習作「フォーク」
クールジャパン政策の一環として、箸を世界標準の食器とする案が採用された。日本の商社は世界中でフォークの買い占めを行い、ヨーロッパ諸国は安価な箸の使用を強いられた。
これをよしとしないEUの情報機関は、リリーとマーカスを日本のとある食器工場に送った。暫くして、衝撃の事実が判明した。なんと食器工場では、世界中から集めたフォークを原料とし、箸を製造していたのだ。
リリーとマーカスはそれぞれ調査を進め、欧州委員会幹部と日本政府の癒着関係が確認できる資料と写真を手に入れた。
手に入れた書類を機関に送信した2人は、イタリアに出発する貨物船に乗り込み、日本を後にしたのであった。
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ーーあぁ、やっと煩わしい仕事から解放された。もう、こういう仕事はやりたくない。もっと気楽で楽しい仕事がしたい……。
そんなことを考えながら案内された部屋で一息つく。少しして、誰が部屋をノックした。
「リリー、入っていいかい?」
「どうぞ」
扉が開き、少し上機嫌なマーカスが入ってくる。左手には頑丈そうなアタッシュケースがある。
「なんだか機嫌が良さそうね」
「ああ。調査中に少し面白いものを見つけてね」
そう言うとマーカスは持っていたアタッシュケースをテーブルの上に乗せた。開けるよう目で促してくるので、ケースを開けてみると、フォークの揃った食器セットがあった。
「あら、フォークがあるじゃない。いったい何処で手に入れたの?」
「工場長室の金庫に入っていたんだ。他にもコレクションがあって、何度か使われていた形跡もあった。どうやら工場長は隠れてフォークを嗜んでいたらしいな」
そう言うとスマホの動画を見せてくる。工場長室の大きな金庫に、様々なブランドのフォークが綺麗に並んでいた。
「……呆れるわね、世界中のフォークを溶かす工場のトップにしてはいい趣味してる、と言えるのかしら」
「HAHAHA、しかしもう終わりだ。じきにこの不正は世界中に公表されるだろう。そうすればヨーロッパにも平和な食卓が戻ってくるはずだ」
そんな事を話していると懐かしい香りと共にノック音が聞こえた。
「そういえば食事を用意させたのだ、私達は昼食がまだだろう。それに折角だからこのフォークを使おうかと思ってね」
マーカスが扉を開けると、ボーイがサービスワゴンを押して入ってきた。今日のランチはサラダと……スパゲティ?
「スパゲティなんて久しぶりね、祖母の家で食べて以来だわ」
「私も久しぶりだ。最近はヨーロッパでもスパゲティを食べる習慣が廃れ、ペンネやニョッキが主流になっている。スパゲティは箸で食べるのが難しいというのもあるが、問題はそこではなくーー」
「待って、折角のスパゲティよ。早くいただきましょう」
話を遮ると、マーカスはそれもそうかと頷き、フォークを近くの洗面台で軽く洗う。本当はしっかり洗って貰いたかったけど仕方がない。私も早くフォークでスパゲティを食べたかった。
準備ができ、2人で席に着く。
「さて、いただくとしようか」
「ええ」
フォークを受け取りスパゲティを見る。……本当に久しぶりだ。慣れないフォークをゆっくり使い食べようとするが、スパゲティが逃げてしまい、上手く巻くことができない。マーカスを見ると、フォークを斜めにし、皿の縁の窪みを使いスパゲティを巻いていた。
「おや、久しぶりのフォークは少し重いのかな?」
「し、仕方ないじゃない。本当に久しぶりなのよ、フォークを使うのは」
「HAHAHA、まぁ私も慣れているわけではない。気取らずのんびり楽しもう」
ーー全く、私が不器用みたいじゃない。
気を取り直してフォークを斜めにし、巻いて食べる。
「……あら、美味しいわね」
「本当に美味しいな。久しぶりに食べたが、やはりスパゲティはフォークで食べた方が美味しい。」
彼は少し興奮した様子で続けて話す。
「先ほどの続きになるが、箸でスパゲティを食べるとソースや具材が落ちてしまう。しかしフォークで巻いて食べるとソースが落ちずに美味しく食べることが可能となる。この事を広めれば、フォークと共にスパゲティも再び世界中に広まっていくだろうな。……あぁ、このトマトソースはとても美味しい、私好みだ」
フォークと箸でそんなに違いがあるだろうか? でも美味しいのは確かなので変なうんちくも許すとしよう。
「そうね、とても美味しい。……そうだわ、次はフォークの使い方を広める仕事がしたいわね」
「む? なぜだ?」
「そうすれば仕事をしながら美味しいスパゲティが食べられるでしょ」
彼は大げさに笑いながら同意した。
「HAHAHA、それはいい。その時は私も呼んでくれたまえ」
「フフ、考えておくわ」
日本を離れた開放感からか、くだらない話をしながらも、私達はスパゲティを楽しんだ。
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後日、一連の不正は公表され、フォークの買い占めは止まった。世界中にフォークが行き渡るのは、そう遠い話ではないだろう。