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第91話 ナルヴェクの事情と通信

 「これはそろそろ手を打たねばならんかもな……」


 年は明けて帝国歴1795年2月中旬。ロリアンでの新年会をこなし、マリブールでも周辺領主や男爵を招いた新年会を終え、一息ついたところで隼人は新たな問題に手を打とうとしていた。

 ナルヴェクの統治問題である。


 隼人はナルヴェクを1793年11月にアルフレッドとシーラに任せて以来一度もナルヴェクに足を踏み入れていない。もっぱら連絡船での文章のやり取りとシーラの補佐で何とかしていた。その他にも妻達の出産やら諸改革やらの忙しさにかまけてナルヴェクの諸問題を放置していた隼人の責任もある。

 さすがに隼人の決裁が必要な事案は報告が来るが、最近はそれも減り、その代わり事後報告が多くなってきている。ナルヴェクの統治が小康状態になってきている証拠ではあるが、事後報告の中には事前報告すべきだった事案も増えてきている。それも急を要するものばかりではなく、事前報告の余裕があったものも処理されてしまっている。好意的に見れば、それだけアルフレッドが統治に慣れてきた証ではあるが、悪意をもって見れば半独立状態になりつつある。実際にそう仕向ける工作があった事もアルフレッドと梅子からも報告があった。

 これは近いうちに視察に出なければならないだろう。しかしこれからもマリブールを中心に内政に注力する方針である事を考えると、頻繁にナルヴェクを訪れる事は出来ないだろう。それでは根本的な解決にはならない。それに、アルフレッドは信頼のおける仲間ではあるが、やはり彼は根っからの軍人である。いずれ限界がくるか、足元をすくわれかねない。やはりここはマリブールと連絡を密にする必要がある。


 現状のマリブール、ナルヴェク間の通信は海軍のフリゲートに頼っている。だがこれでは往復2、3週間かかってしまう。しかもフリゲートの整備状況によっては船を出せない事もあるのだ。その場合交易船に頼る事になるが、こちらは1カ月弱かかってしまう。飛び地であるのである程度は仕方がないのだが、それでも通信に手を打たなかった事は失策であった。

 もちろん緊急用に伝書鳩は準備してあるが、そこまで緊急ではない行政関連の連絡が多く、いまいち貢献していない。


 (海底ケーブルを敷設できれば1番なんだがなぁ。だがそもそも電話も電信も発明していない。それ以前におらが国には電気がねぇ!)




 そうやって隼人が執務室の机で頭を抱えていると、心配したマチルダが声をかけてきた。マチルダは普段からマリブール統治の補佐をしており、隼人が外出する時は必ずマリブールに残留し、銃後を守っていてくれたので、重要な仕事をしているわりに地味に出番が少ない。


 「どうした、隼人?頭を抱え込んで」


 そう言ってマチルダは隼人が持つ書類を覗き込む。


 「……ふむ、ナルヴェク周辺の所領争いの解決の事後報告書か。確かに事前に我々に報告してもらいたかった案件だが、そつなくこなしているな。ナルヴェクは飛び地だから多少は仕方ないんじゃないか?確かに向こうには生粋の行政官はいないから不安ではあるが、アルフレッドも成長しているという事だろう」


 「確かにそうなんだが、緊急時の連絡なんかに今更ながら不安を感じてな」


 「?伝書鳩があるじゃないか?」


 「いや、伝書鳩は確実とは言えないし、妙なところに飛んで行かれると困る。確実で速い通信手段が欲しいんだよ」


 そこまで言って、隼人は腕木通信を思い出す。腕木通信網を張り巡らせれば通信は格段に速くなるはずだ。視界の限界付近に、様々に形を変えられる木材を組み合わせて信号を送る、腕木通信所を設ければいいのだ。マリブール、ロリアン間、マリブール、ロストフ、ルーレオー間、マリブール、セダン、ロストフ間、ルーレオー、ナルヴェク間に張り巡らせれば、少なくともマリブールでは困らないだろう。

 しかしこの思い付きをマチルダに話すと、マチルダはため息をついた。


 「確かにそれは面白い発想だが、上手くはいかんだろう。通信所など、ちょっとした砦にしなければ盗賊どもの餌にしかならん。そして砦並みに防備を固めるとすると金額が大きくなりすぎる。それからよその領地を通過するんだ。経費や権利で揉めるのは目に見えている」


 「うっ、それもそうか……。じゃあ今まで通り伝書鳩、早馬、連絡船しかないのかなぁ」


 「私はそれしか思いつかないな。伝書鳩が周辺の村に完備されているだけ十分だとは思うぞ」


 「うーむ。ここはまたアントニオと話し合って新開発かなぁ」


 「ははは、あんまりアントニオとセオドアに負担を増やすなよ。エレナとアエミリアも苦労するからな。しかしまあ、これは1度ナルヴェクに行った方がいいな。熊三郎が連れてきた中でも川西氏綱なんかが代官にいいんじゃないか。隼人にはともかく、桜と義人には忠誠が厚いし、人徳もあって文武両道だ。それに他の者達も代官に任官し始めてもいい頃だ。あまり長引かせると不平が出るぞ」


 「それもそうだな。アントニオと新開発について話し合ってからナルヴェクに行くか」


 「それがいい。その時は私も連れて行ってくれ。私はマリブールで留守番ばかりで視野が狭くなっているかもしれないしな。それにいつも留守番ばかりだと寂しいんだ。たまには隼人と旅がしたい」


 「確かにマチルダとはあまり外に出てないな……。せっかくだし2人で行くか?」


 「それも悪くないが、ナターシャとカチューシャにも声をかけてやってくれ。カテリーナはまだ隼人の警護でともにいる時間があるが、彼女達はそう言う時間にも恵まれていないからな」


 「た、確かに。すまないな。縁の下でばかり働かせて」


 「何、夫の留守を守る事も女の夢だ。普通の女は働いて、家庭の仕事ができないからな。内助の功は女のステータスでもあるんだ。夫がしっかり働いてくれているというな。だが彼女達も寂しい思いをしているのは確かだから、ちゃんと連れて行ってやってくれよ」


 「ああ、分かったよ。寂しい思いをさせてすまない」


 「謝るならナターシャとカチューシャに言え。私は執務室いる分、隼人を独占しているようなものだからな」


 マチルダはそう言って笑うが、隼人が外で忙しい時は寂しい思いをさせている事は確かだ。今度のナルヴェクへの旅はいつもとは違うメンバーにしようと決める隼人であった。




 「アントニオ、いるかい?」


 昼過ぎ、隼人はアントニオの開発室を訪ねた。開発室では蒸気機関、高炉、転炉などの改良設計が行われている。ちなみに転炉の実験炉が完成したのは去年の暮の頃だ。これで小規模ながら鉄鉱石から鋼鉄までの一括生産ができた事になる。転炉の開発は現在実用炉の基礎設計に入ったところだ。


 「はい、なんでしょう?」


 アントニオは警戒心を隠せずに答える。隼人がアントニオに話しかけてくるのはいつも無茶ぶりをしてくる時だ。


 「電気って、聞いた事あるか?」


 「電気ですか?聞いた事……、ちょっと待ってください。どこかでそんな記述を見たか、講義を聞いた覚えが……」


 アントニオはしばらく頭を悩ませた後、ポンと手を打つ。


 「ああ、思い出しました。雷と同じエネルギーですね。あれを蓄える蓄電池はいくらかありますよ。ただ、使い方はまだ確立されていませんが」


 「おお、それは良かった!」


 隼人は電気の正体がそれなりに研究されている事に驚く。中世には電気のイメージがなかったからだ。

 電池自体は古代から存在していたのだが、そんな事はアントニオも隼人も知らない。

 ともかく、アントニオから説明を受けると、雷が電気である事、電気が高速である事、プラスとマイナスがある事、物質には導体と絶縁体がある事などが知られているようだ。言われてみればマリブールの城にも避雷針がつけられていた。電気については結構研究が進んでいるらしい。隼人はなるほど、と感心する。


 「……とまあ、こんな感じだったと思うのですが、その電気に何をさせるつもりですか?」


 「電気を音に変えたり、電気を流す、流さないで信号を送れないかな、と思ったんだ」


 「電気を音に変える事ができるのは初耳ですが、電気で信号ですか……、その発想はありませんでしたね」


 のろしなどを考えれば、電気の使い方によっては信号を作り出す事はそんなに難しくはないだろう。


 「その電気信号をマリブールと村々や駐屯地に銅線でつないで送りたいんだ。それから、電気を回転運動に変えたり、回転運動で電気を作る方法を開発してほしいんだ」


 そう言って隼人は直流と交流のモーターの模式図を示す。


 「……ふーむ。まずはこれで本当に電気ができるのか実験する必要がありますね。こちらは時間がかかる事はもちろん、使い道を考える事もしなければなりませんよ。火力発電……、ですか。ずいぶんな量の電気を作りそうですからね。でも電気信号の方、こちらは電池で何とかなるかもしれません。しかし銅線でマリブールと村々を結ぶなど、隼人閣下も豪胆な事を思いつきますなぁ」


 「発電の方は、大きな電流で信号を飛ばせば、銅線で結べないようなところ、例えば海上の船なんかにも信号を送れるんじゃないかと思うんだが……」


 「うーん、それも実験がひつようですね」


 アントニオは頭をひねりながら実現した場合の未来と、そこまでの苦労を思い浮かべる。もし通信が成功すれば陸上でも海上でも戦争が変わりかねない。

 しかし隼人の無茶ぶりはここで終わらなかった。


 「まあ、これらは時間がかかりそうだからゆっくりやってもらうとして、だ。新しい船も設計してほしい」


 「新しい船……、ですか?」


 アントニオは、まだあるのかと、冷や汗を流す。技術者が増えているとはいえ、元々が不足していたのだから過剰労働は続いている。とはいえ造船部門は一段落してちまちまとした改良に移っているが。


 「前に蒸気機関で動く船を作ってもらっただろう?」


 「ああ、あれは好評のようですね。港の出入港の支援に大活躍しているとか」


 「うん。あれを今度はフリゲートで作って欲しいんだ。武装は最小限でいいから」


 「フリゲートに、ですか?お言葉ですが、まだ蒸気機関だけではフリゲートの速力に勝てませんよ?それに残念ながら信頼性が低く、海上で漂流しかねません。燃料の搭載量もばかにできませんし」


 「いや、無風状態や風が弱い時、それに風上に向かって動く時や出入港に使う補助動力として蒸気機関を使うんだ。主として帆を使い、予備として蒸気機関を使うんだ。多少は連絡船として速度の向上を見込めると思うのだが……」


 「うーん。できればそちらも時間をいただきたいところですね。今は蒸気機関の改良の最中ですから」


 「いや、そこまで高性能なものは求めんよ。暫時改良していった船を作っていけばいい。ライフル砲を積めばそれなりの哨戒艦になるからな」


 「そう言う事ならば……。では機関部に発展余裕を持った船を設計しておきます」


 「負担をかけるが、頼むぞ」


 そう言って隼人は開発室を去った。アントニオはまたいきなり増えた仕事にため息をつく。新入りの技術者は、マリブールの発展は自分達の犠牲の上で成り立っているのかと戦慄する。古株は、またか、という顔をしている。


 「さあ、伯爵からの新しい仕事だ。みんな集まってくれ」


 アントニオは技術者達を集め、担当を割り当てる作業に移った。




 その後、4カ月ほどでマリブールとナルヴェク周辺でそれぞれ独立した電信網が完成し、日本語モールス信号を丸パクリした信号表も配布された。しかし信号の送受信装置を完成させる前に電柱の工事を行ったためにそれらは当初、奇妙なモニュメントとして以上の意味を持たなかった。

 さらに4カ月してパンチカード方式の送受信機の実験機が完成、そして実用機の生産と電信要員の育成に半年を費やし、ようやく帝国歴1796年4月に大陸初の電気通信網が確立される。

 この通信網は隼人がアンリ王、ルーレオー領主ローネイン伯爵、セダン代官エモン子爵、ロストフ代官ブルザ男爵らに協力を依頼した結果、さらに半年かけてロリアンからマリブール、ルーレオー、ナルヴェクを経てベルゲンまでつながる電信網が実験的に敷設される事になる。同時にこの時期に無線通信技術も中島家で実用化され、海上との通信に利用され始める。

 その真価はロリアンの中島伯爵邸で開設されたロリアン通信所、そこから発せられた帝国歴1796年10月24日付緊急電、後世で言うところの『10月事件通信』によって世に知らしめる事となった。


 10月事件はもっと後の話で扱います。次回は帝国歴1795年のナルヴェク視察などを扱います。

 10月事件は内政チートをもう少し進めてから内容を扱う予定です。

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