 落胆の声と共に横腹に強い衝撃。

カイルは弱い吐き気を堪え、蹲ってみせる。

また、笑われ、微かに怒りを感じる。

その気になれば殺す事は容易、だが彼は耐える。


「あーこれでもう終わりかよ、クソが」


 機械音が聞こえ、教室の扉が開く。

生徒手帳が扉にかかっている魔法制御を起動した音だ。

部外者の侵入を考慮して全面的に魔法的な管理システムとなっているのは時折そう言った事が実際に起こるからだと言われている。


「あぁ、いってぇ……加減しろよ」

「もうすぐ授業始まるじゃねえか……」


 ふらふらと立ち上がり、教室へと向かう。

校内には数多く魔法記録装置は存在しているのだ。

それなりにダメージを負っているフリをする必要がある。

教室から最も近い実習室を選んでくれた事は正直カイルにとって、ありがたかった。

強い痛みを感じているフリをしながら進むと時間がかかるのだ。

その事にだけ感謝しながら扉に生徒手帳を当て教室に入る。


 教室は少し、騒然とする。

だがこれはよく考えてみれば当たり前の事だった。

カイルの制服は前がボロボロ、形は保っているが所々穴が空いてしまっている。


「大丈夫?」


 声をかけてきたのは、やはりいつもの彼女で。

純白、と言うには少し輝きすぎて見える長く伸ばした白の髪に深い青の瞳。

優しい、と周りから評価を得るために、落ちこぼれのカイルを気遣うフリをする偽善者。

純粋な目をして、駆け寄ってくるその姿にカイルは少し苛立ちを感じる。

何に対する怒りかは彼にも分かっていない。


「あー……ほっときゃ良いのに」


「ハハ、俺のせいでボロボロだな」


 なんて、声が聞こえる。


「大丈夫だよ、ユウカさん」


 とだけ言って自分の席に向かう。

それに、彼女は言う。


「ホントに?」


 振り向かずに言った。


「本当に」


 ここで別の生徒が呟いた。


「せっかく心配してもらっといて何あの態度?」


「やっぱりあいつは」


 ユウカが後ろを振り向くと同時に始業を示すチャイムが鳴り少し年老いた女性の教員が入ってくる。


「どうかしましたか、ユウカさん」


「いえ、あのカイルくんがケガを」


「そこのそれが何か?」


「そういう言い方はちょっとどうかと思うんですけど」


「そういえば、あなたは前もその様な事を言ってましたね、成績優秀なあなたがブレイスの名を持つとはいえ、追放寸前の彼のようなゴミを気にかける必要なんてありません」


「でも」


「もうそこのゴミについては良いでしょう?」


語気を強めたセリフには少し迫力があった。

それでユウカは反論出来なくなってしまう。


「座りなさい」


 これは恐らくカイルにも向けられた物だろう。

これ以上はどちらも逆らう事なくイスに座る。

授業に入ってしまえば彼女は完全な優等生に戻っていた。

授業中、カイルはついていけないフリをする必要はもう無い。

もう諦めたという体で適当に授業中を過ごしている。

成績により、手に入る資格等が大幅に変わるが卒業自体は誰にでも出来るのだから彼が今すべき事は勉学や訓練ではなかった。



 授業が終わり、家に帰る。

少し笑われながらという点においても結局はいつもと同じ事だ。

帰る道の途中、辺りが唐突に暗くなる。

空は真っ黒、周囲の風景が黒い煙のような物に遮られる。

魔法による封鎖術の1つだ。

数人で1つの地点を囲いながら維持する労力が必要な為、効力と見合わないので使われる事は通常ないのだが。

この封鎖を破る事ははっきり言って難しい事ではない。


 だからこそカイルは結界魔法を破らずにこの魔法が使われた意味を考える。

確実な密閉空間で話がしたい、という説が濃厚だが周囲からすれば唐突に人が消える上、近くにいた人間も巻き込んでしまう為、人払いが必要になる。


「こんにちは」


「誰だ?」


 姿は見えない、音や光を遮断する結界の外から話をしている事は考えられない。


「残念ながら僕からも見えてないから名前言ってもお互いに認識出来ない」


「何故……」


 カイルは何か言おうとしてすぐに止めた。

何故この魔法を使ったのか等聞く事に大した価値はない。

別の事を言い直そうとした瞬間に。


「君の恋人、ダンテさんからのお誘いだ」


 思わずカイルは食いつき気味に声を少し張り上げてしまう。


「ダンテから!? 今どこにいるんだ!」


「まあ、慌てるなよ。 彼女は1ヶ月後、君に会いに行くだろう」


「何故あいつはいなくなった?」


「さぁ、彼女から聞けば良いんじゃないかな。 何しろ僕は彼女より立場が下だし知ってる事も多くない」


「立場? あいつは何処かに所属してるのか?」


「それも、1ヶ月後で良いだろう?」


 カイルは少し考え込んでから、言った。


「用件は?」


「1ヶ月後が約束の時だと伝えるように頼まれてね」


「約束の時……」


「おや、これ以上は聞いていないよ? それで伝わると聞いている」


 カイルはブレイスに対する復讐の件だろうかと推測した。

仮に違ったとしても多分、彼女の行動は正しい。

何にせよ彼は彼女に協力するつもりだった。

生まれた頃から殺し合いばかりをさせられて、その術ばかりを学ばせるなど余りに可笑しな話だ。

カイルはそれは普通じゃないと彼女から学んだ。

憎むべき行為だと学んだ。


だから。

「いや、理解した。 十分だ」

と返す。


「彼女は君に会う事を少し悩んでいた、結果僕が来たんだけど心配は必要なかったようだね」


「あぁ」


「じゃあ、お互いにやるべき事をしよう」


「1ヶ月後、俺は何をすれば良い?」


「好きにして良い、と聞いてる。 伝達が本命だ」


「魔法通信の方は……」


「君とやるのは盗聴が怖い、やめよう」


「俺なんかがブレイスから盗聴されないだろう」


「いや、君は警戒されている」


「何故?」


「ダンテさんが元々警戒されていたから、かな」


「あいつが?」


「あぁ」


「仮にそうだとしても俺が疑われる理由には……」


「なるよ、君が力を隠している可能性はもう既にブレイスの中で浮上している」


「俺は頑張って結構ひ弱そうな学生を演じてるじゃないか」


「元の素質を考慮するとこれほどレベルが落ちる事はあり得ないって話だ」


「つまり、弱くなりすぎたのか」


「そう、気をつけてくれよ。 君は将来的に単独で戦況を変える程の大事な戦力だと聞いている」


それほどの力は、ない。


「期待しすぎだよ」


 少し笑って、じゃあなと言って魔法をこちらで解除しようとする。


「あー待って」


「ん?」


「万が一にも僕の姿は市民に視認される訳にはいかない」


「どうせ誰も気にも止めないだろう」


「これぐらい直接言わなくても分かってくれよ」


 呆れた雰囲気が伝わってくる。

何が言いたいのかすぐにカイルは理解した。


「はぁ、普通に言ってくれよ」


「じゃあ、10秒後この結界を切る」


 10秒経つと、やはり辺りには誰もいない。

カイルは嬉しそうに安堵の溜息をつく。


「ダンテ、生きてたんだな」


 家に帰るその足取りは普段と比べて軽く、帰宅にかかった時間は五分ほどいつもより短かった。

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