美少女戦士キューティー・エンジェル~愛と平和編
風の強いデパートの屋上で、繁華街を見下ろしてフェンスにもたれ、真っ赤なミニスカートとブーツ、バナナのような黄色の髪にアンテナ状の角を生やしたハルカがため息をついた。
11時、1時半、3時、ステージで踊り、立ち回る彼女の仕事は、美少女戦士である。
「愛と平和のメッセンジャー、キューティー・エンジェル!ワカランチンはぶっ飛ばしちゃうぞっ!」
そう、そこで決めのポーズ。かわいく笑ってウィンク。
観客はもちろん買い物客が“仕方なく”連れてきたガキどもである。
物心ついた年齢の子どもはバカにして寄ってこないから、口を半開きにして観てくれるのは、3~5歳ぐらいの幼児だけである。
ハルカはステージでポーズするたび、彼らの顔を見て心で呟く。
わかんねぇよな。
彼らにわかるわけがない。愛だの平和だの。
だいたい、この台本を作ってる3流劇団の冴えない男だってわかってないんだから。
やけくそでクチャッとウィンクすると、何人かの子どもが真似しようと顔をヒクヒク引きつらせる。
日曜日のステージなら、子守りを任されヒマを持て余したパパさん連中までもが、ハルカの太腿に見入るのを一瞬忘れてヒクヒクを一緒にやっている。
平和だよね。ほんと。
愛する妻のショッピングを助けるべく、ここで貴重な休日を消耗する夫たち。
もしもそれを断って、自分だけ大好きな競馬場で有意義でエキサイティングな時間を過ごしたら、たちまち家庭の平和が崩れちゃうんだろね。
愛してないのねとか、家庭の平和はどうなるのとか、正当そうに聞こえるけど、かなぁり脅迫めいている。
脅しだな。
やだやだと呟いて、ハルカはくるりと振り向きベニヤ板と布で出来たカラフルなステージに目をやった。すると舞台の袖の壁板の下の隙間に、4本の足が見えた。
2本は悪の美少女戦士、クラッシュ・エンジェルの黒いブーツ。もう2本は・・・。
ハルカは、「くっそぉっ!」と小さく舌打ちし、彼らに気付かれない角度からステージに近づいていった。
4本の足は向き合い、もぞもぞと揺れ、その上のベニヤ板の陰で何が行われているのかは容易に想像できる。
ハルカはステージの傍らのマイクスタンドを引っつかみ、阿修羅の形相で現場に飛び込んだ。
叫びとともにクラッシュエンジェルは逃げ去り、台本担当兼照明係兼営業担当の3流劇団長は頭を両腕でかばいしゃがみこんだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい、愛しているよ、悪かった、もうしない。」
半泣きでしどろもどろに許しを乞う男に、振り上げたマイクスタンドをお見舞いすることが出来ず、ハルカはぼろぼろと涙をこぼした。
怒りの鉄槌の届かない安全距離を確保したもうひとりのエンジェルは、聞こえよがしに憎まれ口を叩いた。
「さっさと別れちゃいなさいよっ。」
「うるさいわねっ!泥棒ネコ!」
100円の乗り物から降りてきた子どもが寄ってきて、目をきょろきょろさせて美少女戦士の戦いを見ていた。
この劇団に愛がある限り、平和の2文字は訪れないのである。